第127話 その前に その二
「守るべき存在だと? それが何だと言うんだ?」
もったいつけているのか、あえてわかりづらく言っているのか。どちらでも良かったが、竜狩りは、理解できないことを言うエリザベートに苛立っていた。
ただでさえ、わからないことだらけだというのに、この上、さらにわからないことを重ねられたら、自分の使命に支障をきたすかもしれない。
せっかく話を聞く気になったのに、その出鼻を挫かれたようで、竜狩りは腹が立ったのだ。
「そんな顔しなくてもぉ、すぐに解説するわよぉ」
エリザベートももったいつける気はなかったようだ。これは、あくまでエリザベートの性格ゆえだろう。話し方については、今さら簡単に変えられるものではない。
しかし、エリザベートも、ことの重大さについては弁えているようだった。
「でもぉ、まず最初にぃ、はっきりさせないといけないのよねぇ。ねぇ、竜狩りさん。あなたはどうして、竜の巫女の力が通じづらいのかわかってるのかしらぁ?」
エリザベートの質問が、この場に則したものだったのかは不明だが、竜狩りは、その質問に真剣に答えた。
「詳しくはわかっていない。だが、竜狩りの一族であれば、竜の巫女の力を抑制することができることはわかっていた。つまり、竜狩りの血に何かしらかの力があると考えている」
厳密に言えば、竜狩りの力が、本当に竜の巫女に通用するのかは、実際に戦ってみなければわからない。
しかし、過去に竜の巫女を封印してから、竜狩りが竜の巫女と直接対峙した記録は残っていない。ゆえに、竜狩りの力が、竜の巫女に通用するかは、実際の所、わかっていなかった。
あの時、竜狩りが、アリスと戦うまでは。
だが、少なくとも、ドラゴンに対しては、竜狩りは絶対的な優位性を持っていた。それは実際に証明されていた。それを根拠に、竜狩りは、自分たちの力が、竜の巫女に通じると考えていたのだ。
そして、その優位性は、男でも、女でも、子供でも、老人でも適用された。
もちろん、そもそもの戦闘力に差がありすぎれば、戦いにもならないのは当然だが。少なからず、ドラゴンの力を抑制できたのは紛れもない事実だった。
そのことについて、調べた竜狩りもいた。
しかし、何故、竜の巫女やドラゴン、竜に対して、ここまで有利なのか、解明することができたものはいなかった。
竜狩りの血が作用しているかも。
なんてものは、結局、何も解明されていないことと同じだろうことは、誰にでもわかることだった。
そう苦虫を噛み潰したような顔をする竜狩りに、エリザベートは遠慮なく言い放つ。
「まあ、当たってるけどぉ、全然違うわねぇ」
それはまるで、答えを知っているかのような物言いだった。
「何が言いたい?」
まさか、と思いつつ、竜狩りが尋ねる。
すると、そう思った通り、エリザベートが語り始めた。
「これはぁ、あくまで私がぁ、竜の巫女を調べた結果の推測なんだけどぉ」
◇◇◇◇◇◇
「なるほどな。面白い仮説だ」
竜の巫女の力を抑制しているのは、竜狩りの力ではなく、竜の巫女自身。
遥か昔に負けた竜狩りへの苦手意識ゆえに、竜狩りを前にして、竜の巫女が力を出し切れない。そして、それが、全ドラゴンたちに伝染している。
証明することはできないが、しかし、辻褄は合っていた。
それであるならば、今まで、竜狩りの力について調べても、何の成果が上げられなかった点についても納得ができる。そもそも、竜狩りに不思議な力なんてなかったのだから。
「初代の竜狩りは、それはそれはぁ、強かったのでしょうねぇ。それに、竜の巫女はぁ、まだ自分の力を使いこなせてなかったでしょうからぁ、負けちゃったんでしょうねぇ。消えないトラウマを残すくらいに。でもぉ、今は違うわぁ。竜の巫女は、封印されてからもぉ、世界を見ているらしいしぃ、当時とはぁ、比べ物にならないくらいぃ、強くなってると思うわぁ」
エリザベートの推測は、証明できるような証拠はない。どころか、状況証拠すら残っていない。
であるにも関わらず、竜狩りには、それを否定できる推測は思い浮かばなかった。
「それで? そうだとして、今までと状況が違うと言うのは、どういうことだ?」
