2 権力者の家


 終点であるイースト通りは、二人の家がある地域から更に、二十分程バスに揺られた所にある。

 閑静な住宅街の入口であるこの通りは、平日の夕方前のこの時間になると、高校生はおろか人影すらも疎らになる。初めて来た人間ならば、あまりの高級感に少し尻込みするような場所だが、中学校時代から通い続けている二人にとっては庭のようなものだった。

 入口からすぐ右に曲がった所にある白を基調としたシックなデザインがされた高級住宅が、二人の目的地――中学校時代からの友人が療養している家だった。金色のライオンをモチーフにした門の隣、あくまで大袈裟なデザインを貫き通す呼び鈴を鳴らそうとしたところで、ルーク達は後ろから呼び止められた。

「そこの二人! 見たところここらの住人やないみたいやけど、何の用だ?」

 この辺りとはイントネーションが違う男の声に、隣に並ぶレイルも驚いた顔をしている。まさかこんなところで呼び止められるとは思っていない二人は、振り向いて更に驚いた。相手が、まだ新しい制服に身を包んだ警察官だったからだ。

――最悪、学校に報告が行くな。

 ルークは内心覚悟しながら口を開く。

「中学校からの友人が病気なので、そのお見舞いです」

 ハキハキとした口調で好青年を装う。

 二人が通う高校は、厳格な校風で有名だ。

 公立ながら豊富な学科と幅広い制度に、進学校さながらの特進コースにスポーツ特待。非の打ち所の無い学校故に、街の資産家達への対応も完璧だ。そのためこのイースト通りには、夜間の騒音対策に並々ならぬ努力が払われており、学生は用事が無い限り立ち入りは禁止されている。

「君ら高校生だな? 俺の今までの経験から、学生ってのは言い訳が上手いんだ。とりあえず学校に連絡するから待ってな」

 相変わらずのイントネーションで話す警察官に、ルークは頭を抱える。例え真実でも、学校に連絡が行った時点で何らかの処分があるはずだ。入学早々それでは、いろいろとまずい。

 上手い言い訳は無いものかと隣を見ると、レイルがすっと前に出た。

「そのイントネーションに微妙な訛り……国外の方ですか?」

 あくまで丁寧に話す彼女には、普段のおちゃらけた雰囲気は感じられない。そんな彼女の対応に、警官も気を良くしたのか――どうやらロリコンの気があるようだ――いくらか態度が穏やかになった。

「そうだ。生まれはここやけど……ほら、髪の毛もこの通り……って今は金髪だったな……向こうで浮かないように染めたんだが、名前までは変えられなくてな」

 警官はそこまで話すと、すぐさま表情を真顔に戻した。小さめの漆黒の瞳に、引き込まれそうな感覚を覚える。

「だから地元はこっちやけど、あっちの生活が長すぎて訛ってしまった」

 これでいいか? と意味もなく凄む警官に、レイルは優しい笑顔を返して言った。

「なるほど。それならトレイン署長はご存知ですよね? 入署式の際は父がお世話になりました」

 レイルの台詞を最後まで聞き終わらない内に顔を青くした警官は、すぐさま直立不動の姿勢を取り敬礼した。

「署長の御息女とは失礼致しました!! お見舞いの帰りの際は、お気をつけ下さい。カルメンの恋人が、貴女を狙っているかも知れません」

 そう最後は囁くようにして笑うと、踵を返して絵に描いたような行進のような動きで立ち去った。

 完全に姿が見えなくなるまで見送って、ルークはぐったりと道路に座り込んだ。

「なんなんだよあいつは!? レイル、よく知り合いだってわかったな!?」

 そう言って上を向くと、レイルも彼女にしては珍しく緊張した面持ちで舌を出した。

「私も先週、父さんから職場に珍しい新入りが入ったって話を聞いてなかったら、ヤバかったよ」

 レイルの父親はこの町の警察官であり、署長を勤めていた。普段から気さくな彼の人柄は有名で、どうやら秋から入った新人にも好かれているようだった。

「とにかくおじさんに救われたな!!」

「あの人も悪い人じゃなさそうだし、また話聞いてみるよ! とりあえず……ロック呼ぼう」

 それもそうだとルークは、一度抜けてしまった腰に再び力を入れ直す。そして呼び鈴を鳴らし、いつものように庭師によって美しく整備された門と庭を抜け、友人の待つ部屋へ二人は向かった。

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