文化祭に雪は舞う

文化祭には行けません

 昔見たマンガかアニメで、こんな台詞があったっけ。

『君は妖でも、優しい人間の心を持っている』って。


 でも人間と妖で、心に違いなんてあるのかな。

 もしも妖の心なんてものがあるのなら、人を傷つけても痛まないの? だったら、その方が良かった。だってそれなら、こんな風に胸が締め付けられる事もないのだから。


 雪女だということがバレて、岡留くん達を傷つけてから一夜が明け、今日は文化祭本番。

 だけど私は学校に行かず。部屋着のまま何をするわけでもなく、自分の部屋で机にうつ伏せになりながら、ただぼーっと時を過ごしていた。


 昨日逃げるように早退した後。文化祭の準備があるから遅くなると言っていたのに、早くに帰宅した私を見て、おばあちゃんは何かを察したような顔をした。けど何があったか追求するわけでもなく、静かに「おかえり」とだけ言って迎え入れてくれた。


 そんなおばあちゃんを見たら、こらえていた涙が溢れてきて。同時にまたも悲しい気持ちが溢れてきて、冷気のコントロールも効かなくなってしまったのだ。

 その結果、あれから私の周りはずっと、冷えきった空気が渦を巻いていた。


(一晩たったのに、まだ続いてる。全然収まらないや)


 冷気の放出は今までにも何度もあったけど、こんなに長く続いたのは初めて。

 いや、本当は頑張れば抑える事はできるのだけど、そんな気持ちにはなれなくて。冷たい空気を撒き散らしてしまっている。


 今も部屋の中には霜がおりていて、窓には内側から氷がはっている。昨夜入ったお風呂は、水風呂になるどころか凍っちゃったし、寝る時も布団がグショグショになるから、夕べは畳の上で横になって眠ることにした。

 いくら冷やしても風邪なんて引かないから、別にいいんだけどね。


 問題なのは、学校でこれを見られたという事。恐怖する杉本さんの顔や、ケガをした岡留くんの姿が、頭から離れない。

 転校までしたのに、結局私は自分で、居場所を壊してしまったのだ。


(もう学校なんて行かずに、いっそこのまま不登校になって、引きこもっていようかな?)


 壁にかかっている時計を見ると、午後0時を回ったところ。

 今頃みんなは、文化祭を楽しんでいるかな?


 くう~。


 ……微かにお腹が鳴った。

 私はそっと立ち上がって、部屋を出て行く。こんな気落ちしてるっていうのに、お腹だけはしっかり空くなんて、変なの。


 おばあちゃん、お昼もうとったかなあ。

 もしもまだなら、おばあちゃんの分も作ろう。たしか、冷やし中華の材料があったはず……。


 そんな事を考えながら廊下を歩いていると。客間に通じる障子の向こうから、おばあちゃんともう一人、別の誰かの話す声が聞こえてきた。


「こいつは驚いた。まだ若いのによく調べているねえ」

「こんなんじゃまだまだですよ。いつか日本中を旅して、もっとたくさんの物をこの目で見たいものです」

「ははは、面白いお嬢さんだ。けどいいねえそういうの。夢は大きく持たなくちゃ」


 ……お客さんかな。おばあちゃん、楽しそうに喋ってる。

 だけどこの声、どこかで聞いたような?


「千冬ちゃん、そこにいるんでしょ。そんな所に立ってないで、入ってきたらどうだい」

「えっ?」



 どうやらおばあちゃん、気配を察していたのか、私が来ていた事はお見通しだったみたいで。返事をする間もなく障子が開かれる。

 だけど障子の向こう。おばあちゃんと話をしていたその人を見て、目を疑った。


「えっ……し、白塚先輩!?」


 テーブルをはさんで、おばあちゃんと向かい合うようにして座っていたのは、なんと白塚先輩だった。

 けどなんで⁉ どうして先輩がうちにいるの⁉


「こんにちは千冬ちゃん、お邪魔させてもらっているよ」


 いつもと変わらない制服姿で、にっこりと笑いながら。キチンとした挨拶をしてきたけど、反対に私の頭はこんがらがっている。


 てっきり今頃、文化祭を楽しんでいると思っていたのに。

 はっ! もしかして昨日、岡留くんに怪我させちゃったから。大事な彼氏を傷つけた私を許さないって、逃げた鬼の首を取りに来たとか?

 それかもしくは、白塚先輩は妖マニアだから。雪女である私の秘密を探りに、家まで乗り込んできたの!?


(と、とりあえず、冷気は抑えておかなくちゃ!)


 さっきまでダダ漏れだった冷気だけど、やっぱりそれは私に止める気が無かっただけみたいで。息を止めるようにして抑えると、案外簡単に収まってくれた。

 けど、それでも気を抜くと、抑えが効かなくなりそう。先輩の狙いが分から無くて、焦っているっていうのに。


「……千冬ちゃん、そんな恐ろしいものを見るような目で見ないでくれ。何も、とって食おうってわけじゃないんだから」

「ご、ごめんなさい。けど、あの、どうして先輩が、うちにいるんですか?」


 文化祭は? コスプレ撮影会で、忙しいんじゃないんですか?

 だけど白塚先輩が話すよりも先に、おばあちゃんが代わりに答えてくれた。


「千冬ちゃんのお見舞いに来てくれたんだよ。急に学校を休んだから心配して、わざわざ先生に住所を聞いて、尋ねて来たってわけさ。ちょっとお話しをしてたんだけど、白塚さん妖マニアなんだってねえ」

「本物を見たことがない、ただの妖好きですけどね」


 さっき楽しそうに話していたのは、ひょっとして妖談義で盛り上がっていたのかな? 

 だとしてもおばあちゃん、自分が雪女だってことを隠しながら、気軽に妖の話をしてたってこと? 何と言うか、肝が座っている。


「さあ、アタシはちょっと、お茶でも淹れてくるから。千冬ちゃん、白塚さんの相手をお願いね」

「わ、私が!?」

「そりゃあ、元々は千冬ちゃんのお見舞いに来てくれたんだしね。それじゃあ、頼んだよ」


 おばあちゃんは半ば強引に私をテーブルに着かせると、本当にさっさと出て行ってしまった。

 部屋の中にいるのは、私と白塚先輩の二人だけ。


「あ、あの。岡留くんは、あれから大丈夫だったのでしょうか? 手の怪我は……」


 自分で怪我させたくせによく言うって、自分でも思うけど。白塚先輩は静かにそれに答える。


「医者が言うには、軽い凍傷だそうだ。二、三日したら完治するんじゃないかなあ。岡留くんだけでなく、君の同級生の杉本さんも、似たようなものだって聞いてる」

「そう、ですか……」


 大したことがなくてよかったなんて思えない。傷つけてしまったことに、かわりはないのだから。


「ところで、その……。君にひとつ聞きたいことがあるんだけど、良いかな?」


 ――来た!


 白塚先輩、普段はハキハキと喋るのに。珍しく歯切れが悪く、口をモゴモゴさせている。


「変なことを考えてるって思うんだけど。あまりに荒唐無稽で、何を言ってるんだって思ってしまうかもしれないし、私自身まだ半信半疑なんだけど。千冬ちゃん、君はその……ネットで書かれていたように、本物の雪女なのかい?」


 ――言った!

 自信なさげな感じだったけど、先輩はじっと私を見つめながら、返事を待っている。


 どうする、どうする、どうする!?

 本当の事を話せば良いのか、それとも嘘をついて誤魔化すべきなのか。正解が分からない。

 だけど、分からないまま選んだ答えは。


「……そんなわけ、ないじゃないですか」

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