恋の決着。あるいは始り。
ようやく大人しくなってくれたウバさんだったけど、大暴れした爪痕は大きい。
おばあちゃんが火を消してくれたとは言え、部屋の中はあちこち焼けてボロボロになっていた。だけど。
「ずいぶん派手にやってくれたねえ。ぬりかべ、燃えた床や壁の、修理を頼むよ」
「ぬりぬりー!(任せてー)」
え、ぬりかべさんいつの間に来てたの?
壁と同化するように立っていて、全然気づかなかった。
するとぬりかべさん、傷んだ壁を手で擦りはじめて。
そしたらあら不思議。焼け焦げていたはずの壁が、まるでリフォームしたみたいにピカピカになっていって。それを見た白塚先輩が、目を丸くする。
「これは驚いた。ぬりかべさんは、こんな事もできるのかい?」
「ええと、たしかぬりかべさん、施工技師の資格を持っているって、前に言っていました。今の時代、妖も何か手に職を持っていないといけないから、この術を習得したみたいです」
時代が令和へと移って、妖も日々進化しているということだ。
はたしてこれが施工技師の技なのかどうかはともかく、部屋が元に戻るのなら助かる。後は。
「うう、涼真くん、涼真くーん。やっぱり若い子の方がいいのかい。あたしみたいな年寄りは、お呼びじゃないのかい」
降参はしたものの、江崎先輩を盗られたウバさんはショックらしく、メソメソと泣いている。
杉本さんは、心底迷惑そうな顔をしているけど。
「欲しけりゃあげるって言ってるのに。あ、そうだ!」
杉本さんは私達から離れて、机に置いてあったソレを手に取った。あれは、ビデオカメラ?
「あの火のおばあさんが乱入してきた時、丁度動画を録ってる最中だったのよ。よし、撮れてる。あんた、ちょっとこれを見なさい!」
グイっとカメラを突き出す杉本さん。そこに映し出されたのは。
『うわああああっ! バ、バケモノだ――――っ!』
『ひぃぃぃぃ! まだ死にたくないー!』
『た、助けてー! お母さーん!』
恐怖で顔を歪ませながら、悲鳴をあげる江崎先輩の姿がそこにあった。
しかも彼女である杉本さんを突き飛ばして自分だけ逃げて、途中で転んじゃう所までバッチリ映っている。
改めて見てみると、やっぱりこれはないやー。岡留くんと白塚先輩も、「酷いな」「酷いね」と呆れていて、ウバさんも信じられないといった表情で、画面を見つめている。
「こ、これが本当にあの、輝いていた涼真くんなのかい?」
「ええそうよ。あいつってば、あたしを見捨てて逃げたんだから。あんなのに何の未練も無いから、欲しいならどうぞご自由に!」
「う、ううっ」
江崎先輩の真の姿を知って、ガックリと肩を落とすウバさん。
そして私達に向き直ると、勢いよく土下差をしてきた。
「お嬢ちゃん、それに千冬ちゃんも、酷いことをしてすまなかった。色ボケして迷惑をかけて。あたしゃ自分が情けないよ」
「え、ええと、頭を上げてください。迷惑だなんて、そんなこと……」
そんなこと無いです、とは言えなかった。
見ると杉本さんも、お雪おばあちゃん達もみんな顔に、「まったくです」って書いてある。
ごめんなさいウバさん、フォローできません。だって本当に、大迷惑だったんですもの。
「もう金輪際、恋なんてしないよ。これ以上、人様に迷惑はかけられないからねえ」
あちこちから小さく「うん、その方がいい」、「もう歳なんだからさあ」と、呟きが聞こえてくる。
やっぱり皆さん、もう大人しくしててもらいたいみたい。
一人を除いては。
「そうでしょうか。私は、そうは思いませんよ」
凛としたハスキーボイスの主に、一斉に視線が集まる。
予想外の発言をしたのは、白塚先輩。
先輩は身を屈めて、床に膝をついているウバさんの頬に手をやると、そっと顔を上げさせた。
「確かに、今回のことはやりすぎです。けど誰かを好きになることは、悪いことではありません。もう間違えないよう気をつけさえすれば、恋をしてもいいのですよ」
「えっ。じゃ、じゃがみっともなくないかい? 見てのとおりあたしはシワシワのババアじゃし、今更恋なんて」
「全然。そのシワの一本一本が、貴女の生きてきた証なのですから、何を恥ずかしがることがありますか。綺麗ですよ、とても」
さ、流石白塚先輩。言うことが違います。
先輩はまるでどこかの国の王子様のように、ニッコリと笑いかける。
「胸を張ってください。いくつになっても恋する気持ちを忘れない生き方、私は好きですよ」
「——っ!」
ああ、ウバさんすっかり言葉を失っちゃってる。
無理もないか。私だって先輩の綺麗な微笑みを見ていると、まるで後光がさしているような錯覚を起こしてしまいそうだし。
しばらく時が止まったように暖かな空気が流れていたけど、ふとおコンさんが思い出したように口を開いた。
「そうだ、そういえばあの逃げ出した涼真くん、何とかしておいた方がいいね。あたし達の事をベラベラ喋られたら都合が悪いから、術をかけて記憶を消してしまわないと。宝ちゃん、悪いけど案内してくれるかい?」
「了解です。おコンさん、記憶を消すなんてできるのですね」
「ああ、しばらくの間IQが十分の一になってしまう副作用があるけどね。でも彼女を見捨てて逃げちゃうような奴には、これくらいのお仕置きはしてもいいだろう」
何やら物騒なことを言いながら、おコンさんは白塚先輩と一緒に部屋を出て行った。
そしてそんな二人を見送っていると、呆けていたウバさんがハッと我にかえって、慌てたように叫ぶ。
「ち、千冬ちゃん。さっきのあの子は、いったい誰なんだい!」
「あの子って、先輩のことですか? 郷土研の部長の、白塚宝さんですけど」
「白塚宝さんだね。見つけたよ、あたしの恋の相手、愛すべき王子様を! ああ、宝お姉様ぁーっ!」
へ……え、ええーっ!?
胸の前で両手を握りしめながら、うっとりとした顔で天を仰ぐウバさん。
お姉様って、ウバさんの方が圧倒的に年上なんですけど。って、問題なのはそこじゃない。
恋の相手って、ええーっ!?
予想外の展開に目が点になったけど、驚いているのは私だけじゃない。
岡留くんや杉本さんも、揃って呆然としている。
「なあ、俺はいずれウバさんを、義姉さんって呼ばなきゃいけなくなるのか?」
「やっぱり妖って、訳分かんない」
見ればおばあちゃんや子泣きじじいさん、ぬりかべさんも同じように唖然としているけど、ウバさんはそんな事にはお構い無し。
白塚先輩の王子様スマイルを思い出しているのか、とっても幸せそうに恍惚の笑みを浮かべるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます