第137話

 暖かい光に包まれているようだった。

 どこまでも安心させてくれる暖かい光は、まるでお姉ちゃんのようで。ううん。多分、この光は、お姉ちゃんなんだ。


 お姉ちゃんが、私を送り出してくれてるんだ。

 いつか、また会える日まで、私が寂しくならないように。

 そう思ったら、不思議と寂しい気持ちが薄れていくような気がした。そして、その分だけ、私は強くなれたような気がする。


 うん。大丈夫。私は、大丈夫。


 お姉ちゃん。私、待ってるからね。


 ◇◇◇◇◇◇


「アリス、アリス!」

「っ! ……え?」


 気が付いたら、リリルハさんが目の前で私を呼んでいた。

 いつの間にか、寝ちゃってたみたい。というよりも、気を失っていたのかな。


「よかった。アリス様、お怪我はありませんか?」

「あ、うん、大丈夫だよ」


 リリルハさんの隣にはレミィさんがいて、その少し後ろには竜狩りさんがいる。竜狩りさんは、チラッとだけ私の方を見て、離れていってしまった。だけど、私を見て、少しだけホッとしているように見えたのは、私の勘違いかな。


「クウウン」

「ドラゴンさんも。私は大丈夫だよ」


 今度はドラゴンさんが来てくれた。ドラゴンさんは、心配したんだぞ、と言っているような気がしたから、大丈夫だよって言って、頭を撫でてあげた。

 そうしたら、ドラゴンさんも安心したように目を細めている。


「大丈夫みたいねぇ。よかったわぁ」


 そして、少し遅れてやってきたのは、エリーさんだった。


「って! エリーさん、大丈夫なの!」


 エリーさんは、お姉ちゃんの攻撃をモロに受けて大怪我をしていた。私の魔法で何とか治療したのはしたけど、目を覚ましてなかったし、治療したと言っても、大怪我であることは間違いない。

 今は何ともなさそうだけど、そう簡単に安心できるような怪我じゃなかった。


 だけど、エリーさんは、何のこともないような表情を浮かべている。


「えぇ、大丈夫よぉ。アリスちゃんのお陰ね」

「まったく。お姉さまは、無茶をしすぎですわ。こっちは、どれだけ肝を冷やしたことか」

「あらぁ? 心配してくれたのぉ?」

「あ、当たり前ですわ。別に、誰だって、あんなのを見たら、心配するに決まってますわ」


 リリルハさんとエリーさんが言い争っている。けど、別に仲が悪そうという訳ではなく、リリルハさんの照れ隠しって感じかな。

 そんな光景を見ると、すごく微笑ましくて、ついさっきまでの戦いが嘘みたい。


 でも、そんなことを考えていると、レミィさんが真剣な表情に変わる。


「それで、お二人とも、これは、結局、どうなったのですか?」


 レミィさんの視線は、私たちの後ろの方に向いていた。それにつられて、私も後ろを見る。すると、そこにはかなり深い穴ができていて、だけど、中には何もなかった。


 これは、お姉ちゃんの魔法ですべてを飲み込んだ時にできた穴だと思う。地面がこんなに抉れるくらい、お姉ちゃんの魔法がすごかったってことだ。


 だけど、今ではその魔法もなくて、ただの穴が広がっている状態。レミィさんたちからしたら、何が起きたのか、想像もつかないよね。

 私がちゃんと説明しないと。

 リリルハさんの方を見ると、リリルハさんも真剣な表情で私の方を見ていた。


「アリス。私から説明を……」

「ううん。私がせつめいするよ」


 お姉ちゃんが送り出してくれた。今度会えた時、成長した私を見てもらいたい。そのためには、リリルハさんに頼ってばかりいては駄目だと思う。


 だから。


「わかりましたわ」


 リリルハさんは、そんな私の気持ちをわかってくれたみたいで、優しく微笑んで譲ってくれた。


 そして、私はさっき起きた出来事について、みんなに説明した。


 ◇◇◇◇◇◇


「なるほど、竜の巫女、いえ、メアリーですか。メアリーが、そんなことを」


 私は説明するのがやっぱり下手みたいで、所々リリルハさんが補足をしてくれた。そのお陰で、伝えなきゃいけないことは、全部伝えられたと思う。


 すべてを聞いた後、レミィさんは静かになって、竜狩りさんは何かを考えるように腕組をしていて、エリーさんは納得がいったように頷いていた。


「よかったわぁ。丸く収まって」

「丸く、収まったのでしょうか?」


 エリーさんの言葉に、レミィさんが少しだけ怪訝な顔をしていた。リリルハさんも、何とも言えない表情をしている。


 だけど、エリーさんだけは、全く気にした様子もなく、自身ありげに頷いた。


「丸く収まってるわよぉ。正直ぃ、あのままメアリーを捕まえたとしてぇ、無罪にはできないでしょう? でも、それだと可哀想だしぃ、どうしようかと思ってたのよねぇ。でも、アリスちゃんの中にいるのならぁ、その問題は解決するわぁ」


 確かに、お姉ちゃんはもう私の中にいるから、罪に問われることはない。厳密に言えば、そんなことはないんだけど。

 私だって、同じ罪を背負っているはずなんだから。


「そんな風に思い詰めなくてもいいですわ、アリス」

「リリルハさん?」


 リリルハさんは、優しく私の頭を撫でてくれた。


「メアリーに罪があるのなら、アリスにも罪がある。そう思っているのでしょう? でも、それなら、私たちも同じですわ。メアリーが、こんなことをしたのは、私たち人間、すべてに責任があります。だから、アリスだけが、すべてを背負う必要なんてないんですわ」