竜の巫女へ有効な力について、竜狩りの一族は勘違いをしていたかもしれない、ということはわかったものの、それと、さっきの話は繋がっていなかった。
仮に、竜の巫女の力を抑制していたのが、竜狩りへの苦手意識だとしても、極端な話、そんなことはどうでも良いのだ。
重要なことは、現実に、竜の巫女の力を抑制することができる。という時日さえあれば。
しかし、エリザベートは語る。
今は状況が違うのだと。
そしてそれは、アリスの存在によるのだと。
竜狩りとしては、今までの話からその話に繋がるとは思えなかった。
しかし、エリザベートの表情は、確信めいたものだった。
「アリスちゃんはねぇ、守りたくなるのよねぇ。竜の巫女にしても、アリスちゃんは守るべき存在で、何者にも代えがたいと思うのよぉ」
「……エリザベート様、まさか」
先に思い至ったのは、竜狩りではなくレミィだった。
レミィは、エリザベートの言う感情を身をもって知っていた。自らの生死など些末なことに思えるような、大切な存在。守りたい存在。
その存在を守るためなら、この命を散らせても構わない。
そう思う気持ちが、レミィにもわかったから。
「その通りよぉ、レミィ。竜の巫女はぁ、アリスちゃんを守るためならぁ、トラウマだって克服すると思うわぁ。根拠はないけどねぇ」
エリザベートに言われて、竜狩りはレミィを見た。
先ほどの戦い、レミィは竜狩りに勝てなかった。それは、戦う前からわかっていたことで、レミィ程の実力があれば、その程度のこと、わからないはずがなかった。
それでも戦いを挑んできたのは、レミィがリリルハを、アリスを守ろうとしたから。その感情だけで、レミィは動くことができたのだ。
そして、それは竜の巫女も同じである。
アリスを守るために、竜の巫女は必死になるだろう。それは、トラウマを乗り越えるくらいの感情となりうる。
それだけ、竜の巫女にとって、アリスは大切な存在だから。
今までの言動や行動から、竜の巫女がアリスを大切に思っていることは、竜狩りとしても疑いようがなかった。
その上で、エリザベートの推測を考えると、完全に間違った考え方だとは思えない。むしろ、その可能性は限りなく高いように思えた。
「心理的な弱点であるならば、それを克服されれば意味をなさない。どちらにしても、危うい状況という訳か」
竜狩りの言葉に、沈黙が流れる。
竜狩りとして、竜の巫女に有利である。という安心感は確かにあった。それは、慢心ではないものの、どれだけ相手が強くても勝てる。という、自信になっていた。
その力は、いつなくなってもおかしくない曖昧なものだったとわかり、安心感は逆に不安感に変わっていたのだった。
しかし、そんな空気も気にしないような、図太い人間というのは、いる。
もちろん、この場に。
「まあ、でもぉ、正直そんなのはぁ、どうでも良いのよねぇ」
「なんだと?」
自分から話していたことなのに、どうでもいいと言ってきたエリザベートに、竜狩りは唖然とする。
見ると、エリザベートは、これまで深刻な空気で話していたのが、馬鹿らしくなるくらい、興味なさそうな顔だった。
「まあ、どうでもいい、は言いすぎかもしれないけどぉ、そこまで気にする必要もないわぁ」
「どういうことだ?」
「要はぁ、アリスちゃんがいない内にぃ、竜の巫女を倒せばいいのよぉ。もしくはぁ、私たちの味方になってもらうとかねぇ」
エリザベートの作戦は、簡単に言えば、竜の巫女がトラウマを克服する前に倒そう。というものだった。
しかし、そのためには、竜の巫女とアリスが、別々に行動している方が好ましい。
一緒にいられると、アリスが竜の巫女の味方をする可能性があるからだ。
「アリスちゃんは優しいからねぇ。ふとした瞬間に、竜の巫女を助けようとする可能性は高いわぁ」
レミィとしても、エリザベートの予想は納得のいくものだった。
アリスは、竜の巫女を恨んでいないだろう。少なくとも、敵としては見ていない。むしろ、竜の巫女を助けようとしている。
それはレミィとしても疑いようのない話だ。
「そのための作戦はぁ、考えてるわぁ」
そして、エリザベートは、2人を巻き込んだ、竜の巫女打倒作戦を説明した。
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