第133話

「うーん。景色は変わりませんわね」


 メアリーちゃんと一緒に行動することになって、お姉ちゃんやドラゴンさんを探して始めたけど、何処まで行っても森を抜けることができなかった。

 というより、ずっと同じ場所を回っているだけのようにも見える。


 それに、さっきの兵士さんたちに見つからないように注意しながら歩いているけど、そもそもさっきから生き物の気配が感じられなかった。


「明らかに普通の場所じゃありませんわね。どうやったら、ここから抜け出せるのか」

「魔法をつかってみる?」


 どんな魔法を使えばいいのかわからないけど、例えば、空から森を見下ろせば、何処に行けばいいのかはわかるかもしれない。

 と、思ったんだけど、リリルハさんは、残念そうに首を振った


「実は、私もそう考えて、さっき魔法を使ってみようとしたんですが、発動しなかったんですの」「え? あ、ほんとうだ」


 言われるまで気付かなかったけど、私も魔法が使えなくなっていた。しかも、魔力がなくなったから、というような感じではない。


 そもそも、魔法というものが存在していないかのように感じるくらい、全く発動しなかった。


「おそらく、この空間では、魔法が使えなくなってるんですわ。竜の巫女の仕業、でしょうけど」


 ここまで完璧に魔法を使えない空間を作れるなんて聞いたこともないけど、さっきのお姉ちゃんは、ものすごい量の魔力になっていた。

 あれだけの魔力があれば、今まで見たことも、聞いたこともない魔法が使えるようになってもおかしくはないのかも。


「森から、でられないの?」


 私たちの会話を聞いて、メアリーちゃんが不安そうにしていた。

 そんなメアリーちゃんに、リリルハさんはドンッと胸を叩いて、自信満々に口を開いた。


「大丈夫ですわ。私に任せなさいな。何があっても、2人は私が守りますわ」


 フフンッと鼻を鳴らすリリルハさんは、チラチラと私やメアリーちゃんの方に視線を向けている。

 何かを欲しがるような目をして。


 誉めて、ほしいのかな。


「ありがとう、リリルハさん」

「あぁ、いえ、そんな、当たり前ですわ」


 私がお礼を言うと、リリルハさんが蕩けるような顔でにやけていた。


 そして、その顔のままメアリーちゃんの方を見るから、まだ、リリルハさんのそんな表情に慣れていないメアリーちゃんは、少し困惑した顔をしていた。


「リリルハさんは、たよりになる人だから、あんしんしていいよ」


 私からも言うと、メアリーちゃんは、私の方をジッと見て、少しだけうつ向いた。


「そんなの、……だよ」

「え?」


 よく聞き取れなくて、聞き返そうとした。


 その時。


「見つけたぞ」

「えっ!」


 何の気配もなく、目の前に人が現れた。

 その人は剣を持った男の人で、リリルハさんよりも、少しだけ年上に見える人だった。


 リリルハさんも気付いていなかった様子で、かなり驚いていたけど、すぐに私たちを守るように前に出る。

 私もすぐ横からその人を見たけど、その人は、さっき見た兵士さんたちとは雰囲気がまるで違った。


 たった1人しかいないのに、さっきのたくさんの兵士さんたちが現れた時よりも、遥かに危険な匂いがする。

 武器は持っていて、その雰囲気からは、私たちへの敵意が剥き出しになっていた。


 今すぐにでも攻撃してきそうな気配。

 そんな気配をリリルハさんも感じているみたいで、リリルハさんからは、緊張した息遣いが聞こえてくる。


「ど、どうかしましたの? 私たちはただの旅人ですわよ?」

「ほざけ。そのガキを見ればわかる」


 そう言って、剣を向けた先にいるのは、メアリーちゃんだった。


 そうなんだろうとは思っていたけど、やっぱりこの人も、さっきの兵士さんたちと同じで、メアリーちゃんを狙っている人なんだ。


 でも、メアリーちゃんは様子が、さっきの兵士さんたちの時とは少し違っていた。怯えている雰囲気は変わらないんだけど、怖がり様が全然違う。


 ううん。怖がる、というよりも、絶望している。と言った方が近いのかも知れない。

 もしかして、メアリーちゃんは、この人のことを知ってるのかな。


「メアリーが怖がってますわ。その剣を向けるのを止めてくださいます?」

「メアリー? はっ、そのガキに名前をつけたのか、馬鹿めが」

「あ?」


 ビクッとするくらい、リリルハさんから低い声が漏れた。

 リリルハさんの方を見ると、目が据わっていた。ものすごく怒っているけど、それを表には出していない。そんな感じ。

 怒りすぎて、逆に冷静になっている。まさにそんな状態なのかもしれない。


 と思っていたら、リリルハさんが、その人は近付いていく。


「あなたに、馬鹿なんて言われる筋合いはありませんわ」


 ギリギリと歯軋りが聞こえてきて、リリルハさんは、その人の剣を押し退け、すぐ目の前でその人を睨み付ける。

 その人は、リリルハさんの行動に少し驚いているようだったけど、そのまま睨み返していた。


 睨み合いながら、リリルハさんがまた、口を開く。


「あなた、メアリーに何の用ですの?」

「そのガキは、人間の敵だ。倒すに決まっているだろ」

「倒す? こんなに可愛らしい女の子を?」

「は? そんなのは関係ないだろ」

「関係あるに決まってるじゃありませんの!」


 その人の言葉に、リリルハさんが激昂する。

 いきなりの怒号に、私もメアリーちゃんも、そして、リリルハさんの目の前にいる人もかなり驚いてしまった。


 だけど、リリルハさんは、そんなのに構わず話を続ける。


「可愛いことは、すべてにおいて正義ですわ。ですから、この子も正義ですわ。あなたのような、むさっ苦しい男なんかより、可愛いメアリーの方が正しいに決まってるじゃありませんの!」

