勝敗の行方 はじめ。
同じような家々が建ち並び、延々と続くような錯覚を起こさせる細い通りを、若干足早に通り抜ける。
目印を見落としてしまわぬよう注意深く軒先を確認しながら進み、とある一軒家の前で私は足を止めた。
一見周囲となにも変わらない普通の小さな家。けれどその軒先に飾られた小さな花束は他の家に見受けられる赤や黄色といった華やかな色合いとは違い、白と黒で統一されている。
その一風変わった花飾りがここが友人の店であり、すでに開店していることを示していた。
「あら、アタリー?どうしたの?一人なんてめずらしいわね」
扉を開けるとカランコロンと軽やかな音が鳴った。甘いような爽やかなような不思議と心落ち着く香りに出迎えられ、香り溢れる店内の奥からその音を聞いた店長――リリーが、ひょっこりと不思議そうに顔を出す。
彼女はいつもと変わらず大胆にも足を出し、真っ白な髪とは正反対の真っ黒な服に全身を包んでいる。それと同じ色合い――店先に飾られていた花束は、彼女自身を表していた。
目を丸くし歩み寄るリリーに、素性を隠すために纏っていた外套を脱ぎ服の皺を伸ばしながら片手を挙げる。
「おはようリリー。うん、ちょっと相談があって」
「相談?そういうのはシャンタルにするのがいいと思うんだけど……っていうか、いつもはそうしてるじゃない。今日はまたなんで私に?」
怪訝そうに目を細めたリリーはしかし、私の顔を見て何かを思い出したのか「あ、そういえば!」と手を叩く。
「ちょっとちょっと、アタリーあんた、あの手紙はなに?婚約ってどういうことよ。しかも相手があのシャルル様って!詳しく知りたいのに延々と愚痴が書いてあるばっかりで全然要領を得ないんだけど!」
怒ったように眉を吊り上げたリリーにつかつかと詰め寄られ、壁際まで追い込まれた。息がかかるほど近くに友人の顔があり、その勢いに圧倒される。
私としてはなぜ退路を塞がれてるのかさっぱりで、火に油を注ぐことを理解しつつ、恐る恐る訊いてしまう。
「えっと……なんか怒ってる?」
「当たり前!私が短気なの知ってるでしょ?肝心な部分の説明が抜けてたらそりゃ焦れるわよ!」
――ああ、美人は怒らせるとやっぱり怖い。
勢い任せで愚痴手紙を送ってしまったことを後悔しても後の祭り。……というか、わざとではないにせよ焦らすような真似をしてしまったのは私なので、怒れるリリーに問い質される形で一から十まで素直に事情を吐き出すと、やがて彼女は大爆笑し、手近にあった机をバンバン叩き出した。
「やだ、そんな面白いことになってたの!?もー、もっと早くに言いなさいよー」
「これでもまだ三日前の話なんだけどね」
三日経ってようやく私も怒りが収まってきたところなのだ。だからこそこうして冷静に話が出来ている。
一頻り笑い落ち着いたのか、面白がられて不満顔の私を無視しリリーはうーん、と悩むように腕を組む。
「そういうことなら尚更私じゃなくてシャンタルが適材だと思うんだけど?あんたがこういう相談をしてくるってことはまず自分で悩んだ上でいい解決策が出なかったからなんだろうし」
出なかったんでしょ?と話を振られ、無言で頷く。さすが親友。よくわかってる。
というよりまず、悩んでも答えの出ない問題で頼るべきは他でもないシャンタルだということは私もちゃんと、それはもうよく分かっている。こういう時一番頼りになるのは私でもリリーでもなく、彼女なのだから。
……いや、別に私やリリーが役立たずなわけではないから。これはそう、適材適所というやつ。
なので私も初めはシャンタルを頼ったのだが――
「そのシャンタルが、今回はリリーが適任だろうって」
シャンタルとは昨夜出席した夜会で偶然鉢合わせ、リリーにしたのと同じように(いや、まだ怒りが冷めてなかったので半分以上が愚痴だったが)一から事情を話し、何かいい案はないかと相談したのだ。
そうしたら、
『今回は自分じゃなくて、リリーに相談したほうがいいんじゃないかね』
と言われ、今に至る。
「ええ?……うーん、一枚噛ませてもらえるならそりゃ私としては嬉しいけど……でも、私にできることっていったら……」
リリーは困惑気味に声を出し、悩むように天を仰ぐ。そしてそのままちらり、と視線を巡らせ、私もそれを追うように店内を見回した。
細長い一枚板の机が入り口側と奥を仕切るよう若干ななめに置かれ、端には人一人が通れる隙間が作られ奥とこちらが簡単に行き来できるようになっている。柔らかな色合いの壁にはいくつもの棚が備え付けられ、花や薬草、枝のようなものやガラスの欠片のようなもの、砂や砂糖のようなものまでが大小の瓶に詰められ保管されていた。他にも様々なものが天井や壁にぶら下げられ、店内は物で溢れているというのに何故か雑然とした感じはしない。
奥にはさらに物に溢れたリリーの私的空間が、開け放たれた扉の向こうから覗いていた。
そんな小さな店内で一際目を引くのが、あちらとこちらを仕切っている机の上……そこに置かれたいくつもの紙の束。見ているだけで目が痛くなる細かな文字がびっしりと隙間なく書き込まれ、中央には大きく陣のようなものが描かれている。
リリーはそれらを指差し、
「これ関係くらいよ?」
と、首を傾げた。
――リリー・スワルモは魔術師である。
魔法使いに比べ年々減少傾向にある魔術師。そのうちの一人であるリリーはそんな貴重な能力を駆使し、貴族令嬢にも関わらずこの店の経営をたった一人で切り盛りしていた。
大繁盛、とまではいかないようだがそこそこ稼いでいるらしい。身分問わず顧客がついているようで、社交界でも偶に話題にのぼる。
そのリリーを頼れと言われたのだ。それはつまり。
「魔術師としてのリリーを頼れって意味じゃないかと思って」
「つまり、今日のアタリーは客として来たってこと?あー、なるほど、だから一人で来たってわけ」
「そうそう」
毎回ではないものの、シャンタルにリリー、そして私の三人が集まる時利用するのは大抵この店。
互いの家では他人の目もあり令嬢らしく振る舞わねばならず、本来なら楽しく過ごせる友人同士の茶会だというのに肩が凝る。毎度毎度人払いするのも容易ではないしね。
見張られながらの茶会なんて言語道断!といつだったかキレたリリーが、そんなところで茶会をせずに済むなら、と快くこの店を三人が集まる場として提供してくれている。
そんなこんなでいくら素の部分を曝け出そうと咎める者のいないこの店が重宝されるのは自然な成り行きと言えるだろう。
一人でここを訪れたのも、魔術師リリーを頼るのも初めてな私が肯定するのを、リリーは違和感を抱いたかのように口を曲げ、目を細めつつ見やる。
なんか変な感じ、と呟きつつ奥へ引っ込むリリーを待つことしばし。
――ガタガタッ。
バンバンゴソゴソガタタッ、
ガシャガシャシャ、ゴドッ、
「あ」
バシャアッ!
「…………」
何かをひっくり返したような音や引き出しを片っ端から開けていく音、どこかを漁る音になぜか何かをぶちまける音が止んだかと思うと、リリーが紙やペン、インクに何かの瓶をいくつか腕に抱えて戻ってきた。
「ごめんねー、待たせちゃった?どこにどれを置いたか忘れちゃってて」
「…………いや、それはいいけど……ねえリリー、さっきの音――」
言ってこちらとあちらを繋ぐそこが閉められていないことに気付く。開けっぱなしの扉から向こうを覗こうとして――勢いよくリリーがその扉を閉めた。
「――――」
「じゃ、どんな魔術をお求めで?」
一瞬だけ見えたその部屋の惨状は、さっきの騒音に違わない散らかりようで。
けれど、それら全てがなかったかのように不自然なほどいい笑みを浮かべるリリーに、私はこっくりと頷くしかなかった。
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