外野が一番理解してる

 アタリーは親族たちのダメっぷりを見て男がどうにも好きになれず、できれば結婚したくないほど。けれど彼女の『公爵令嬢』という立場がそれを許してはくれず、粘りに粘り、唸りに唸った末、アタリーはやっと自分で相手を見つける決意を決めたのだ。

 ところが、そんなアタリーに、シャルル・アデル公爵令息との縁談が舞い込む。


 優れた美貌と経歴と同じく、来るもの拒まず去るもの追わずな噂が目立つシャルル令息。

 社交界でもこれまで徹底的に避け、奇跡的にも一度も顔を合わせたことのない彼との間に話が持ち上がったのはなんの因果か。いや、果たしてなんの運命か。


 親同士の軽い話から持ち上がった、政治などのしがらみが関わらない軽い縁談。反発したアタリーは彼との縁談を破談にするべく、見合い当日、令嬢らしからぬ行動力で屋敷から逃亡。


 その先で優しげなお兄さんと出会い、彼女はまずシャルル令息と向き合うことを決意――要は真正面から挑むことにしたのだ。

 しかしそんな決意は空振り、彼女を待っていたのは自分に勇気を与えてくれた『優しいお兄さん』。数日前の邂逅から彼ならば自分の願いを聞き届けてくれるかと思いきや、返ってきたのは否定の言葉。


 シャルル令息がその日までに新たな女性陣との約束を取り付けていたこともあり、アタリーは彼が乗り気ではない、と半ば確信していたのだ。その確信が覆された時、彼女はいったいどれほどの驚愕に襲われたことだろう。


 そこからは売り言葉に買い言葉。あれよあれよという間に二人は婚約を賭けた勝負をする羽目になる。


 アタリーから送られてきた手紙の途中まで目を通し、ふっ、と笑いが漏れた。


「まったく、あの子は本当に男が絡むと馬鹿になるねえ。いや、ポンコツかな?」


 一応才女なんて呼ばれてるはずなんだけどねぇ。


 手紙の内容を自分なりに解釈をしたところで「さて」と呟き、行儀悪くも寝台に背中から倒れ込む。


 ――さて、ここにシャルル令息側の事情を組み込んでみよう。


 シャルル令息がこの縁談を受け入れがたく感じたのは――というより、そもそも結婚そのものに乗り気でなかったのは、彼の価値観が淡白であり、相手を愛する自信がなかったから。

 彼を慕う女性たちと、妻になる女性。

 彼は両者に向ける感情の違いが区別できない。ゆえに、それによって生じるであろう結婚後のあれこれを面倒がったのだ。

 客観的な意見を言わせてもらうならば、その点アタリーはいい相手といえる。彼そのものにそういった興味を抱いてはいないのだから、無関心さや淡白さがバレても懸念事項が起きる気がしない。

 とはいえ、彼からすれば会ったこともないのに自分を毛嫌いするような相手を信用するのも無理な話。


 諸々の事情を含め、彼は自分が泥を被りながらもあの縁談を破談にしようとしたはずだ。その手段が手っ取り早い逃亡で、向かった先がその『アタリー』本人と同じ場所とは、まさかのまさか、だっただろう。


 その結果、彼に与えられていた情報に不備が確認された。


『お互いを知る期間を設けるからその間に気に入れば結婚、気に入らなければ破談にしてよい』


 加えて公にしないときた。


 貴族の言う『縁談』とはそもそも本人同士の意思に関わらず結婚がほぼ決まった状態での顔見せを指しており、言ってしまえば聞こえをよくした飾りでしかない。当然のことながら彼は今回の話をそういった意味合いとして捉えていたのだろうが、従来とは違いこんな好条件があるならばシャルル令息に縁談を破談にする理由はないだろう。

 最終的に断ることが決まっていようと、それまでの間は比較的自由に動くことができるからだ。


 だからこそシャルル令息は最後まで譲らず(まあ少々アタリーをからかった感は否めないが)事態は面白いことになったのだが。


 仮にアタリーが「情報の不備」を教えられていたなら彼と同じ意見になったことだろうし、ここまで話はこじれてない。


 シャルル令息としては見合いの日までに新たに約束を取り付けることでこの縁談を一旦は受けるものの本気ではありません、と示したつもりが、情報が足りないアタリーからするとただただシャルル令息が乗り気ではない、と見えてしまったわけである。


「結局情報の齟齬が一番怖いってことだ」


 よほど気が立っていたのだろう、文字や内容が雑だ。大方アデル公爵邸から帰り、勢いのままに書き殴った、といったところか。


 アタリーからの手紙を読むに、シャルル令息へとやった情報は役立ったらしい。なんで公にしてないのに知ってるのよ!と、叫び声が今にも聞こえてきそうだ。

 彼はあれで意外と律儀だから、今頃借りを作ってしまった、とでも思っていることだろう。

 もっとも、『勝手に押し付けてきておいて借りもなにもないだろう』などと考える男だったなら情報を与えるどころか話し合いにも応じなかった。自分が出回っていない情報を与えたのは、それだけ友人を任せられる、と判断したからだ。


 アタリーは嫌がるだろうが、自分から見るとあの二人はお似合いで、いい夫婦になれると思うんだけどねえ。

 もちろん見てて飽きないという意味で。


 ……それにしても。


「――――アタリーもかわいそうに。面白がって敢えて軌道修正せず、そのうえさらに場をややこしくするのが周りに二人もいるのだから。いやはや、振り回されるのも苦労するねえ」


 完全に他人事な台詞だが、もちろん場をややこしくする二人とは自分とシャルル令息のこと。

 彼女もまさか友人がこの件の一端を担っていたなどとは想像もしていないだろう。


 溢れ出る笑いを噛み殺し、延々と続く殴り書きの愚痴を流し読みしていると、ふと目についた一文があった。


『あの余裕ぶった、絶対自分が負けるはずがないって態度が崩れた時、どんな顔するのか今から楽しみだわ』


「…………くくっ」


 次期女公爵の立場を失くし、養子が迎えられたために本当の意味で結婚するしかなくなった彼女はこの先、どんなことをしでかしてくれるのだろうか。

 そして自分はこの先、何度こうして笑わされることになるのか。


 彼らの行方を思うと、今からどうしようもなく胸が弾み、期待してしまう。


 ――でもねえ。


 まるで悪女のようなことを言い勝てると思い込んでるアタリーは、まさか自分が彼の掌の上で踊らされているとは思いもよらないのだろうねえ。


「だって男が絡むとポンコツになるのがアタリーだから」


 それに気がつかないうちは負けも同然――いや、負ける未来しか待っていないというのに。


 まあいい。それを教えてやるのはつまらないが、悩んで自分を必要としているならば手を貸すくらいはできる。友達だからね。


 …………え?負けた時はどうするかって?


 そりゃあ、自分で気付かなかった彼女の自業自得ということで。


 ま、励ますくらいはしてやるさ。





 なんせ自分は彼女の友達なのだから、ね。



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