やって来たウバさん

 昼休みに杉本さんと一悶着あったけど、それからは特に何かあるわけでもなく、午後の授業が終わって放課後。

 私はいつものように郷土研の部室に向かっていたのだけど。校舎を出て渡り廊下を歩いていた時、それを見つけた。


「あれ、あの人って?」


 目に飛び込んできたのは、紫色の着物を着た、小さく丸まった女性の後ろ姿。

 私はその人に見覚えがあったものの、本当なら学校にいるはずのない人で。一瞬勘違いかと思ったけど、やっぱり間違いない。

 急いで近づくと、彼女に声をかけた。


「ウバさん、こんな所で何をしているんですか?」

「ん? ああ、千冬ちゃんかい」


 振り返ってきたのはやっぱり、姥ヶ火のウバさんだった。

 けど、なんでまた学校にいるんだろう。それによく見ると何だか、泣きそうな顔をしているような。


「うっ、ううっ。千冬ちゃん聞いておくれよー!」

「ど、どうしたんですか? な、泣かないでください!」


 ここは人通りは少なくない。ぽつぽつといた生徒達が、おばあちゃんに泣きつかれる私を、何事かと振り返って見ている。

 うう、目立ちたくないのにー。


 だけど泣いているウバさんを、放っておくわけにもいかずに。

 とりあえず人目を避けるため、少し離れた所に移動させてみたけど、ウバさんは泣き止んでくれない。すると。


「大変なんじゃよ。涼真くんに、涼真くんに彼女ができてしまったんじゃー!」

「へ? 涼真くんって、あのユーチューバーの江崎先輩ですよね。そういえば杉本さんと、付き合ってるみたいですねえ」


 昼間の仲良さげな二人の様子を思い出す。ラブラブな雰囲気でちょっと羨ましかったなあ。私も岡留くんと、あんな風になれたら……って、なに大胆な事を考えっちゃってるの。

 慌ててブンブンと頭を振って、妄想を取り払う。だけど、それどころじゃなかった。

 ウバさんはカッと目を見開いたかと思うと、鬼のような形相で私の両肩をつかんできた。


「杉本、杉本って言うのかい。あたしから涼真くんを奪ったアバズレは!」

「ウ、ウバさん、そんな言葉を大きな声で言わないでください。それに奪ったって、江崎先輩はウバさんのものじゃないですよね」

「そんな事ないよ! 涼真くんはあたしに、好きだ、愛している、俺は君だけのものだって、夜な夜な言ってくれてたんだから!」

「ええ、そうなんですか!?」


 てっきり一ファンだとばかり思っていたのに、二人はそんな関係だったの? 

 それなのに知らないところで彼女を作っていたら、怒るのも無理ないかも。


「涼真くんはね、歌にのせて何度もあたしに、愛を囁いてくれたんだ。動画を再生させる度に、難度だって!」

「へ? そ、それは単に、そういう歌詞の歌を歌ってただけなんじゃないんですか?」


 前言撤回。完全にウバさんの思い込み&被害妄想だよ。

 だけど呆れる私とは裏腹に、ウバさんの怒りは収まらない様子。地団駄を踏みながら、「悔しい悔しい」と連呼している。


「あの、それでいったい、どうして学校まで来ちゃったんですか? 嫌な予感しかしないんですけど」

「決まってるじゃないか。涼真くんを取り戻すのさ。それかその杉本って女を見つけて、『後妻打うわなりうち』をするんだよ」


『後妻打ち』と言うのは江戸時代にあった風習で、簡単に言えば夫に捨てられた奥さんが後妻の元に喧嘩を仕掛けに行くと言うもの。

 けど、今は令和ですよ。そんなのダメに決まってます。そもそも、ウバさんと江崎先輩は何でもなかったんですよね。完全に逆恨みじゃないですか。


「ふん、彼氏とラブラブな千冬ちゃんには、あたしの気持ちは分からないんだよ」

「え、そんな。彼氏とラブラブだなんて。えへへ、照れちゃいますよー」

「キーッ、その幸せそうな顔も、今はムカつくねー! 兎に角、あたしは行くから! 涼真くんはこの時間は、軽音部の部室で動画を撮っているはず。部室はあっちだね」


 ウバさんは真っ直ぐに、部室棟の方を見据える。

 けど部室棟の場所や江崎先輩の行動パターンを、どうして知っているんですか? 

 まさかとは思うけど、こっそりストーカーしてたって事はありませんよね?


 だけどそれを問う暇もなく、ウバさんはあっという間に駆けていってしまった。

 それはもう、姥ヶ火じゃなく100キロババアなんじゃないかってくらいの、猛スピードで。


「早っ!? おばあちゃんなのに走るの速すぎです!」


 ああ、もう見えなくなっちゃった。それにしてもこの状況、すごーくマズイ気がする。

 たしか昼間聞いた話では、放課後は江崎先輩だけでなく杉本さんも、軽音部に行くって言ってたし。

 このままだともしかして、修羅場?


「わ、私がなんとかしないと」


無関係なはずなのに、どうして巻き込まれちゃったんだろうと思わないわけじゃなかったけど、それでも知らん顔するなんてできずに。

 スカートを翻しながら、校舎の中に消えたウバさんの後を、大急ぎで追って行った。

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