一酸化炭素
水泡歌
第1話 一酸化炭素
一酸化炭素……木炭などが不完全燃焼する時に出る有毒ガス。
一酸化炭素を辞書で引いてみると、こんな意味がでた。
私は思った。
じゃあ今の私達は一酸化炭素が出ている状態なんじゃないかって。
私には6年付き合っている彼氏がいる。
中一から高三までの付き合いで6年。
最近なんだか2人の関係は冷めてきている。
たぶん嫌いになったとかではない。
嫌いじゃないんだけど……好きではない。
別れたい訳じゃないけど……特に傍にいたい訳でもない。
微妙な関係。
今だって一緒に帰っているのに2人とも一言も話そうとしない。
黙ってもくもくと歩いてる。
こんな状態が続くようになって、私は最近考えるようになった。
彼と別れた方がいいんじゃないかって。
こんな状態続いたってしんどいだけだし。
お互いがお互いを苦しめてなんになる?
不完全燃焼で出した一酸化炭素に苦しめられている私達。
中毒で死んだらどうしようもない。
私はピタッと歩く足を止めた。
彼が訝しげに振り向く。
「何だよ?」
眉間に皺を寄せてあきらかに不機嫌な顔になる。
昔はこんな時、私の心配してくれてたのにな……。今じゃ、そんな顔するんだ。
私は少し寂しい気持ちになって、その気持ちのまま言った。
「別れよ」
彼の目が見開かれる。
「は?」
私は続ける。
「今のまま付き合ってても意味ないと思うし。手遅れになる前に別れよ。バイバイ」
私はそう言って彼を追い抜こうとした。
彼は急いで私の腕をつかんでくる。
「何これ。離してよ」
冷たい声でそう言うと、そこには彼の困惑した顔があった。
「な……んでだよ。何でいきなりそんなこと言うんだよ」
彼のこんな顔は初めて見た気がした。
「だって、もう私の事好きじゃないでしょ?」
内心動揺したけど、平静を装って言う。
「好きだよ」
「うそばっか」
「うそじゃねぇよ!」
「うそだよ!」
彼の体がビクッと揺れる。
「じゃあ、何で帰るとき一言も喋ってくれないの? 何で手とかつないでくれないの? お昼だって一緒に食べてくれないし! 最近私の前で笑ってくれたことないじゃない? そんなんで私のこと好きって言える? 言えないでしょ!?」
私の中の今までたまっていたものが爆発した。
私はボロボロ泣きながら叫んでた。
どうせもう別れるんだ。
好きな事言ってやろう。
私はまた今までの不満を言おうとした。
けれどそれはさえぎられた。
彼が先に話し出したから。
「な……んだよ。お前ばっか言いたいこと言って。お前こそ俺のこと好きじゃないんだろ? いつも俺の横でつまらなそうな顔してるし! 手だって、前、俺がつなごうとしたら嫌がったじゃねえか! だから、だから何か……いろいろ不安になって。そんな状態で笑えるわけねえだろ!」
私はびっくりした。もしかしてこれって……。
「なに? じゃあ、私がつまらなそうな顔してたから? 手を繋ぐの嫌がったって、あれは知り合いがいて恥ずかしかったからで……。つまらなそうなのもあんたが不機嫌な顔してるから。え? じゃあ、何? 私の事嫌いになった訳じゃないの?」
「嫌いに何かなってねえよ! ていうかお前、あの時嫌がったのそんな理由……」
私達はお互い顔を見合わせた。
そしてプッと吹き出して笑った。
「何だ、じゃあ、2人とも勘違いしてたんだ」
「バカみたいだな。俺たちそれで別れようとしてたのか?」
2人声を出して笑った。
お互いの笑顔を久しぶりに見た。
一酸化炭素が不完全燃焼で出るなら、酸素を吹き込んで完全燃焼させてやればいい。
私達に必要なのは酸素だった。
お互いの気持ちっていう酸素だった。
酸素を吹き込んだ私達からはもう一酸化炭素は出ない。
完全燃焼。中毒になる必要はない。
私達はその日手を繋いで、いっぱい話しながら帰った。
一酸化炭素 水泡歌 @suihouka
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