あなたと出会えて幸せでした

 懐かしいことを思い出しちゃったねえ。

 本当はもっと思い出に浸っていたいんだけど、そうすると何万文字になるかわかったもんじゃない。

 下手をすれば、本編より長くなってしまうかもしれないから、今日はこれくらいにしておこう。


 それにしても、もう何十年も前の話なのに、まるで昨日の事みたいに鮮明に思い出せる。


 あの看病をした日からしばらくは、照れがあって目も合わせられなくなってしまったっけ。

 だけど心の距離は縮まっていて。勝さんが付き合おうって告白してくれるまで、そう時間はかからなかった。


 あたしは雪女だって事を改めてちゃんと告げて。あの時は溶けてしまうんじゃないかってくらいにドキドキしたけど、あの人は怖がること無く受け入れてくれたんだよね。


 勝さん、雪を起こすあたしを見て、「すげえや、妖って本当にいたんだな」って、目を輝かせながら言っていたっけ。

 その気になればこの雪であんたを凍らせることだってできるのに、全く怖がらないんだもの。バカかコイツはって思ったのを覚えているよ。けど、やっぱり嬉しかったねえ。


 あたしも会うたびに、どんどん勝さんのことが好きになっていって。細身の子が好きだって聞いた時は、今の千冬ちゃんみたいにダイエットに励んだんだよね


 普段は漬物にする大根や白菜をお鍋の具にして、ほどよく体を溶かすんだって、ふーふー言いながら食べたものだよ。

 そういう所は、しっかり千冬ちゃんに受け継いでいる。やっぱりあの子は、あたしの孫だよ。


「ん、そう言えば」


 ダイエットで、ちょっと思い出した事がある。

 急いで千冬ちゃんの部屋まで引き返して襖を開けると、中は相変わらずの暑さ。千冬ちゃんはストーブの前でその暑さに耐えながら、ダイエットに励んでいた。


「どうだい、ダイエットは順調かい?」

「うん。少しだけ、体の表面が溶けてきた気がする」

「そうかい。ところで、その溶かすダイエット、体のどこからしぼんでいくか知っているかい?」

「え、どこからってそりゃあ……」


 言いかけて、すぐに口を継ぐんでしまったよ。どうやらやっぱり、ちゃんとは分かっていなかったみたいだねえ。


「いいかい、そのダイエットをやっているとねえ。まずは背が縮むんだよ」

「へ?」

「人の形をした雪の像を溶かすようなものさ。先っちょから溶けていくんだ。結果ほっそりにはなるんだけど、引き換えに身長が縮むし、胸も小さくなって体の凹凸が乏しくなっていく。それでいて、一番引っ込めたいはずのお腹は、なかなか溶けてくれない。このダイエットは確かに体重は減るけど、欠点だらけなんだよ」


 体重計に記された数字だけを気にして、気づいた時には大切なものを失ってしまう、恐ろしいダイエット方なのさ。

 あたしはその怖さをを、身を持って知っているよ。


「どうだい、これでもまだ続けるかい?」


 見れば千冬ちゃんは、ガタガタと震えながら真っ青になっている。雪女に真っ青っていうのも、何だか変な感じだけどね。

 すると次の瞬間、千冬ちゃんはストーブを消して立ち上がった。


「今から外に行って、体冷やして元に戻してくるー!」


 ああ、飛び出して行っちゃったよ。

 いったい誰に似たんだか。って、考えるまでもないね。


「勝さん。あたし達の孫は、ちょっとドジだけど元気でやっているよ」


 あたしの最愛の人は、既にこの世にいない。数年前に、病気で亡くなってしまったのだ。

 でも先立たれてしまったけれど、それでもあの人と出会えて幸せだったって、心から思うよ。


 共に過ごした日々は楽しかったし。それに勝さんがいてくれたおかげで、今だって可愛い孫と一緒にいられるんだから。


 庭で体を冷やす千冬ちゃんを見ながら、あたしはそっと笑った。




 おばあちゃんの恋物語 Fin

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る