第130話
「これ、は……」
お姉ちゃんを包み込んだ黒いオーラは、そこまで大きなものではなかったけど、中の様子は確認できない。
だから、お姉ちゃんがどうなってるのか、ドラゴンさんがどうなっているのか、それについては何もわからなかった。
「まずいな」
竜狩りさんから声が漏れてきた。
その声は、少し焦ったような声で、それに比例するように表情も固くなっていた。
「なにがおきてるの?」
大変なことが起きているような気はしたんだけど、具体的に何が起きてるかはわからなくて、レミィさんに聞いてみた。
レミィさんも、竜狩りさんと同じくらい、深刻な表情をしていて、何かわかってるみたいだったから。
レミィさんは、私の問いかけに、少しだけ間を空けた後、答えてくれた。
「詳しいことはわかりません。ですが、今、急激に、竜の巫女の魔力が上昇しています」
「え?」
言われてみたら、そんな感じがした。
黒いオーラに飲み込まれていて、正確な魔力を読み取ることはできないけど、お姉ちゃんの魔力が膨れ上がっているようだった。
今までも途轍もない魔力だったのに、それを遥かに越えるような魔力がお姉ちゃんの方から感じられた。
だけどそれは、いつものお姉ちゃんの魔力とは、少し違うような気がする。
「これ、ほんとうに、お姉ちゃんの魔力なのかな?」
「アリス様も気付かれましたか? この魔力、竜の巫女の魔力にしては、かなり不自然です」
レミィさんも同じように感じたみたい。
この魔力、確かにお姉ちゃんから溢れている魔力であるのは間違いないんだけど、どうも、違和感がある。
それは、お姉ちゃんの魔力にしては、魔力が制御できていない、暴走しているような感じがすることだ。
普段のお姉ちゃんは、あれだけの魔力を完璧に制御していて、私ではできないような繊細な魔法を使うことができる。
それは、冷静だろうが、怒っていようが、まるで息をするように、いつでも完璧に制御している。
なのに、今の魔力は、ただ魔力が垂れ流されているだけのような、いつもでは考えられないような魔力の流れだった。
「暴走に近いだろうな。竜の巫女も、自分で何をしているのかわかっていないんだろう」
竜狩りさんが言うには、お姉ちゃんは今、何らかの原因で、極度の放心状態になっているのだとか。
もちろん、原因は、さっきの竜狩りさんの攻撃なんだろうけど、今までだって、竜狩りさんはお姉ちゃんに攻撃していた。
なのに、いきなりこんな状態になったのは、どういうことなのか、それはわからないらしい。
でも、この魔力の感覚、私は少しだけ身に覚えがあった。私も、お姉ちゃんの今の気持ちが、なんとなくわかるような気がする。
上手く、言葉にはできないんだけど。
そう思っていた時。
「っ! 下がってください!」
レミィさんの叫びが聞こえたかと思うと、私はレミィさんに担がれて、後ろに飛び込んだ。
そして、そのすぐ後に、私たちに向かって、黒いオーラが迫ってくる。触手のように伸びる黒いオーラは、私たちを追いかけてくるように動いている。
黒いオーラに触れた植物は、すぐに枯れてしまって、ものすごく危険な気配が漂っていた。多分、絶対に触っちゃ駄目なような気がする。
だけど、黒いオーラはどんどん増えていって、私たちを追い込もうとしていた。
「くっ、しつこいですね」
レミィさんが魔法を放つ。
でも。
「え? そんな……」
魔法が黒いオーラに触れた瞬間、それがフッと消えてしまった。というより、吸収されてしまったという方がいいかも。
黒いオーラは、どういう訳か、レミィさんの魔法を取り込んでしまったみたい。
その後も、レミィさんと、私も一緒になって、何度か違った魔法を放ってみるけど、どれも結果は同じようなものだった
「ちっ。まずいぞ。そうなれば、この剣も通用しない可能性が高い」
竜狩りさんの言う通りだった。
竜狩りさんが今使っている剣は、私とレミィさんが魔力を込めて作った剣だ。
もし、黒いオーラが、どんな魔法も取り込めるようなものだったら、その剣だって取り込まれてしまうかもしれない。
