第127話 その前に その三
「私にはぁ、単独で動かせる部隊がいるのよぉ。レミィもその内の1人だけどねぇ」
エリザベートは、レミィを介抱しながら作戦を語り始めた。
元々、レミィは自己治癒能力を持っている。竜狩りの攻撃が苛烈であったため、治る暇もなく傷を増やしていたが、攻撃が止んだ今となっては、少しずつ回復していた。
それでも、流石に一気に治るという訳にもいかず、エリザベートは、レミィの傷に包帯を巻く。その手際は中々で、王女であるにしては、手慣れたものだった。
そんなことに少しだけ驚いた表情をしていた竜狩りだったが、どうでもいいことだと頭を切り替える。
「その部隊が、どうかしたのか?」
「ええ。とりあえずぅ、竜の巫女には、単独で来てほしいのよねぇ。そのためにはぁ、やっぱり怒らせるのが良いと思うのよぉ。だからぁ、竜の巫女の作戦を潰すわぁ」
そう言って話し始めた、竜の巫女の作戦を潰す作戦を。
「まずぅ、ヤマトミヤコ共和国がぁ、私たちの国にぃ、宣戦布告してきたわぁ。でもぉ、多分、それは囮なのよねぇ」
「囮、ですか?」
何に対しての囮なのかわからず、レミィは首を傾げた。
「竜の巫女の目的はぁ、人間を滅ぼすことなのよぉ。おそらく、本当の意味で、全員ね。となるとぉ、自国の民とかぁ、そんなものはないと思うのよねぇ」
「っ! まさか」
「そのまさかよぉ」
そして語ったのは、竜の巫女の標的とされる存在の可能性。
まず、ヤマトミヤコ共和国がウィーンテット領国に攻め込む際、一兵の例外もなく、全軍を投入するだろうとのことだった。
そこにあるのは、戦略などではなく、ただ盲目的に、竜の巫女に従うという意思だけ。
そして、手薄になったヤマトミヤコ共和国を、ドラゴンたちが攻め落とす。守る者がいない国など、もはや敵ではない。そうすれば、ドラゴンたちの被害もほぼゼロだろう。
そして、ヤマトミヤコ共和国の全軍を相手にするとなれば、ウィーンテット領国だって、無傷では済まされない。大きな被害が出るだろう。
そして、互いに疲弊しきった所を、竜の巫女が直接的攻め落とす。
これが、竜の巫女の作戦だと。
「竜の巫女は、遥か昔に失敗しているわぁ。それはぁ、竜狩りの存在のせいよぉ。でもぉ、竜狩り以外の人間をすべて滅ぼしてぇ、竜の巫女の全戦力を竜狩りに向ければぁ、流石に負けないでしょうねぇ」
「まさか、まず最初に戦えない者を狙うとは」
「竜の巫女の目的はぁ、戦いじゃないからねぇ。効率的だと思うわぁ」
エリザベートは、あくまで淡々と語る。
しかし、レミィは、竜の巫女の恐ろしい作戦に、表情を固くする。
「それで、その作戦をどう潰すんだ?」
そんな中、竜狩りが先を促してきた。
そんなことなどまるで興味がないと言うように。いや、実際、興味がないのだろう。
竜狩りにとって大事なのは、竜の巫女を倒すこと。それさえ完遂すれば、結果的に人間は救われるのだから。
そのために、無用な感傷は控えるべき。それは、竜狩りに伝わる教えだった。
エリザベートは、そんな竜狩りを面白そうに見る。そして、続きを話し始めた。
「まずはぁ、ヤマトミヤコ共和国の民を助けるわぁ。私たちの軍もそんなに柔じゃないしぃ、そう簡単には落とされないからねぇ」
「ですが、私たちだけで、どうにかなるのですか?」
エリザベートたちの元にある戦力は、ここにいるエリザベート、レミィ、竜狩り、ライコウとウンジン。そして、エリザベートが単独で動かせるという、多少の部隊のみだった。
国を攻めるとしては、心もとない。
しかし、エリザベートは、簡単そうに笑う。
「問題ないわよぁ。だってぇ、相手は戦える人なんてほとんどいないんだからねぇ」
「あ、なるほど」
ウィーンテット領国に全軍を向けている間、ヤマトミヤコ共和国は、無防備になる。その隙を狙うというものだった。
