第3話 あっさり処刑されて。

冷たい石畳の上で壁に背を預け、奪われる体温に体を震わせていた。

かび臭い地下牢は私以外に収容はされておらず、檻の周辺に人はいない。ここまで連れて来られる際、地下牢へと続く入口に騎士が一人いただけだ。

私はクリスマスパーティーで着用していたドレスから着替える間もなく、数時間に渡ってこの場所に閉じ込められていた。


「寒い…公爵令嬢にこの扱いは、どういうことでしょう。父が知ればただ事では済まされませんよ…」


通常は公爵令嬢という立場の者を地下牢には入れない。ましてや裁判も開かれておらず、刑も確定していない状態であるなら、城や屋敷での幽閉がいいところだと高をくくっていただけに予想外だった。


「まさか冤罪にも関わらず、ほぼ容疑を固めてきているということでしょうか…?」


嫌な予感に冷汗が流れた。

その時、入口の方向から扉が開く音がし、数名が下りてくる足音が近づいてきた。


「レンフレッド・バルバストル、こちらへ。裁判を執り行います。」


第一騎士団の制服を来た数名が地下牢の扉を開け、地面に座り込む私を鼻で笑い指図する。

公爵令嬢への対応とは思えない不躾な態度を注意する体力もなかった。今はただ凍える体を動かすことがやっとの状態であり、私は抵抗することなく、彼らに付いて地下牢を出た。

入り組んだ通路を幾度も曲がり、脚の痛みに転びそうになるが、誰一人として助ける者はなかった。

真っ赤な絨毯の道へと切り替わり、石壁に覆われた廊下を進む。

廊下の左右に等間隔に並ぶランプの光がゆらゆらと揺れ動き、思考を鈍らせてくる。

不意に前を行く騎士が立ち止まり、私は倒れ込みそうになりながらもバランスを保つ。


「被告人レンフレッド・バルバストルをお連れしました」


騎士が重い扉を開くと、眩しい照明の光に目を細めた。

騎士に指示されたとおり中へと進み出ると、そこは裁判官と傍聴席にぐるりと囲まれた法廷であることがわかった。


「被告人は証言台の前に立ちなさい」


私はせめて堂々と背筋を伸ばした。

起訴状の内容を読み上げられ、その内容は妹であるフレアの誘拐及び殺人未遂に関してのものだった。提示される各証人の証言内容や証拠はいずれも出鱈目でたらめであり、身に覚えのないものばかり、いよいよ怒りが頭を占めてくる。


「あなたには黙秘権という権利がありますので、言いたくないことは言わなくても問題ありません。先ほど読み上げた起訴状の内容に間違っているところはありますか」


私は深く息を吸い込み、冷静さを保つべくゆっくりと吐き出す。

裁判官を真っ直ぐに見返して、口を開いた。


「私はフレアを誘拐しておりません、ましてや殺人未遂など。血の繋がった妹を殺そうとする姉がおりましょうか。私ではありません。」


法廷全体に沈黙が下りる。

しばしの静寂ののち、傍聴席からか細い声があった。


「お姉様?どうして、私は…信じていたのに」


肩を震わせて瞳を潤ませる妹とその隣に立つ元婚約者が傍聴席からこちらを見下ろしていた。

心配そうに妹に寄り添う義母が妹の背を擦っている。


「罪を誰に押し付けるおつもりか?」


どこからともなく、私を非難する言葉が降ってくる。

次々にどよめきが走り、誹謗中傷が私を刺していった。


「違う、私ではありません!」


私は耐えきれず、傍聴席に向かって叫ぶ。

しかし、私の反論は逆効果となり、法廷全体を包む空気は批判的なものばかりだった。


「静かに」


裁判官が木槌を鳴らして合図した。


「被告人レンフレッド・バルバストルに死刑を申し渡す」


意味が、わからない。


「どうして…私ではありません、私はやっていません!」


有り得ない、証拠もなにもこんなもの裁判ですらない。


「速やかに刑を執行せよ」


冤罪により死刑となるなど、そのような道理が通るものか。


「お待ちを…!どうか審議のやり直しを…っ!」


私の言葉は誰の耳にも入らず、数名の騎士に押さえつけられて法廷外へと連れ出された。

混乱した思考の中で、必死に考える。この裁判は明らかにおかしい、こんなにも判決を急ぐ意味がわからない。そもそも父はどこにいる、なぜ公爵である父が不在の状態で裁判が進むのか、状況が全くつかめなかった。

引きずられるように騎士に連行されながら、これからどうすべきか考える。

いっそ、今この瞬間に脱走し、父を探して事情を説明すべきとすら思えた。

来た道と同じ赤色の絨毯を踏みしめ、背筋を伸ばす体力もなく、うなだれたまま歩いていく。騎士の一人が立ち止まり、私はつられて視線を上げた。

赤色の絨毯の先、そこは先ほどまで入れられていた地下牢ではなかった。


「え…?」


そこは――断頭台の置かれた処刑場だった。


騎士は私の身柄を死刑執行人に引き渡す。

立ち尽くす私の腕を掴み、死刑執行人に無理やり断頭台まで連行される。

周囲を取り囲む群衆、逃げ場のないこの場所で、力の入らない体はひどく重い。


「最後に言い残すことはあるか?」


執行人が発する言葉は遠く、意味が頭に入ってこなかった。

クリスマスパーティー後に連行されてから、着替えることもできずに薄汚れた黒色のドレスはあちこちに土が付き、とことどころほつれてボロ切れのようになっている。赤色のピンヒールもで黒く擦れてしまっていた。


「アルフィ…」


断頭台に頭を押し付けられ、力の入らない体を取り押さえられた状態で思い出す相手は、婚約者だったルーカスのことでも、まして妹のフレアのことでもなかった。

いつも困った顔をして笑う大切な友人、アルフィの水面のような水色の瞳が私を映す瞬間が鮮明に浮かぶ。


「死してなお、消えぬ思いの行く先は“魔法”となりて残りし者とともにあらん…」


吐息に近い言霊はすぐに重苦しい金属の落下音にかき消された。




ガシャンーーー。




深夜12時の鐘と共に




ーー私は断頭台で処刑された。

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