杉本さん再び

 岡留くんと一緒に、妖の老人会に行ってから数日が過ぎたある日。

 学校の昼休みに図書室に行った帰り。私は教室に向かおうと、廊下を歩いていけど。角を曲がろうとした時、向こうから駆けてきた誰かが、勢いよくぶつかってきた。


「きゃっ!?」


 弾かれた私は尻餅をついて、持っていた本も床にバサリ。

 ああー、図書室で借りた本なのにー!


 だけど本を拾うよりも早く、怒気を含んだ女子生徒の声が、耳に飛び込んできた。


「痛たた。ちょっと、どこ見て歩いてるのよ!」


 見れば目の前には、同じように床に尻餅をついている女の子が。

 どうやら向こうも転んだみたいだけど、ぶつかってきたのはそっちじゃ……って、あれ?


「す、杉本さん?」

「げ、綾瀬千冬!?」


 私を見るなり露骨に顔をしかめてきたのは、杉本照美さん。

 でももしかしたら、私も似たような顔になっているのかもしれない。彼女とは以前に色々あったから、お互いに苦手意識を持っているのだ。


 今はもう、前みたいに絡まれることはなくなっていたけど、今みたいな偶然の事故までは避けられなかった。

 私も杉本さんも気まずそうにしながら、とりあえず二人ともゆっくりと立ち上がる。


「……ええと、怪我はありませんか?」

「……別に平気」


 私はせめて目だけはちゃんと合わせようとしたけど、杉本さんはそっぽを向いたまま。まるで関わらないでって、バリアを張られているみたい。

 うう、とりつく島もないよ。


 だけどこのまま立ち去って良いかどうか迷っていると、彼女に駆け寄る人影が。


「照美、派手に転んだみたいだけど大丈夫か?」

「あ、涼真くん!」


 声をかけてきたのは制服を着崩していて、黒い髪を肩まで伸ばした男子生徒。すると杉本さんはさっきとは打って変わって、甘々な猫なで声を出し始めた。


「へへ、恥ずかしい所を見られちゃった」

「そんなこと無いって。それより、ケガはないか?」

「うん、平気。ありがとうね涼真くん♡」


 現れた男子生徒にくっつきながら、とろけるくらいにニッコリと笑う杉本さんだったけど、私はポカンとしてしまう。


 あ、あれー。杉本さんって、こんな風に誰かに甘えるような子だったかなあ? 

 私の中のイメージではもっと、ツンツンした性格だったんだけど。もしかして、そっくりな双子のお姉さんか妹さんってことはないよね。


 やって来た彼は、ひょっとして杉本さんの彼氏さんかな?

 あれ、でもこの人、どこかで見たような……あっ!


「江崎涼真先輩? ユーチューバーの」


 そうだ、この前の老人会でウバさんが夢中になっていた、江崎先輩だよ。

 思わず名前を声に出すと、江崎先輩は杉本さんから私へと、視線を移してくる。


「へえ、俺のこと知ってくれてるんだ。綾瀬千冬ちゃんだよね」

「は、はい。まあ。って、先輩はどうして私の名前を?」

「そりゃあ、そんな真っ白な髪をしていたら目立つからねえ。一時期、雪女みたいな女の子がいるって、噂になったし」


 雪女!? もしかしてこの人、私の正体を杉本さんから聞いたんじゃ。

 だけど慌てて杉本さんを見ると、彼女は言わんとしている事を察したようで、ブンブンと首を横に降ってくる。


「あ、あたしは何も言ってないから、勘違いしないでよね。単にアンタが目立つから、涼真くんも知ってたってだけでしょ」


 この様子、嘘を言っているとは思えない。良かったあ。バレてたらきっと、面倒なことになってたに違いないもの。

 ホッと胸を撫で下ろしていると、江崎先輩はポンと、杉本さんの頭を撫でた。


「おっと、俺用事があったんだ。それじゃあ照美、放課後に軽音部の部室でな」

「うん。楽しみにしてるから」


 爽やかな笑顔で去って行く江崎先輩を、これまた満面の笑みで見送る杉本さん。

 放課後がどうこう言ってたけど、デートでもするのかな。仲が良さそうで微笑ましい。


 だけど江崎先輩の姿が見えなくなったとたん、杉本さんはキッとこっちを睨んできた。


「で、アンタはどうして、涼真くんの事を知ってたの? 流行りに敏感とも思えないし、まさか涼真くんのことを狙ってるんじゃ?」

「ご、誤解です。知り合いにファンの人がいて、それで知ったんです」

「ふうん、ならいいけど。でもちょっと顔と名前を覚えられているからって、調子に乗らないでよね。涼真くんはあたしの彼氏なんだから」


 あ、やっぱり付き合っているんだ。

 だけど杉本さんが心配しているような事には、絶対にならないよ。だって私には、岡留くんがいるんだもの。


「あーあ、彼氏が格好よすぎるのも考えものよね。悪い虫がつかないか、気が気じゃないもの。まあどっかの妖怪オタクだったら、心配はないんだろうけど」

「む、どういう意味ですか!」


 あんまりな言い方に、思わず顔をしかめる。

 だけど杉本さんは悪びれる様子もなく、ベーっと舌を出す。


「そのままの意味よ。それじゃあ、あたしも急いでいるから」


 言うだけ言って、杉本さんはさっさと行ってしまった。


 最初の気まずい雰囲気はどこにいったのか。どうやら、私の彼はアナタの彼氏より素敵ですよって、上から目線で言いたかったみたい。

 相変わらず、意地悪なんだから。


「私は別に、ケンカしたいわけじゃないんだけどなあ」


 杉本さんが江崎先輩と付き合っていても、邪魔をしたり意地悪を言ったりする気なんてないのに。

 前みたいに大きな嫌がらせをされることはなくなったけど、どうやら杉本さんとは、まだまだ反りが合わないみたい。


 なんだかどっと疲れて、大きなため息が零れた。

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