第4話 1か月前へ時間逆行。

古い本の匂いに囲まれて、私は学園の図書室に立っていた。

見慣れた景色に猫背の男が一人。

振り向いた顔は驚きに目を見開いている。


「……レン?」


彼に名を呼ばれ、私は呆然と立ち尽くすことしかできなかった。

「あ、首…」

私は咄嗟に自身の首に手をあてて、その皮膚が繋がっていることを確認する。

確かにある感触に胸を撫で下ろすとともに、自身の足元に視線をやった。


紅色のピンヒール。


あの日、クリスマスパーティーから連行され、数時間後には断頭台に立たされた。あまりにも急な処刑となり、私はパーティーに出席していたドレスのまま、碌に着替える間もなく刑が執行されたのだった。


「レン?どうしたの?」


「首!繋がっています!!」


私は驚きのあまり叫ぶ。


「首?どういうこと?」


アルフィは意味が分からないと言わんばかりに怪訝な顔をしていた。

「これが喜ばずしてなんと言えばいいのですか!悪い夢でも見ていたのですかね?ふふっ、良かった…良かった…!」

私は崩れるように床に座り込み、拳で強く自身の太ももを叩いた。


「…さ、さっきから意味がわからないけど、あのさ…僕の上着、これ着てて…」

「上着?どうしたのですか?藪から棒に」

私が手渡された上着を返そうとすると、強引に肩にかけられてしまった。いつもオドオドとして、強く意見を言わない彼らしくない。

「いいから…!あとは、えっと、実験用の白衣を部室にしまっていたような…とにかく、ちょっと待ってて!」

アルフィはそう言い置いて、足早に立ち去ってしまった。

私は床にへたりこんだまま、彼の上着に袖を通す。アルフィが長身である上に、私が低身長なことが災いしてダボダボだ。

人気のない図書室の奥、埃っぽい空気を肺いっぱいに吸い込む。

地下牢の底冷えしたカビ臭い空気とは違う、いつもの、本の匂い。


「…あたたかい」


私は掛けられた上着を強く握り締める。手の平に爪が食い込み、じんわりと痛みが広がる。いつの間にか片方のピンヒールは脱げていて、足の裏から冷たい床の温度が伝わってくる。

生きている、今ここにいる。


「あえ!?どうしたの!?」


私が黙りこくっていると、慌てた様子で駆け戻ってきたアルフィに顔を覗き込まれた。

「いえ、…ただ、この上着汗臭いですよ」

私は泣くまいと目を細め、気丈に笑顔を張り付けて、アルフィに憎まれ口を叩く。

「ごめんね!?あ!こっち…実験着は昨日洗ったから大丈夫だと思う…!」

「ふふっ、冗談です。私、一旦寮に戻りますね。」

私はその場から立ち上がり、羽織っていた上着をアルフィに返して、受け取った実験着に腕を通した。

「大丈夫…?」

アルフィが不安げにこちらを見上げる。

「ええ、実験着はお借りします。あとこの革靴もお借りして宜しいですか?」

私はアルフィが実験着とともに持ってきていた革靴を指さす。

「うん…いいけど、君どうしたの?その…ドレスなんて嫌いでしょう?しかも、そんなボロボロにして…ヒールだって、いつも履かないのに。」

「……。」

私は一瞬、驚きに目を見開いた。

彼から貰ったピンヒール。

それを、まるで知らないものを見るような聞きぶりだ。

「このピンヒールは”とある人”から、足を痛めないようにと頂いたんですよ」

私がカマをかけるつもりでそう答えた瞬間、アルフィの目が鋭く細められた。

「へえ…?」

冷めた声で短い返事が返ってくる。

「片方、失くしてしてしまいましたけどね。絶対に脱ぐなと、彼に言われていたのですが…」

私は昨日のアルフィの声を思い出し、申し訳なさとともに切なさが胸を締め付けた。


「それ、捨てた方がいいよ」


「はい?」


「そんなの、ただの執着でしょ?君さ、賢いくせしてそういう分野本当にダメだよね。彼?誰それ、男?靴底に書かれている魔法陣に気付いてる?それもかなり複雑な…もう呪いに近いくらいだ。僕にだってそれと同じ物を作れるかわからない。」

憎々しげな声で早口にまくし立てるアルフィの様子に顔を上げれば、目の前に立つ彼は横目でピンヒールを睨みつけていた。

「この靴をくれた相手…知らないのですか?」

アルフィから貰った靴。それを彼が知らない…?

「知らないよ。そのレベルの魔法陣を靴に施すなら学生には無理だろうね、ってことは魔道具師に頼むことになるけど、だとしても相当に値が張る………ルーカスと上手くいってるの?」

アルフィの声が急に萎み、いつもの自信なさげなボソボソとした喋り方に戻る。

私は否定も肯定もせず、状況把握のため周囲を見渡す。

窓から見える景色は、紅葉した木々が並び、空は高く鱗雲が漂っている。

寒さが残る室内の空気と暖かな昼下がりの陽の光。


ーー私は、雪が降る積もる冬に処刑された。


「今日、何日ですか」


ーーこれは、つまり。


「11月24日だけど、どうしたの?バグった?」


「いいえ、私は至って正常ですよ」


ーータイムリープだった。それも、中途半端な1か月前に。

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