「その通りです。これは、誰か1人の責任ではありません。私も、メアリーだけが悪いとは思えません。私たちだって、背負わなければならない罪です」

「そうねぇ。それにぃ、メアリーだって、アリスにそんな風に思ってほしくないんじゃなぁい?」


 みんなの言葉は優しくて、私は本当に幸せ者だと思った。

 確かに、お姉ちゃんは、私にそんなことは求めていないと思う。お姉ちゃんの罪は、私の罪。そう単純な話でないこともわかってる。


 でも、私が背負っていかなければならないものを、みんなも背負ってくれるという言葉に、私は泣きそうになった。


 それに、みんなが言ってくれた言葉は、私だけじゃなくて、お姉ちゃんのことも含まれている。それは、お姉ちゃんを想ってくれる人が、私だけじゃなくなったということ。


 それがすごく嬉しかった。


「みんな、ありがとう」


 そう言うと、リリルハさんがガバッと抱き付いてきた。久しぶりの笑顔、最高ですわー、だって。本当に、いつもの風景に戻ったみたい。


 そうして、私たちは、お姉ちゃんの野望を打ち砕いて、日常を取り戻すことができたのだった。


 ◇◇◇◇◇◇


 でも、それからが大変だった。


 まず、ヤマトミヤコ共和国は大変なことになっていた。エリーさんが、みんなを避難させていたけど、お姉ちゃんは町や村を破壊し尽くしていたから、みんな戻る場所がなくなっていた。


 そんな人たちをどうするのか。

 仮にも、ウィーンテット領国に攻め込んできたような国だ。国民に罪はないとしても、そう単純に助けてあげるという訳にもいかない。戦いをして負けたのだから、多少の賠償はさせるべきだ。という意見も少なくなかった。


 だけど、その話については、エリーさんがまとめてくれた。ヒミコさんにも協力してもらって、ヤマトミヤコ共和国とウィーンテット領国で、良好な国交を結ぼうという話で進めている。


 反対意見も多かったけど、そこはエリーさん。そんな人たちも丸め込めて、うまく話を進めているみたい。


 リリルハさんは、そんなヤマトミヤコ共和国の人たちを保護する町や村の調整をしている。

 自分の町のこともあるのに、他の町のことをしなきゃいけないということで、すごく大変だと嘆いていた。レミィさんやシュルフさんも、お手伝いですごく大変みたい。


 竜狩りさんは、いつの間にか旅に出ちゃっていた。何も言わずにいなくなっていて、風の噂では、魔族狩りとして有名になってきているらしい。

 ちなみに、アジムさんも竜狩りさんと一緒に旅に出ているとか。中々帰ってこないって、ミスラさんが怒ってた。


 ウンジンさんとライコウさんは、エリーさんの補佐として色々と各地を回っている。報酬がいいから、とライコウさんは言ってた。

 でも、すごく大変そうだし、自由な時間なんてなさそうだけどね。


 あ、それと、お姉ちゃんの元にいた、たくさんのドラゴンさんたちは、私が目を覚ました山で発見された。

 みんなには、私が事情を説明していて、思い思いに飛び去っていった。今も、色んな所にいるとは思うけど、それから誰かに目撃されたという話は聞かない。

 ちなみに、実は、ドラゴンさんに頼んで、私はドラゴンさんたちに偶に会いに行っているんだけど、それは内緒の話。



 そして、私はというと。


「ドラゴンさん。あそこに行こう」

「グオオン」


 私がお願いすると、ドラゴンさんが地面に降りてくれた。


「あら、アリスちゃん、いらっしゃい」

「うん、久しぶり、みんな」


 以前に会ったことのあるおばあちゃんが声をかけてくれた。他のみんなも、私に声をかけて、ドラゴンさんを撫でてくれたりする。


 私は、旅を続けていた。


 今まで色んな所に行ったけど、世界はもっと広いということがわかったから。私が知らない世界は、まだたくさんあると知ったから。


 次、お姉ちゃんが戻ってきてくれた時、私は世界のことを教えてあげたい。そのためには、もっと世界を知らないといけないと思ったから。


 それに、私やドラゴンさんという、普通ではない人たちが、みんなと仲良くすることができたら、お姉ちゃんのような悲しい思いをする人が、少しでも減るかもしれない。そう思ったから。


「久しぶりねぇ。今回は長くいるの?」

「うーん。ごめんね。今回は、他にも行く所があるから、長くはいられないんだ」


 そうやって、色んな所を回っていると、色んな町や村に知り合いができた。優しい人たちはたくさんいるし、もちろん、悪い人だってたくさんいる。


 だけど、それも含めて、私はこの世界が好きだった。


 お姉ちゃんが絶望したこの世界が、優しい世界になるように、もっと良い世界になっていくように、私はこの世界を知りたいと思う。


 これまでのたくさんの経験と出会いを、全部忘れずに、私はこれからも旅を続けていく。

 そして、お姉ちゃんに再会できた時、教えてあげるんだ。この世界がどんな世界なのかを。


 だから、お姉ちゃん。

 私はお姉ちゃんが言ってくれたみたいに、私の思うがままに生きて、そして、いつまでも待ってるからね。

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