「でもよ。それでもきついんじゃねぇかぁ? 無理な仕事は契約の範囲外だぜ?」
そこで割り込んできたのはライコウだ。
ライコウとしては、契約金以上の仕事をする気はない。少なくとも、命を懸けるのだとしたら、どれだけ金を積まれてもやる気はなかった。
そしてそれは、ウンジンも同じだ。
契約を破るつもりはないが、契約違反ならば話が変わる。
そもそも、国を攻め落とすなんて、そんな話は聞いていなかったのだから、ここで契約を打ち切っても文句は言えないだろう。
しかし、エリザベートは、余裕の表情だ。
「別にぃ、あなたたちにそこまでは求めないわぁ」
「何?」
エリザベートのことを、あまり快く思っていないウンジンは、契約を切る口実ができるのではと期待していたのだが、それはあまりにも簡単に否定されてしまった。
「レミィ」
「はい」
エリザベートの呼び掛けに、レミィはエリザベートの考えを少しだけ理解した。
「私が、ヤマトミヤコ共和国の人間を洗脳すれば良いんですね?」
「なっ! そんなことができるのか」
非現実的な話に、ウンジンが声を漏らす。
だが、驚いているのはウンジンだけではない。声には出ていなかったが、ライコウも、竜狩りすらも驚いているようだった。
驚いていないのは、エリザベートだけ。
「そうよぉ。正確に言うならぁ、ヤマトミヤコ共和国でぇ、ある程度の権力を持ってるやつだけで良いわぁ」
そう言いながら、エリザベートが1枚の紙を、レミィに手渡す。そこには10名ほどの名前と似顔絵が描いてあった。
「かしこまりました」
レミィは紙を確認し、問題はないと判断した。
身体の傷も少しずつ回復していて、もうしばらくすれば魔力も回復するだろう。
そうなれば、この程度のことは容易いと判断したのだ。
「おい、貴様。それはまさか、俺にも使えるんじゃないだろうな?」
作戦も大体は定まってきた。という段階で、竜狩りがレミィに問いかけた。
竜狩りとしては、エリザベートたちを完全に信用した訳ではない。一時的な共闘するだけの関係性だ。
そんな相手が、人間を洗脳できるというのは、無視できない話だった。
レミィはエリザベートに視線を向ける。
その視線にエリザベートが頷いた。それを見て、レミィが口を開く。
「そうですね。頑張れば、できます。ですが、魔力の消費が激しいでしょうから、数分が限界かと」
「数分、だと?」
レミィの洗脳は、相手の力量によって成功率が変わる。端的に言えば、レミィよりも格上の相手には通用しない。
しかし、レミィよりも格上の人間というのは、今までの歴史でもほとんど存在しない。
例えば、竜狩りは、レミィよりも強いが、それは格上と言える程ではなく、少し強いというだけ。そのため、今の時代で、レミィの洗脳に抗える者は存在しなかった。
しかし、力の拮抗した、もしくは自分よりも上の存在を洗脳するとなると、洗脳も長くは持たない。
竜狩りならば、数分が限界だ。
だが、竜狩りは、その言葉に戦慄した。
数分もあれば、命を奪うことなど簡単だろう。
それをされたら、抵抗などできるはずもない。
さっきの戦いでそれをされていたら、そう思うと、竜狩りは、レミィを警戒せざるを得なかった。
「何故、さっきの戦いではそれを使わなかった?」
「エリザベート様に禁止にされていますので」
「何?」
しかし、あっさりと言われ、竜狩りはエリザベートを見る。当のエリザベートは、可笑しそうに笑っていた。
「だってぇ、洗脳なんて危険じゃなぁい」
それがエリザベートの意見だ。
確かに危険だ。それは間違いない。
だが、命の危険を感じてもなお、エリザベートの命令に従ったという事実に、竜狩りは呆れていた。
「それに、準備が必要なんです。その隙をつけるかも、わかりませんでしたし」
そう言われても、洗脳という凶悪な力を持つレミィに、竜狩りは警戒を解くことはできなかった。
