世界一可愛い女の子

「……ありがとう」

「えっ?」


 恋に目覚めたウバさんを見て呆気にとられていたけど。そんな私を正気に戻したのは、杉本さんの一言だった。

 けど、『ありがとう』って。


「何よその顔? さっきは助けてくれてありがとうって言ってるの!」

「あ、ああ。そう言うことでしたか。ごめんなさい、まさか杉本さんからお礼を言われるなんて思っていなかったから、ビックリして」

「あたしだってお礼くらい言うわよ!」

「ご、ごめんなさい」


 ギロリと鋭い目で睨まれて、思わず縮こまっちゃう。

 って、あれ? 私、感謝されたんだよね。なのにどうして怒られてるんだろう?


 首をかしげていると、今度は岡留くんが気づいたように言ってくる。


「そういえばさっき溶けてたけど、体は大丈夫なのか?」

「うん。おばあちゃんに冷やしてもらったから、平気」


 とは言ったものの、本当はまだちょっとダル怠いんだよね。

 元に戻ったとはいえ一度は溶けちゃったんだもの。簡単に全回復とはいかないのだ。

 すると、そんな不調が顔に出ちゃったのか、岡留くんはグイっと手を引いてくる。


「顔色が悪いぞ。保健室で休ませてもらった方がいい。杉本、こっちの後片付けは頼めるか?」

「えっ。片付けって、あの妖達と一緒に?」


 やっぱり妖の事が怖いのか、警戒するようにおばあちゃん達を見たけど、すぐに諦めたようにため息をついた。


「助けてもらった訳だし、仕方ないわね。そのかわりさっき言ってた、頭がパーになっちゃう記憶を消すやつ、あたしにはかけないでよね」


 それはもちろん。暴走したウバさんに教われたあげくに、IQが十分の一になっちゃったらたまらないものね。


 と言うわけで、この場をおばあちゃんや杉本さん達に任せて。私は岡留くんに付き添われながら部屋を出て行く。


 長い廊下を歩いていると、外からは運動部の元気のいい声が聞こえてくる。

 こうしていると、さっきあんな騒ぎがあったなんて嘘みたい。


 だけど体の不調が、あれが現実であることを証明していた。

 あんな風に盛大に溶けちゃったのなんて、久しぶりだなあ……はっ!


 ピタリと立ち止まった私は、自分の頭や体のあちこちをべたべたと触って。すると岡留くんも、何事かと足を止めた。


「どうしたんだ。やっぱり、どこか怪我でもしてるのか?」

「う、ううん。そうじゃないんだけど、さっき溶けちゃったから。縮んでないか心配で」

「縮む?」


 そう、縮む。

 すっかり忘れていたけど、溶けちゃったた拍子に身長や胸が縮んでしまっているかもしれないの。


 雪女は、溶けたら縮む事があるというのを簡単に説明して。話しながら体のあちこちを触ってみたけど、心なしか前よりボリュームが減ったような。


 ど、どうしよう。元々大して可愛くもないのに、これ以上劣化したら岡留くんはどう思うか。


「お、岡留くん。私がチビでちんちくりんになっちゃっても、別れないでいてくれますか」

「は?」


 泣きそうになりながら懇願すると、彼は戸惑った顔になる。。


「別に前と変わらない気がするけど。ああ、でも綾瀬が気にしてるのなら、どうにかした方がいいのか。元に戻る方法はないのか?」

「分からない。おばあちゃんに聞いてみないと何とも」


 ショックでしょんぼりと項垂れていたけど。岡留くんはそんな私の頭を、多きな手でポンと撫でてきた。


「元に戻りたいのなら、俺も協力するよ。でも気休めにしかならないかもしれないけど、これだけは覚えておいてくれ。例えどんな姿になっても、俺は綾瀬と別れたりはしないから」

「ふえ?」

「だいたい少し身長が縮んだくらいで別れるなら、液体人間になった時点でそうしてるさ。けど俺にとってはどんな姿でも、綾瀬が世界一可愛い女の子だって事に変わりは無いから」


 せ、世界一可愛いって。

 思わず心臓が跳ね上がったけど、岡留くんは呼吸を整える暇も与えてくれなかった。

 背中に手を回されたかと思うと、ぎゅうっと力を入れてきて。厚い胸板に顔を押し付けられるように、抱きしめられた。


「好きだよ、綾瀬」


 う、うわあぁぁぁぁぁぁっ!?


 心臓が壊れるんじゃないかってくらい、胸の高鳴りが止まらない。全身の血液が沸騰して、目がぐるぐる回っちゃう。

 厚い胸板に顔を押し付けられて苦しいのに、岡留くんは全然力を弱めてくれなくて。体中が燃えるように熱くなる。


 だけど私はこの時、大事なことを忘れていた。ついさっき液体人間から回復したばかりで、まだ体が本調子じゃないって事を。

 そんな状態で熱くなっちゃったものだから当然―—パシャン!


「えっ、ええーっ! また溶けちゃったー!」

「綾瀬ーっ!?」


 液体人間再降臨!

 まさかこんな簡単にまた溶けちゃうなんて、自分でも驚き。好きって言ってもらえるのは嬉しいけど、どうやら時と場合を考えた方がいいみたい。


 と言うわけで。再び溶けちゃった私は岡留くんに連れられて、急いでおばあちゃんの所へ引き返すのでした。






 ちなみに。

 後で測ってみたところ、溶けてた時間が短かったおかげで、幸い身長は1ミリも縮んでなくて155cm。胸も全く変わらず、AAのままでした。



 姥ケ火さん大騒動 Fin

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