第129話
先に動いたのは、お姉ちゃん。
「うわっ!」
私の目では追えない速度で、お姉ちゃんが私の目の前に来た。そして、気付いたら、お姉ちゃんの持つ槍が目の前に迫っていた。
なんとか避けたけど、今のは本当に危なかった。反応が一瞬でも遅れていたら、今ので死んでたかもしれない。
「なら、これはどう?」
「そう何度もさせるか!」
突き出した槍を引き戻しながら、先の刃を使って切りつけようとするお姉ちゃんを、竜狩りさんが受け止めてくれた。
ギャリギャリと金属が擦れる音がして、押し負けそうになる竜狩りさんを、レミィさんが横から鉤爪で援護する。
「無駄よ」
だけど、お姉ちゃんはもう1本の槍を作り出して、それすらも防いでしまった。
「っ! うわぁ!」
「きゃあ!」
「うおっ!」
それだけじゃなかった。
お姉ちゃんは両手が塞がってるはずなのに、私たち3人は、簡単に吹き飛ばされてしまった。
多分、魔法を使ったんだと思うんだけど、そんな前兆はなくて、全く気付けなかった。
「くっ。大丈夫ですか?」
「う、うん」
レミィさんの魔法のお陰で、地面に叩きつけられることはなかったけど、ホッとする猶予もない。お姉ちゃんは、飛ばされた私たちに追い討ちをかけようと迫ってくる。
すぐに防御の魔法で盾を作るけど、1個だけだとお姉ちゃんの槍は防げない。
直感でそう思って、作れるだけ作って盾を6重にしてみたけど、お姉ちゃんの槍はそれを軽々と突き抜けてしまった。
なんとかギリギリで、竜狩りさんが剣で防いでくれたけど。
本当に一瞬の隙もない。
ただの一瞬、瞬きすらもできないような一瞬でも気を緩めただけで、大怪我だけじゃすまない攻撃が飛んでくる。
しかも、お姉ちゃんは、私たち3人を同時に相手にしているのに、まるで踊っているかのような優雅さだ。子供が大人に遊ばれているだけのような、そんな感覚。
「まだよ。まだ終わらないわ」
お姉ちゃんの槍はまるで生きているようで、私たちは少しずつ追い詰められていく。
このままじゃ埒が明かない。
「いっけぇ!」
変に考えたって、お姉ちゃんには通用しない。
だったら、力任せに魔法を放った方がまぐれで当たるかもしれない。
そう思って、全力の魔力を込めた一撃をお姉ちゃんに向かって放ってみた。
「効かないわ」
でも、その魔力の塊も、魔法の槍であっさりと真っ二つにされてしまう。
「魔法は、こう使うのよ!」
そして反対に、お姉ちゃんの魔力が込められた塊は、竜狩りさんも、レミィさんも、私も、誰も止められなかった。
ズドォォン、と、地面が抉れる。
みんな、なんとか避けたけど、その余波だけでも吹き飛ばされそうなくらいだった。
「グオオオオン!」
「グオオオオン!」
空を見上げると、ドラゴンさんと黒いオーラのドラゴンさんも戦っている。凄まじい攻防だけど、押されているのはドラゴンさんだった。
黒いオーラのドラゴンさんの炎は、ドラゴンさんの炎に比べて真っ黒。そのせいなのか、ドラゴンさんのものよりも、遥かに高温になっている。
しかも、威力も高いみたいで、炎同士がぶつかると、必ずドラゴンさんの方が押し負けていた。
「何をしようと無駄よ。あなたたちに勝ち目はないわ」
「くっ」
2本の槍を使いこなすお姉ちゃんは、一縷の隙もなく佇んでいる。
お姉ちゃんに取り込まれている時からわかっていたけど、お姉ちゃんに死角はない。
常に魔法による防護があって、しかも、魔力によって360度すべてを認識できる。反応速度も高められていて、音速程度では歯が立たない。
しかも、そんな魔力を消費しているのに、魔力が枯渇する気配が全くない。
持久戦になれば、こっちが一方的に消費して負けてしまうのは明白だった。
かといって、短期戦に持ち込もうとしても、そもそも私たちの戦力では、お姉ちゃんには敵わない。
ドラゴンさんは、黒いオーラのドラゴンさんの相手で手がいっぱいだし、これ以上の戦力も期待できない。
つまり、打つ手がない。ということだけど。
竜狩りさんやレミィさんも、同じことを考えているのか、2人の表情は深刻だった。
「どうしたら、いいんだろう」
思わず声に出ちゃったけど、本当にどうすればいいんだろう。
私には、お姉ちゃんの魔力の一部が受け継がれている。それをなんとか上手く使えないかな。
お姉ちゃんの槍は、お姉ちゃんの魔力によって固められている。それと同じものを作れば、戦えるかな。
ううん。私の魔力じゃ、お姉ちゃんには勝てない。すぐに壊されて終わりだ。
なら、私とレミィさんの魔力を合わせたら。
多分、壊されることはないだろうけど。
それでも、やっぱりお姉ちゃんには勝てないと思う。そもそも、私、槍なんて使ったことないし、というより、武器を使ったことがない。
慣れてない武器はむしろ邪魔になるって、何かの本で読んだ気もするし。
「もう打つ手がないようね」
動けずにいる私たちに、お姉ちゃんはそう判断したようで、ゆっくりと私たちの方へと近付いてきた。
「ちっ。そう易々と負けるかっ!」
竜狩りさんがほとんど特攻のように、お姉ちゃんに攻撃を仕掛けた。
「見苦しい人間は、特に嫌いよ」
だけど、竜狩りさんの剣も、これまでの戦いで限界だったようで、お姉ちゃんに弾かれただけで、パキンッと折れてしまった。
「なっ!」
「これで本当に終わりね」
武器を失った竜狩りさんに、お姉ちゃんがとどめを差そうとしていた。
でも、それを見て、私は閃いた。
そっか。私が武器を使う必要はないんだ。
「レミィさん!」
「え? あ! わかりました」
レミィさんに手を伸ばす。ただそれだけで、私の意図を察してくれたようで、レミィさんは私の手を握り、魔力を渡してくれた。
魔人であるレミィさんの魔力は、やっぱりすごい量で、お姉ちゃんの比べると少ないけど、それ以外の人と比べるなら、比較にならない量だった。
レミィさんの魔力と私の魔力。
2つを合わせても、やっぱり、お姉ちゃんには遠く及ばない。
でも、竜狩りさんの技量が加われば、もしかしたら、対抗できるかもしれない。
「竜狩りさん、受け取って!」
全力の魔法を込めて作ったのは魔法の剣。
形状は、竜狩りさんが使っていた剣に似せて作ってある。重さまで再現できてるかはわからないけど、そこまで大きな差はないはず。
今まさに槍を振り落とそうとする所で、私の作った剣が、竜狩りさんに届いた。
竜狩りさんは、剣を受け取ってすぐに、お姉ちゃんの槍を受け止めた。
「無駄なことを」
「いや、そうでもないぞ」
受け止めた槍を押し戻して、竜狩りさんが袈裟懸けに斬りつける。
もちろんそんな攻撃がお姉ちゃんに通用する訳もなく、簡単に防がれてしまった。
けど。
「なっ!」
それまで何の問題もなかったはずの槍が、竜狩りさんの剣に真っ二つにされてしまった。
「え?」
「へぇ。すごいですね」
レミィさんも感心している。だけど、私には何が起きてるかわからなかった。
だって、さっきまでは、どんなに攻撃してと壊れなかった槍が、こんなにあっさり斬れてしまうなんて。
それに、何度見ても、私たちの作った剣は、お姉ちゃんの槍に比べて魔力が圧倒的に少ない。
確かに、竜狩りさんの技量なら、なんとか対抗はできるかもとは思ったけど、そんなことができるとは思ってなかった。
そんな私に、レミィさんが教えてくれる。
「竜狩りの技量は、まだ竜の巫女よりも上ということでしょう。竜の巫女は、そのセンスで竜狩りの技術を盗み、私の技術を盗み、強くなりましたが、それでもまだ本家には及ばないんです」
「でも、さっきまでは……」
お姉ちゃんは、まだ戦い方を覚えたばかりだから、使いこなせていない、というのなら、さっきまでだって同じ条件のはず。
今になって、こんなに強くなれるはずがない。
「確かに、竜の巫女の強さは本物です。しかし、それは武器の性能の差もあったのです。下手をすれば、一瞬で壊されてしまう程に性能に差があったはずですから、それに注意して戦っていたのです」
そっか。お姉ちゃんの槍に壊されないように慎重に戦っていたのが、それを気にしなくてよくなったから、本来の動きができるようになったってことなんだ。
確かに、私たちの剣は、お姉ちゃんの魔力には及ばないけど、それでも、簡単に壊される程、柔ではない。
少なくとも、壊されないように慎重に戦わなくなってよかった、というだけでも、竜狩りさんの動きは変わったんだ。
「しかし、それでも、竜の巫女に勝てる程ではないようですが」
「え?」
言われて見ると、竜狩りさんとお姉ちゃんは、目にも止まらぬ早さで攻防を繰り広げていた。
でも、竜狩りさんが本来の動きになったからって、お姉ちゃんを圧倒できる訳ではなく、単独でお姉ちゃんに対抗できるようになった、ぐらいの話だった。
でも、1人でお姉ちゃんに対抗できるようになったというのは大きな話だ。
竜狩りさんを援護すれば、私たちが有利になれる可能性が高くなる。
と、思ったけど。
「アリス様、今はあの中に入らない方がいいでしょう」
「う、うん。そうだね」
2人の戦いは高レベル過ぎて、私ではついていけそうにない。むしろ、足手まといになりそうだった。
「私が加勢してきます。アリス様は、魔力を注ぐのに集中してください」
「うん、わかった」
レミィさんなら、あの中でも的確に動ける。
なら、私は竜狩りさんの剣が壊れないように集中した方がいい。
そう、役割を決めて、レミィさんがお姉ちゃんに向かっていった。
「はあぁぁぁ!」
「くっ、面倒な奴らね!」
竜狩りさんを相手しながら、レミィさんも相手をするのは、お姉ちゃんでも大変そうだった。
それに、竜狩りさんの剣は、お姉ちゃんの槍で傷を負っても、私が治してるから、壊れる心配もない。
そうしてやっと、お姉ちゃんと五分の戦いをすることができるようになった。
「あああぁぁぁ!」
お姉ちゃんの暴力的な魔力のうねりが2人に襲いかかる。
「ぬうぅぅん!」
でもそれを、竜狩りさんが剣で受け流した。
その後ろから、レミィさんがお姉ちゃんの槍を殴り付けた。
メキッと音がして、お姉ちゃんが少しだけよろける。
「うおおぉぉぉ!」
そこで、竜狩りさんがお姉ちゃんの槍を一刀両断した。
「なっ!」
「終わりだっ!」
そのまま、とどめをさそうとする竜狩りさん。
「あ! ま、待って!」
だけど、私は、お姉ちゃんを殺したい訳じゃない。
私は咄嗟に、竜狩りさんの剣への魔力の供給を止めた。
剣の形は残ってるけど、それは魔力の込もっていないハリボテのようなもの。
そんなものでは、お姉ちゃんの纏っている防護魔法を切り裂くことはできなかった。
バキンッとお姉ちゃんの目の前で剣が止まる。
「くっ、おい、あと一歩なんだぞ!」
「竜狩り、アリス様は、竜の巫女を殺したい訳ではありません!」
「そんなことを言っている場合か!」
竜狩りさんとレミィさんが言い争っているけど、お姉ちゃんは何も言わない。
それを不気味に思ったのか、竜狩りさんとレミィさんは、すぐにお姉ちゃんから距離を取った。
そして、戻ってすぐに、竜狩りさんが私に詰め寄る。
「せっかくのチャンスを、貴様は……」
「今はそんなことはどうでもいいのです。どうせ、致命傷は与えられませんでした。そうなれば、竜の巫女なら、一瞬で回復してしまう」
レミィさんが庇ってくれたけど。
そうだよね。せっかくの竜狩りさんが作ってくれたチャンスを私は棒に振ってしまったんだ。
「ごめん、なさい」
謝るしかできなかった。
「アリス様、大丈夫です。おそらく、結果は変わりませんでした。竜狩り、あなたも気付いてるでしょう?」
「ちっ」
「え?」
レミィさんと竜狩りさんの表情が固い。
「竜の巫女の纏う防護魔法は、私たちの想定よりも遥かに固かった。さっき言ったように、どちらにしても、完全に破壊することはできなかったでしょう。それよりも……」
レミィさんがお姉ちゃんの方を見る。
私もお姉ちゃんを見るけど、お姉ちゃんはその場で、ずっと立ち尽くしていた。
うつ向いていて、どんな顔をしてるのかわからない。
だけど、少しだけ、唇が動いていて、何かを言っているように見えた。
「お姉、ちゃん」
「い……だ」
「え?」
何か聞こえた。小さな声。だけど、それは少しずつ大きくなっていく。
「いや、だ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだいやだいやだいやだ。いや」
お姉ちゃんは頭を抱えて踞ってしまった。
「お姉ちゃん!」
「下がれ!」
何が起きたのかと近寄ろうとしたら、竜狩りさんに引っ張り戻された。
その瞬間、私の目の前の地面が抉れた。
「タスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテ」
お姉ちゃんの声が泣き声のようになっていく。
まるで、子供のように、悲鳴のような声が響いていく。
「イヤダ、タスケテ、シニタクナイ。ドウシテワタシダケ、ドウシテ、どうしてっ!」
お姉ちゃんの悲痛な叫びが、衝撃になって辺り一帯に響き渡った。
「く、うぅ」
「これ、は」
今までとは比べ物にならない魔力の流れ。
「グオオオオン!」
それにつられるように、黒いオーラのドラゴンさんが、お姉ちゃんの元に飛び込んでいった。
「ああ、ドラゴンさん。タスケテ、ワタシ、しにたくないの。どうしたらいいの? ワタシ、ナニモワルイコトナンテシテナイノニ」
子供に戻ったようなお姉ちゃんに、黒いオーラのドラゴンさんが寄り添った。
「ああ、ドラゴンさん。あなたは私の味方なのね。あなただけが」
そうして、お姉ちゃんは、黒いオーラのドラゴンさんと一緒に黒いオーラに飲み込まれた。
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