第131話

 空高く、ドラゴンさんが飛び上がる。

 雲を突き抜けて上がった先から、お姉ちゃんのいる方を見てみる。


 黒いオーラは、どこまでも大きくなっていて、うねうねと近くのものを吸い込んでいる。

 大木だろうが、岩だろうが、なんでも飲み込んでしまう黒いオーラは、禍々しく、見るだけでも気分が悪くなりそうだった。


 幸い、まだ誰かが吸い込まれるようなことはないみたいだけど、このまま大きくなれば、一般の人にも被害が出るかもしれない。

 その前に、なんとか止めないと。


「お姉ちゃん、どこにいるのかな?」


 黒いオーラは大きくて、何処から見ても目に入る。だけど、その中にいるはずのお姉ちゃんは、何処にもいなかった。

 そもそも黒いオーラのせいで、中心の方は何も見えないし、お姉ちゃんが中心にいるという確証もない。


 だけど、この黒いオーラの何処かにいる。

 それだけは、直感でわかった。


「今の段階ではわかりませんわね。まずは、このオーラを何とかしませんと。ドラゴンさん、少しだけ、オーラに炎を吐いてくれませんこと?」


 リリルハさんのお願いに、ドラゴンさんが私に視線だけ向けた。

 それでいいのか、と聞いているような気がしたから、私は頷いた。


 すると、ドラゴンさんは、軽く炎を溜めて、黒いオーラに向かって放った。少しだけ中心からそらしているけど、これだけ大きなオーラなら問題なく当たってくれた。


 炎に当たった黒いオーラは、風が煙を払うように揺らいだけど、すぐに戻ってしまう。


 さっきの竜狩りさんの攻撃やドラゴンさんの炎がそうだったけど、あの黒いオーラは物理的な攻撃はあまり高価がないみたい。

 衝撃までは消えないみたいで、一瞬だけ揺らいで、道は開けるけど、すぐに戻ってしまうし、何かダメージが入った様子もない。


 かなり大きな攻撃をすれば、もっと視界も開けるかもしれないけど、魔法は取り込まれて役に立たないから、今、頼りになるのは、ドラゴンさんの攻撃だけということになる。


 ドラゴンさんの攻撃は強力だけど、広範囲に向かった攻撃はほとんど持ってないから、この黒いオーラを払うだけの攻撃はできないと思う。


 だけど、黒いオーラは今もどんどん大きくなってるし、今のうちに何とかしないと、手が付けられなくなりそうだった。


「ドラゴンさんの炎もあまり効果がなく、魔法は軒並み駄目。しかも、オーラは徐々に大きくなっている。中々、まずい状況ですわね」


 リリルハさんも同じような危機感を持っているようで、声から緊張が伝わってきた。

 だけど、リリルハさんの表情は、そこまで焦燥したものではなく、深刻そうだけど、何一つ諦めた様子はなかった。


「アリス、竜の巫女を呼び掛けてみてくれませんこと?」

「え? 私、そんなに大きな声でないよ?」


 お姉ちゃんが何処にいるかもわからないし、少なくとも、見える範囲にはいない。

 そんなお姉ちゃんに、私の声を届かせようとしたら、かなり大きな声を出さなきゃいけないと思うんだけど、私にそんな大きな声は出せないと思うんだけど。


「確かに聞こえるかはわかりませんわ。でも、もし少しでも聞こえたら、この状況も変わるかもしれません」

「そっか。うん、わかった」


 確かに。

 やる前から諦めるのは駄目だよね。

 お姉ちゃんを止めたいと本気で思ってるなら、こんなことで臆している場合じゃない。


 私はすうっと息を大きく吸い込んで、私にできる最大の大声を出して、お姉ちゃんを呼んだ。

 自分の中にある気力をすべて出しきるぐらいの気持ちで、大きな大きな声を出す。


「お姉ーちゃぁぁぁぁぁん!」

「っ!」

「きゃあ!」


 ビリビリッて空間が振るえたような気がした。


 というのも、全く意識してなかったんだけど、私は自分の声に魔法を乗せて、普通ではあり得ないような爆音にしてしまっていたらしい。


 何も伝えてなかったから、リリルハさんも、ドラゴンさんも、かなり驚いていた。


 魔法による私の声の爆音は、一方向に特化した爆音だったから、リリルハさんたちの鼓膜を破るようなことはなかったけど、それでもドラゴンさんは、大きく体勢を崩してしまう程だった。