「その話はそろそろいいかしらぁ? じゃあ、作戦の説明を続けるわよぉ」
しかし、エリザベートの飄々とした態度は、竜狩りの調子を狂わせる。
そもそも、そんな凶悪な力を白状するのは、戦いにおいてはこれ以上ない程に愚かな行為だ。
それがわからないエリザベートでもないはずなのに、あまりにも簡単に白状した。
それは、自分たちが信用できる相手である。と、アピールしたかったのかもしれない。
竜狩りはそう感じたのだった。
誠意を見せた。という程ではないが、頭ごなしに信用できないと切って捨てるのは、無礼に思えた。
「わかった。続けてくれ」
だからこそ、竜狩りは、エリザベートの作戦を最後まで確認することにしたのだった。
◇◇◇◇◇◇
「じゃあ、これで終わりねぇ」
ヤマトミヤコ共和国の人間を救出すること。
その後の竜の巫女を迎え撃つ作戦。
それらを細かく決めて、エリザベートたちは動き出した。
竜狩りやライコウたちが素直に従ったのは、エリザベートの作戦が今時点で考えられる中で、最も成功率が高いと思ったからだった。
「それでは、エリザベート様。まずは私が先行します」
「えぇ。お願いねぇ。あ、それとぉ」
作戦の第一段階。レミィが、ヤマトミヤコ共和国の重鎮を洗脳する。
そこに向かうレミィを、エリザベートが呼び止めた。
「はい、何でしょうか?」
「あなたにもう1つ、お願いしたいことがあるのよぉ」
「お願い、ですか?」
珍しい言い方に、エリザベートは少しだけ意外そうな顔をした。
いつもの指示や命令とは違う。ということだ。
エリザベートは、いつもよりも真剣な顔でレミィを見ている。
「何でしょうか?」
レミィの問いかけに、エリザベートは少しだけ間をおいて口を開いた。
「無事にアリスちゃんを助けてほしいのよぉ」
「アリス様を?」
今さら何を、と、レミィは素直に感じた。
アリスを助けるのは、もちろんレミィも考えていた。それは、別にお願いされるまでもなく。
しかし、エリザベートがあえて言ってきたということは、そう簡単な話ではないのだろう。
そう判断したレミィは、エリザベートの話を詳しく聞いた。
「アリスちゃんはぁ、竜の巫女の味方をするかもしれないわぁ。いえ、必ず味方をする。それで、私たちに攻撃してくることはないだろうけどぉ、邪魔される可能性はあるわぁ」
「なるほど」
「そうなった時、アリスちゃんを無理やりこちら側に連れてこれるのは、あなたしかいないのよぉ。竜狩りじゃあ、アリスちゃんも警戒するだろうしぃ」
確かに、エリザベートの懸念はその通りだった。アリスが竜の巫女を姉と慕っているのは、レミィも知っていた。
ならば、大小の違いはあれど、アリスが竜の巫女の手助けをする可能性は否定できなかった。
そして、今回の作戦は、竜の巫女を単独で相手にするというもの。
説得ならば、リリルハの役目になるだろうが、その場を作れるのは、レミィしかいない。というのが、エリザベートの考えだった。
「かしこまりました。必要となれば、必ず、その機会を作り出してみせます」
「えぇ」
口ではそう言うものの、レミィの答えに、エリザベートは少しだけ不満そうな目をしていた。
何か足りなかったかと考えていると、エリザベートが溜息を漏らした。
「私は無事にって言ったのよぉ? それは、あなたも同じなんだからねぇ?」
「あ」
その言葉に、レミィは、リリルハとエリザベートが重なって見えた。
どんな時でも、自分の身を案じてくれる存在。そんな存在に、レミィの心は暖まった気がした。
「必ず、全員無事に、任務を遂行します」
「えぇ。お願いねぇ」
その答えを聞いて、やっとエリザベートは、満足そう笑った。
そして、エリザベートたちの作戦は、始まったのだった。
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