第3話 優しい先輩
入学して間もなく、私は小・中学生の頃と同じくバスケ部に入った。
いままで以上に身長がネックになると思うけど、自分の武器を活かしてアピールを重ね、できれば今年中にレギュラー入りを果たしたい。
いや、絶対にレギュラー入りしてみせる!
***
部活の練習を終えて体育館の片付けを済ませた私は、体操服姿のまま寮に戻った。
部屋の扉を開けると友璃奈先輩がイスに腰かけてカメラをいじっていたので、興味を惹かれて小走りで近付く。
「素敵なカメラですね! いまからなにか撮るんですか? 私とツーショット撮りましょうよ!」
「手入れしてるだけだから」
友璃奈先輩は煩わしそうに言い放ち、自分のベッドへ移動した。
引き寄せられるように、私も後を追う。
「ついて来ないで」
「ごめんなさい、お手入れの邪魔を――って、それ以前に汗臭いですよね! 本っ当にごめんなさい! いますぐシャワー浴びて来ます!」
自分が練習後で汗だくであることに思い至り、慌てて飛び退く。
汗っかきな体質だから、体操服はバケツの水を被ったような状態になっている。
そんな状態で近付いたら、避けられて当然だ。
共同生活だというのに、配慮が足りなかった。
「ち、違う、そういう意味じゃ――」
なにかを訂正しようとした友璃奈先輩が、動揺して手からカメラを落としてしまう。
私は右足で踏ん張りつつ左足を前に出し、手を伸ばしてカメラをキャッチする。
友璃奈先輩に手渡すと、少し驚いた様子で「ありがとう」と言ってくれた。
「いまの、よく反応できたわね」
「はいっ、反射神経と瞬発力なら誰にも負けませんから!」
「へぇ、そうなんだ」
「あとスタミナとか敏捷性にも自信あります!」
「盛り上がってるところ悪いけど、別にそこまであんたに興味ない」
「そ、そうですよね、調子に乗りすぎました。でも、仲よくなって私のことが気になったら、なんでも聞いてくださいね! 恥ずかしいこと以外ならどんな質問にも答えますよ!」
おねしょを卒業したのが小学六年生の冬であることは、できれば知られたくない。
「あんたと仲よくなるなんて有り得ないわね。あと、その……さっきの、誤解だから」
「さっきの? あっ、私と仲よくなるなんて有り得ないって言ったことですか? 大丈夫ですよ、ちょっとした冗談だって分かってます!」
「いや、それは紛れもなく心からの本音だけど」
「えっ」
「あんたのこと、別に汗臭いだなんて思ってないわ。邪魔だし騒がしいし煩わしいのは確かだけど、汗臭いから避けたわけじゃない」
なるほど、そういうことか。
汗臭い以上に辛辣なことを言われた気がするけど、ひとまず年頃の乙女としてホッと一安心。
とはいえ汗まみれなのは事実なので、数歩ほど距離を取っておこう。
「――というか、そんなに汗をかいてるのに、石鹸の匂いとか果物みたいな甘い香りが……」
消え入りそうなほどの小さな声だったから上手く聞き取れなかったけど、『果物』という単語だけは聞き逃さなかった。
「友璃奈先輩もフルーツ好きなんですか!? 私も大好きで、よくスムージーを作るんです! 今度いいフルーツが手に入ったらごちそうしますね!」
興奮のあまり自ら空けた距離を一瞬で詰め、鼻が触れ合いそうなほどに接近する。
「ち、近い近いっ。いいから、早くシャワーを浴びて来なさいよっ」
「はいっ、いますぐ行きます! あとで好きなフルーツ教えてくださいね!」
私は急いで準備を整え、一階にある大浴場に向かおうと部屋の扉に手をかける。
まだお湯は張られていないと思うから、シャワーだけ浴びて数十分後には戻ることになるだろう。
入浴は友璃奈先輩と一緒がいいな、なんてことを考えつつ、ふと足を止める。
さっきの件、訂正しなくても友璃奈先輩には害がないにもかかわらず、誤解であることを指摘してくれた。
嫌がられるかもしれないけど、きちんと言っておこう。
「友璃奈先輩って、すごく優しいですよね! 私、友璃奈先輩のこと大好きですよ!」
「はぁっ!? な、ななな、なにを言って……っ」
「それじゃ、行ってきますっ」
ご飯の前には戻らないといけないので、失礼ながら言いたいことだけ言わせてもらってすぐに部屋を出る。
それにしても、あんなに驚かれるとは思わなかった。
友璃奈先輩、自分が優しいってことに気付いてなかったのかな?
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