 でも、無意識でのその行動は、思いの外、良い結果に結び付く。

 魔法で強化された爆音は、黒いオーラで効果が打ち消されることはなく、そのまま黒いオーラを晴らしてくれた。


 ということは、この爆音をコントロールすれば、ドラゴンさんの炎よりも効率的に黒いオーラを晴らすことができるかもしれない。


 ふとリリルハさんの方を見ると、同じように考えていたみたいで、私たちは軽く頷きあった。


 黒いオーラは、晴れても、すぐに元に戻ってしまう。だから、これは、スピード勝負。

 黒いオーラを晴らして、お姉ちゃんを見つける。それしかない。


「いくよ、リリルハさん、ドラゴンさん。耳をふさいでてね」

「ええ、頼みますわ」


 2人の準備ができたのを確認してから、さっきよりも広範囲に届くように、私は大きな声を出した。


「お姉ちゃぁぁぁぁん! アリスだよぉぉぉぉ! へんじしてぇぇぇ!」


 何処を目掛ければいいのかはわからないから、とにかく手当たり次第に爆音をかき鳴らした。

 やってもやっても、黒いオーラは戻ってしまうけど、それでも、ほんの少しずつだけ、中心の方が見えるようになってきた。


 でも、中心に近付けば近付く程に、黒いオーラの戻りが早くなっている。この距離では、これ以上のことはできそうにない。


 こうなったら。


「リリルハさん、私……」

「ええ、行きましょう。私もついていきますわ」

「え?」


 私が言い終える前に、リリルハさんが口を開いた。しかも、私の提案しようとしていたこととは全く違うことを。


 私は、1人でお姉ちゃんの所に向かうから、リリルハさんは、ドラゴンさんと一緒に戻ってって言おうとしたのに。


 それを先読みしたのか、リリルハさんは少しだけ怒った顔。

 そして、軽くコツンとおでこを叩かれた。


「何度言ったらわかりますの、アリス」

「で、でも……」


 リリルハさんが、私を心配してくれていることはわかってる。無茶なことをしようとしたら怒ってくれることもわかってる。


 だけど、今は本当に危険な状況で、あの黒いオーラは、本当に危ないもの。

 それがわかってるのに、リリルハさんを連れていくなんて、私にはできないよ。


 リリルハさんが、私を心配してくれているように、私だってリリルハさんのことが心配なんだから。


 私は怒られるのがわかっていても、リリルハさんを連れていきたくなかった。最悪、ドラゴンさんに頼んで、無理やり離れてもらおうかと思った。


 けど。


 リリルハさんは、そんな私の考えもお見通しのようだった。


「アリス。さっきも言ったでしょう? 私は竜の巫女が放っておけないんですの。あんな、怯えた子供のようになっている竜の巫女を、私は見過ごせないんですの」

「おびえた、こども?」


 リリルハさんは、お姉ちゃんのことを、そう表現した。


「ええ、竜の巫女は、今、すごく怯えてますわ。怖くて、寂しくて、辛くて、どうして良いかわからない状況なんですの。アリスが、初めて私の前に現れた時、アリスも、同じような感情を、見せていましたわ」

「あ」


 そっか。そうなんだ。


 お姉ちゃんの今の気持ちが、なんとなくわかるような気がしていた。

 上手く言葉にできなかったけど、リリルハさんの言葉ではっきりわかった。


 お姉ちゃんは、私が初めてリリルハさんの町に辿り着いた時、誰も私を信じてくれなくて、どうしていいかわからない、あの時と同じ気持ちなんだ。


 私は、どうしてみんなが怒ってるのか、私に攻撃してくるのかわからなかった。それが不思議で、すごく怖くて、すごく不安だった。


 あの時の気持ちは、今でも覚えている。


 そして、その気持ちと今のお姉ちゃんから感じる気持ちは、同じものだ。


 竜狩りさんの攻撃が目の前に迫った時、お姉ちゃんは多分、それを思い出したんだ。


 私のように訳もわからず攻撃をされた時を。私と違って、誰も助けてくれなかった、過去の記憶を。


 だから、こんなに無秩序に、無鉄砲に、力を解放して、誰も近付けないよう、誰も攻撃できないように、暴れてるんだ。

 ただ、周りのすべてが怖いから。


 だったら、そんな不安を消してあげたい。


 もう怖くないよって、教えてあげたい。


 私が、リリルハさんに教えてもらったように。


 この世界には、優しい人がいるんだって。

 この世界には、温かい人がいるんだって。


 それをわかってもらうには、確かにリリルハさんがいてくれたら嬉しい。


 でも。


「アリス。大丈夫ですわ。根拠なんてありません。でも、私を信じてください」


 リリルハさんの表情は、すごく真剣で、揺らぐことのない意思を感じて、そして、すごく頼もしかった。

 ただその表情を見るだけで、すべてがうまくいくと信じられるくらいに。


「うん、わかった。よろしくお願いします」

「ふふ、ええ、もちろんですわ」


 私が頭を下げると、それに合わせて、リリルハさんもお辞儀をした。


 それに少しだけ笑い合って、お姉ちゃんに向き直る。


「いくよ、リリルハさん」

「ええ、頼みましたわ」


 そして私は、一際大きな爆音を黒いオーラに向かって放った。そして、それによって晴れたオーラの先に、ドラゴンさんが飛び込んでいく。


 黒いオーラは、私たちを捕まえようと四方八方から迫ってくる。それを上手くかわしながら、私はさらに先へと爆音を放っていった。


 そして。


「いた! お姉ちゃんだっ!」


 踞るように、お姉ちゃんはそこにいた。


 まるで子供のような、小さくなっているお姉ちゃんがそこにいた。


「まってて! すぐにそこに行くから!」


 ギュンッて、ドラゴンさんが速度を上げた。

 そして、お姉ちゃんに手が届く。


 そこで、私たちは白い光に包み込まれた。

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