第132話

「あれ? ここ、は?」


 白い光に包まれたと思ったら、私たちは何処か知らない所に来ていた。


「ここは何処ですの? 私たちは、黒いオーラの中にいた竜の巫女の元に辿り着いたはずですのに」


 リリルハさんの言う通り、私たちはお姉ちゃんの元に辿り着いた。はずだった。

 だけど、ここは、さっきの場所とは違う。


 何処かの森の中。

 見たことがない場所。

 だけど、何処か見覚えのある場所。


「あれ? ドラゴンさんがいない」


 ここにいるのは、私とリリルハさんだけだった。いつの間にか地面に降りてるし、近くにドラゴンさんはいない。


「本当ですわね。それに、ここは……、少し調べてみる必要がありますわね」


 そう言って、リリルハさんが前へと歩き始める。


「とにかく、ドラゴンさんと竜の巫女を探さなくては」

「うん、そうだね。……あれ?」


 今、何かが動いたような。


「どうかしましたの? アリス」

「えっと、何か、あっちの方で動いたような」


 動いたように見えた茂みに近付いてみると、ガサガサッとそれが揺れた。


 そして、そこから、いきなり何かが飛び出してくる。


「うわっ!」

「アリス!」


 驚いて飛び退いたのを、リリルハさんが支えてくれた。


 そして、そこから飛び出してきたのは。


「え? あれ?」


 そこにいたのは、お姉ちゃんによく似た少女だった。

 ううん、似てない。いや、似てる、かも。いや、やっぱり似てないかも。


 不思議な感覚だけど、その少女の雰囲気はお姉ちゃんに似ていた。だけど、顔立ちはお姉ちゃんとは全然違う。

 年齢は私と同じくらいに見えるけど、ただ幼いから似ていない、というよりも、根本的に違った顔立ちをしていた。


 その少女は、ここまでずっと走ってきたのか、息を切らせていて、足にも擦り傷だらけだった。


「あ、ああ」


 少女は、私たちを見て後退り、絶望した表情で尻餅をつく。


「あ、あの」

「い、いや。やめて。わ、私、なにも、なにもわるいことしてないよ」

「え?」


 少女はやっぱりお姉ちゃんに似ていて、声も少し幼いような舌足らずなものだけど、何処かお姉ちゃんを彷彿とさせるような声だった。


 少女は、泣きそうな顔で懇願する。


 何を言ってるのか聞いてみようとした所で、少女が走ってきた方から、たくさんの人の声が聞こえてきた。


 この状況、なんとなく見た記憶がある。


「探せ! あの悪魔を探すんだ!」

「ひっ! あ、ああ、いやぁ」


 その声に怯えるように少女は踞ってしまう。

 誰かに追われてるみたい。


 そう、まるで、お姉ちゃんの記憶で見た時のように。でも、以前に見た時とは、少しだけ状況が違うような気もするけど。


「あ、あの……」

「大丈夫ですわ。さぁ、こちらに」


 とにかく少女を助けないと。そう思って声をかけようとしたら、先にリリルハさんが動いた。


「い、いやっ! さわらないで!」

「っ!」


 バシッとリリルハさんの手を払う少女の手が、その勢いのままリリルハさんの頬に当たった。

 赤くなった頬に、リリルハさんは一瞬、手を添えるけど、ただそれだけでもう一度、リリルハさんは、少女に手を伸ばした。


「私は、あなたの敵ではありませんわ。信じられなくても構いません。ただ、1つだけ、お願いがありますの」

「う、うぅ」


 リリルハさんは、手を取られないことにも気にせず、しゃがんで優しく微笑みかける。

 その微笑みにも、少女はまだ怯えていたけど、それでも話だけは聞いてくれているみたいだった。


 泣きそうな顔でリリルハさんを伺う少女は、すごく弱々しくて、こういう所は、やっぱりあの時のようだった。


「少しの間、私たちの後ろの茂みに隠れてほしいんですの。あなたのことを助けたいんですわ」

「た、たす、ける?」


 少女は、リリルハさんの言葉が信じられないみたいだった。

 だけど、他に選択肢はないと思ったのか、少女は不安そうな顔で私たちの後ろの茂みに隠れた。


 そして、それから少しして、たくさんの人たちが、私たちの前に飛び出してくる。


「むっ! な、何者だ!」


 森の中に突然現れた私たちに、その人たちは武器を向けてくる。

 現れた人たちは、全員が武器を構えていて、何処かの兵士さんみたいだった。


 その表情はすごく怖くて、私は思わずリリルハさんの後ろに隠れてしまった。

 そんな私を、リリルハさんは無言で見つめて、大丈夫、と口パクで言ってくれる。


「私たちは、旅人ですわ。そちらこそどうかしましたの?」

「旅人だと? ……まあいい。それより、こっちに少女が走ってこなかったか? もし、隠すようなら……」

「ああ、見ましたわ。何処にいるかも知ってますわよ」

「えっ!」


 リリルハさんは迷うことなく言う。

 後ろの茂みで、息を飲むような気配があった。