「はぁ? 馬鹿か、貴様は! 可愛ければ、なんでも許されると言うのか?」

「許される許されないの問題ではありませんの! 私は、メアリーの言葉を信じるだけですの! メアリーは、何もしてないって言ってますわ。そんな子供に刃を向ける、そんな人が正しい訳ないに決まってるじゃありませんか!」


 すごい剣幕で言うリリルハさん。


 そんなリリルハさんを見ていると、背中越しに手をヒラヒラとさせていた。

 逃げろ、というジェスチャーに見える。


 あ、そうか。今、リリルハさんがこの人の注意を引いている間に逃げろってことなんだね。


 言ってることが、いつものリリルハさんなら、普通に言っていてもおかしくないようなものだったから、気付くのに遅れちゃった。


「貴様。そのガキが、どんな化け物なのか知ってるのか?」

「化け物じゃありません、メアリーです!」


 大声でその人の注意を引くリリルハさん。

 魔法も使えないこの状況で、武器を持っている人を相手に1人にするのは危険な気もするけど、ここで何もせずに留まっているのも、それはそれで危険かもしれない。


 それに、狙われているのはメアリーちゃんみたいだし、リリルハさんに何かをしようとしてる訳じゃない。

 メアリーちゃんがいないとわかれば、リリルハさんに構わず、メアリーちゃんを探しに行くだろう。


 とにかく、この場を離れるのが、今の最善だと思う。


 私は、メアリーちゃんの手を握った。


 メアリーちゃんは驚いていたけど、私がシーッて指でジェスチャーをすると、何も言わずに頷いてくれた。


 そして、物音を立てないように注意しながら、少しずつ隠れるように、この場から離れた。


 離れようとした。


 けど。


「逃がすと思うか?」

「っ! 危ないっ!」


 そう簡単には、逃がしてくれなかった。

 その人は、リリルハさんを押し退けて、逃げようとする私たちに迫ってきた。


 さっきまで、レミィさんや竜狩りさんの動きを見ていたから、なんとか反応することができて、その攻撃を避けることはできた。

 けど、間合いを詰められてしまい、簡単に逃げられなくなっちゃった。


「大丈夫ですか? 2人とも」

「う、うん」


 すぐにリリルハさんが駆け寄ってくれたけど、その人は、蔑むような視線を向けている。


「ふん。所詮は、悪魔に騙された下賎な人間か。稚拙な策を労してくる」


 その人は、剣を構えてゆっくりと近付いてきた。私たちが逃げないように、周囲に気を張っているみたい。


 レミィさんがいれば、魔法が使えなくても、なんとか戦えるのかもしれないけど、私もリリルハさんも、魔法がなければ満足に戦えない。


 そう考えると、今の状況は、今までで1番危険な状況かもしれない。戦うことも逃げることも、何もできない状況なんだから。


 どうしよう。


 今の攻撃を避けられたことを見ると、そこまで強い人じゃないみたいだけど、今の私たちは、そんな人にも勝てないと思う。


 リリルハさんは、私とメアリーちゃんを、背中に隠して、隙がないかを伺っていた。

 だけど、一瞬の隙もなくて、その人はすぐ目の前まで来てしまった。


 そして、その人は剣をリリルハさんに向けて、おもむろに口を開いた。


「まあ、だが、騙されているだけの人間を手にかけようとは思わない。素直にそのガキを渡せば、お前たち2人は見逃してやろう」

「あ」


 メアリーちゃんが、私の手をギュッと握る。

 そういえば、手を繋いだままだった。


 メアリーちゃんは、見捨てられるかもしれないと思っているんだろう。

 この場でリリルハさんが、メアリーちゃんを渡して、自分たちの身の安全を優先するんじゃないかって。


 確かに、今の状況なら、そういう選択をする人もいるかもしれない。


 戦うことはできない。

 逃げることも失敗して。

 そんな状況で、自分は助かる、という道を示されたら、それを選んでしまう人がいても、不思議ではないと思う。



 でも。


 でもね、メアリーちゃん。

 大丈夫だよ。


 そういう思いを込めて、私はメアリーちゃんの手を握り返した。


 それにメアリーちゃんは驚いているみたいだったけど、私はメアリーちゃんに小さな声で、大丈夫、と言う。


 そして、その答えは、すぐに伝わったと思う。


「そんな、馬鹿な選択、選ぶまでもありませんわ! 2人とも、走りなさい!」

「なっ! き、貴様!」


 リリルハさんは、勢いよくその人に飛びかかった。流石に、そんな動きは予測してなかったようで、その人も虚を突かれたようにのけぞる。

 その隙を見逃さず、リリルハさんはその人の剣を手刀で弾いた。


「護身術なら、レミィから教わってますのよ! さあ、アリス、メアリー、早く!」

「う、うん!」


 リリルハさんに言われて、私はメアリーちゃんの手を引いて走り出した。


「あ!」

「メアリーちゃん、早く!」


 リリルハさんは心配だけど、私には何もできない。


 何が起きたのかわかっていない様子のメアリーちゃんを連れて、私はその場から逃げ出した。


「どうして?」


 その時、そんなメアリーちゃんの囁きが聞こえたような気がした。

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