第14話 ちょっと言いづらいこと
「うーん……」
部活を終えて寮に戻ってからというもの、友璃奈先輩が私を凝視しながら悩まし気に顔をしかめている。
「友璃奈先輩、どうしたんですか?」
「蕾って見た目は完全に小学生よね」
気になって訊ねてみた結果、真実という名の刃が私の心に突き刺さった。
「うぐっ……そ、そうですね、まだまだこれから成長する予定ですけど、現状で言うなら友璃奈先輩の言う通りです」
「あっ、ご、ごめんなさい、バカにしてるわけじゃないの。無神経な言い方をして本当に悪かったわ。ただ、その……」
どうやら、なにかわけがあるらしい。
言いづらい内容のようなので、無理に聞き出さず、ひとまず黙って言葉の続きを待つ。
何度かの呼吸を挟み、友璃奈先輩は改めて口を開いた。
「つ、蕾は、性欲ってある?」
「へ?」
予想の斜め上を行く発言に、私は驚きのあまり目を丸くする。
「いまの話は忘れなさい。あたしは食堂の冷凍庫まで頭を冷やしに行ってくるわ」
「ちょっ、ちょっと待ってください!」
「うるさい。いきなり意味不明なことを口走って恋人をドン引きさせたんだから、氷漬けになるべきなのよ」
「いろんな意味で落ち着いてください! 別にドン引きしてないですし、友璃奈先輩が氷漬けになるのを見過ごすわけにはいきません!」
と、ここで私は非力ながらも運動部所属の意地を見せて友璃奈先輩を引き留め、半ば無理やりベッドに座らせた。
「さっきの話ですけど、性欲なら私にだってありますよ。こう見えても、そういうお年頃ですから」
「そ、そうなの?」
「本人を前にして言うのは少し恥ずかしいですけど……友璃奈先輩に対してエッチな気持ちになったこと、一度や二度じゃありません」
素直に打ち明けてみたものの、さすがに羞恥で顔が熱い。
本当のこととはいえ、言わない方がよかったかもしれない。
「それ、本当っ?」
友璃奈先輩が、パァッと眩いほどの笑顔を浮かべる。
やっぱり、言ってよかった。
「本当です。友璃奈先輩はどうなんですか?」
素朴な疑問をぶつけると、友璃奈先輩の表情が再び曇る。
どうやら、性欲が悩みに関係していると見て間違いなさそうだ。
「強いかどうかは分からないけど、人並み程度にはあると思うわ。率直に言ってしまうと、蕾と一緒にいてムラムラすることだってあるし」
「本当ですかっ!?」
あまりの嬉しさに、ついいつも以上に大きな声を出してしまった。
いまの私はきっと、さっきの友璃奈先輩と同様の笑顔を浮かべているのだろう。
「ええ、だからこそ悩んでるのよ。どこからどう見ても小学生にしか見えない蕾に劣情を催すなんて、道徳や倫理に反するんじゃないかって。誤解のないように言っておくけど、そういう気持ちになるのは蕾に対してだけよ。ただ、やっぱりどうしても胸に引っかかってしまうのよね。私服で道端を歩いていたら間違いなく女児扱いされるであろう蕾に――」
「ストップ! 友璃奈先輩、いったん止まってください! 私の心に見えない刃物がグサグサ刺さってます!」
私が慌てて制止の声をかけると、友璃奈先輩はハッとなにかに気付き、慌てた様子で何度も謝ってくれた。
土下座しようとする友璃奈先輩をどうにか食い止め、落ち着いてから会話を再開する。
「友璃奈先輩の言わんとすることはよく分かりました。どれだけ真面目で誠実な人なのかも、改めて痛感しました。でも、そんな悩みはもう捨ててくださいっ」
「でも……」
「でもじゃないです。私はれっきとした高校生ですし、なにより友璃奈先輩の恋人ですっ。子供みたいな体型なのは事実ですけど、それを理由に遠慮されるのは、悲しいし、つらいです。だから、見た目のことなんて気にしないでください!」
「蕾……ありがとう、なんだかいろいろ吹っ切れた気がするわ」
「よかったです。私、友璃奈先輩とキスとかエッチできる日が来るの、すっごく楽しみにしてますからねっ。初めてだから、多分下手くそだと思いますけど」
「初めてで下手くそなのは、あたしも同じよ。先輩だからってリードしてあげられないけど、許してね」
「はいっ、一緒に上達していきましょう!」
「ふふっ、そうね」
私たちは共に笑顔を浮かべ、大会での優勝を目指して努力することを誓ったのように力強い握手を交わした。
奇しくも握手によって恋人の肌に触れたことがきっかけとなり、自分たちが何気に尋常じゃなく過激な会話をしていたことに気付いてしまう。
「あっ……」
「うっ……」
未だかつてないほどの羞恥心に襲われ、私たちは二人仲よく顔を真っ赤にして硬直するのだった。
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