 私はリリルハさんを見上げるけど、リリルハさんの表情は、何の躊躇もないような表情をしていた。


 ど、どうしたんだろう。

 リリルハさんが、あの少女を見捨てるようなことをするとは思えないけど。

 でも、だとしたら、何故、知っていることを白状してしまったんだろう。


 意味がわからず、悶々としていると、先に武器を持った兵士さんたちの怒号が聞こえてきた。


「な、なんだと! 何処だ! 何処にいる!」

「早く言え! あいつは、悪魔だ! 我々が、奴を粛清するのだ!」


 兵士さんたちの声は、すごく怖くて、内に秘める感情は、すごく気持ち悪くて、見ていられなかった。


 そんな私の肩に、リリルハさんの温かい手が置かれた。


「えぇ、そんなに焦らなくてもお教えしますわ。私たちが見た少女なら、あっちの方に逃げていきましたわ。かなり疲れているようでしたから、そう遠くには行っていないはずですわ」


 そう言ってリリルハさんが教えたのは、少女のいる場所とは見当外れな方向だった。

 私は驚いてリリルハさんを見たけど、リリルハさんの表情は真剣で、嘘をついている表情ではなかった。

 そう見せているだけで、嘘なんだけど。


「あっちだな。よしっ! みんな、行くぞ! 敵は近い。気を引き締めろ!」

「おおぉぉぉぉぉ!」


 リリルハさんの教えた方向へと、兵士さんたちは疑うこともなく走っていった。



 かなりの人数がいたけど、全員が走り去っていったのを確認してから、リリルハさんが後ろに隠れる少女の元へと行った。


「もう大丈夫ですわ」

「ど、どうし、て?」


 少女は、心の底から信じられないという表情をしながらリリルハさんを見ていた。


「可愛い女の子を守るのは、当然の義務ですわ」「え?」

「おえっふっ! いえ、困ってる人を助けるのは、当然のことですわ」


 すごく大きな咳払い、なのかもわからない、変な声を出してから、リリルハさんは言い直した。

 うん。いつも通りのリリルハさんだ。


 少女は、状況を飲み込めないようで、キョロキョロと私とリリルハさんの間で視線をさ迷わせていた。


「それより、あなたは、えっと、名前を教えてもらえますか?」


 リリルハさんが少女に尋ねる。だけど、少女は何も言えずにうつ向いてしまった。

 そして、静かに首を振った。


「わからないの。なにもおぼえてないし、自分のこともよくわからない」

「あら。そうなんですのね。それは、不安だったでしょう」


 リリルハさんは、フワッと少女を抱き締めた。


「え? え?」

「はふぅ。良い香り。い、いえ! も、もう大丈夫ですわ。私は、さっきの無粋な人たちと違って、あなたに危害を加える気なんてありませんもの」


 少女は、リリルハさんに抱き締められて困惑しているみたいだったけど、そのうち、スッと受け入れるように力を抜いた。


 リリルハさんは、そういう所があるんだよね。

 ただ抱き締められるだけで、心が落ち着く。体温なのか、なんなのか、とにかくリリルハさんに抱きつかれると、どんな状況でも落ち着くことができた。


 それは、最初に会った時からそうで、少女も同じような気持ちになったみたい。


「それでは、私たちと一緒に行きましょう。私たち、とある人たちを探してまして、特に当てもなく歩いていたんですわ」

「わ、私と、いっしょ、に?」


 少女はすごく戸惑っていた。そして、少女は私の方を見る。歳が近いと思ったから、話しかけやすいのかな。


「大丈夫だよ。リリルハさんは、やさしい人だから」


 私の言葉に、少女は少しだけ躊躇しながら、リリルハさんの手を取った。


「う、うん」

「ああ、よかったですわ。それじゃあ、……えっと、そうですわね。ねぇ? あなたに仮の名前を考えてもよろしくて?」

「え? なまえ?」

「ええ、名前がないと何かと不便でしょう?」


 少女は、今までで一番驚いた様子で目を見開いていた。


「う、うん」


 ほとんど何も考えられていないように見えるけど、少女はそのまま頷いた。

 それを見て、リリルハさんは嬉しそうに考え始める。


「そうですわね。うーん。あ、メアリーなんて、どうですの?」

「メアリー」


 少女は、自分につけてもらった名前に、小さく呟いた。


「き、気に入らなかったかしら?」


 不安そうに尋ねるリリルハさんに、少女は、メアリーは首を振った。


「ううん。いい名前。うれしい、ありがとう」

「はうっ!」


 お礼を言うメアリーに、リリルハさんは胸の辺りを押さえて、後ろに倒れてしまった。


「リリルハさん、大丈夫?」


 なんか、こんな光景、見たことがあるような。

 そんな気がして、私は少し笑ってしまった。



 そして、私たちはメアリーと一緒に、お姉ちゃんとドラゴンさんを探すことにしたのだった。

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