本当にどんな魔法でも取り込めるのかは、まだわからないけど、試すというのは、危険な賭けだった。
だけど、そうなると、黒いオーラへの対処法が何もなくなってしまう。気付けば、黒いオーラは、私たちを完全に包囲できる程に増えていて、逃げ場がほとんどなくなっていた。
それに加えて魔法による牽制もできないとなると、かなりまずい状況だった。
「このままじゃ追い込まれる。一か八か、強行突破するぞ」
竜狩りさんは、辛うじて黒いオーラが届いていない場所を指差して、一気に走り出した。
レミィさんも何も言わずとも了解しているようで、そのすぐ後を追いかける。
黒いオーラは、そんな私たちの行く手を遮るようにそれを伸ばしてきたけど、竜狩りさんは剣でそれを薙ぎ払った。
予想していた通り、竜狩りさんの剣は、黒いオーラに取り込まれてしまったけど、剣を振るった衝撃は残っていたようで、目の前の黒いオーラは晴れていた。
なんとかそこから抜け出すことができて、私たちは、黒いオーラで囲まれている空間の外に出ることができた。
「助かりました、竜狩り」
「ふん。だが、まだ安心はできんぞ」
竜狩りさんの言う通り、まだ危険は消えていなかった。
「あ、またくるっ!」
黒いオーラは、もはやお姉ちゃんの姿を完全に隠すくらいまで大きくなっていた。
そして、その黒いオーラは、私たちを捕まえるためにどんどん、どんどん広がっていた。
それは本当に巨大で、空高くまで伸びている。
「これは、まずいですね。この黒いオーラは明らかに有害です。しかも、止める手だてがありません。そんなものがこれ以上大きくなったら」
「あ! み、みんなもきけんだ」
そうだ。お姉ちゃんと戦っていて意識していなかったけど、他の人にだって影響が出ていない訳じゃない。
ライコウさんたちが避難させている人たちも、まだそこまで遠くには行けていないはず。
それなのに、この勢いのまま黒いオーラが大きくなっていったら、すぐにそこまで追い付かれちゃうかも。
そうなったら、みんなを守りきるのはかなり難しいだろう。
ここでなんとか食い止めないといけない。
だけど、その方法が全くわからなかった。
「とにかく一旦離れるぞ。このままじゃ、俺たちがやられる」
竜狩りさんの言う通りだ。
どちらにしても、この場を切り抜けないと何もできない。私たちがやられてしまったら、それこそ大変なことになっちゃうから。
「そうですね。アリス様、しっかり捕まっていてください」
「う、うん」
レミィさんが走る速度を上げた。
黒いオーラから逃げるように。
だけど、黒いオーラは、私たちの予想を上回っていた。
「なっ! まさか、そんな」
「くっ。冗談じゃないぞ」
「あわわわ」
黒いオーラは、大きな津波のように私たちの頭上を覆い尽くした。それはもう大きなもので、どう考えても避けられるようなものじゃなかった。
レミィさんの魔法も効かないし、竜狩りさんの剣もない。
ど、どうしよう。
私の魔法も、あの黒いオーラの前じゃ何の役にもたたない。
レミィさんも急いでくれてるけど、黒いオーラは、もうすぐそこまで来ていた。
「くっ。これは、流石に」
「ここまでか」
そんな、お姉ちゃんを止めるためにここまで来たのに。何もできないで終わるなんて。
そんな。
そんなの、嫌だよ。
黒いオーラが目の前を暗くする。
どうしようもない絶望が、もう目の前まで来ていた。
嫌だ。
助けて。
誰か。
私は、お姉ちゃんを。
助けたいの。
このままじゃ、終われない。
お願い、助けて。
そう、願った、時。
「グオオオオオオオン!」
「アリスッ!」
ドラゴンさんの雄叫びとリリルハさんの声が聞こえた。
「リリルハ様!」
「リリルハさん!」
私とレミィさんの声が重なる。
リリルハさんはドラゴンさんに乗って私たちの方に飛び込んできた。
そして、ドラゴンさんの放った炎が、黒いオーラに風穴を空ける。
「行きますわよ!」
私たちを乗せて、ドラゴンさんが、黒いオーラに空いた風穴を抜けて、空へと飛び上がる。
その少し後にズシィンと黒いオーラが、私たちがいた地面すべてを覆い尽くした。
それはすごい威力で、辺り一帯には地震が起きていた。
「危なかったですわね」
リリルハさんが言う。
笑いながら。
「リ、リリルハさん」
その笑顔を見たら、私の心は落ち着いた。
さっきまでの絶望は綺麗さっぱりなくなって、事態は何も好転してないのに、心には安堵が広がっていた。
「私たちもドラゴンさんに助けられたんですわ。あのままあそこにいたら、私たちも巻き込まれてましたから」
黒いオーラのドラゴンさんが、お姉ちゃんの元に行った段階で、リリルハさんとまだ眠ったままのエリーさんは、先にドラゴンさんに乗せられて助けられていたらしい。
「それより、これはどういう状況ですの?」
「それが……」
レミィさんは、リリルハさんにこれまでの状況を説明した。
「なるほど。そうなんですのね」
レミィさんからお姉ちゃんのことを聞いたリリルハさんは、少し思案するようにお姉ちゃんの方を見る。
その表情は、少し悲しそうで、辛そうなものだった。だけど、その表情は一瞬だけで、すぐに引き締まり、真剣なものに変わる。
「わかりましたわ。レミィと竜狩り様は、お姉さまをお願いしますわ」
「は? それは、どういう……」
「後は、私とアリスに任せなさい」
リリルハさんは、私の肩を抱いて言う。
「え? リリルハさん?」
私が行くのは当たり前だと思うけど、リリルハさんまでついてくるのは危険だと思う。
だけど、リリルハさんは、そんな私の言葉を言わせない勢いで話を進めた。
「本当は、アリスに危険な場所に行ってほしくはないんですが、今さらですわね。それに、あの状態の竜の巫女を正気に戻すのは、アリスにしかできませんわ」
「でも……」
「それに、あの子を放っておけないんですわ」
リリルハさんの表情は、お姉ちゃんを想っているような、私に向けてくれるような、優しい表情だ。
そんな顔を見せられたら、私は何も言えなくなっちゃう。
心の何処かで、お姉ちゃんにも、リリルハさんのこの顔を見てほしいと思っちゃったから。
「それを俺が許容するとでも?」
「もう、お2人は、これ以上ない程の働きを見せてくれましたわ。後は、私が引き継ぎます」
竜狩りさんの鋭い睨みにも、リリルハさんは一歩も引かなかった。
そして、しばらく睨みあった後、竜狩りが諦めたように溜息を漏らした。
「姉妹と聞いていたが、なるほどな、似た者同士だ」
「は? 私とお姉さまは全然似てませんわよ?」
複雑そうな表情をするリリルハさんだけど、言葉とは裏腹に、そこまで嫌そうな顔はしていない。
「どうでもいい。それに、確かに俺は、もう武器もない。どちらにせよ、足手まといだな」
竜狩りさんは、そう言って引き下がった。
そして、レミィさんも。
「何を言っても、無駄でしょう?」
「ええ、当然ですわ」
レミィさんは、リリルハさんのことをよく知ってる。だから、もう言葉にはしなくてもすべてが伝わっているみたいだった。
レミィさんは、リリルハさんを抱き締める。
「リリィ、どうか、気を付けて」
「ええ、あなたも、お姉さまを頼みますわ」
「はい、かしこまりました」
そして、レミィさんは私の手も握ってくれる。
「アリス様もお気をつけて」
「うん、わかった」
レミィさんは、竜狩りさんとエリーさんを掴んで、ドラゴンさんから飛び降りた。そのまま滑空して、黒いオーラから離れていく。
それを見送ってから、私たちは黒いオーラの先にいるお姉ちゃんを見た。お姉ちゃんは、黒いオーラに隠れて見えないけど、確かにそこにいる。
そう感じた。
「アリス。竜の巫女を、あなたのお姉さまを助けるには、少し危険なことをしなければなりません。その覚悟はありますの?」
「うん、大丈夫だよ。私は、ぜったいに、お姉ちゃんを助けるんだから」
私の決意を聞いて、リリルハさんが微笑む。
「わかりましたわ。それでは、行きますわよ、アリス、ドラゴンさん!」
「うん!」
「グオオオオン!」
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