第126話

 2人の連携は、完璧だった。


 2人というのは、もちろん、レミィさんと竜狩りさんのことだけど、2人は声を掛け合うこともなく、完璧な連携で、お姉ちゃんに迫ってくる。


 黒いオーラのドラゴンさんもお姉ちゃんに加勢していて、数の上だと2対2で互角なんだけど、連携の練度が桁違いだった。


 一心同体。だけど、攻撃は2人分で、体を動かしているのはお姉ちゃんだけど、頭がおかしくなりそう。


 竜狩りさんは、黒いオーラのドラゴンさんを牽制しつつ、お姉ちゃん目掛けて剣を振るっている。当然、お姉ちゃんもそれを避けるけど、その先には、レミィさんがいた。


 レミィさんは何かを狙っているようで、攻撃を仕掛けながらも、密かに魔法を展開しているようだった。


 2人は強い。ううん。強いのはわかっていたけど、それでも、私が思っている、その何倍も強かった。


 お姉ちゃんやドラゴンさんに絶対的な優位性を持つ竜狩りさん。

 魔人として、人よりも遥かに強い身体、魔力を誇るレミィさん。

 その2人が協力してるんだから、これ程、頼もしいことはないだろう。


 だけど。


 それだというのに、お姉ちゃんは、そんな2人を相手に、全く引けを取らなかった。


 竜狩りさんには、お姉ちゃんの魔法も効きづらい。だけど、力任せに魔力を注いだ一撃で、竜狩りさんを圧倒していた。


 そして、レミィさんの動きは、お姉ちゃんの動きを先読みしているようで、お姉ちゃんはすごく動きづらそうにしていたけど、それでもお姉ちゃんの反応速度なら、対応できないこともなかった。


 とにかく、3人の戦いは、ずっと均衡していて、誰も決め手を持っていない状況だ。


 でも、そんな状況の中でも、少しずつ優位になっていったのは、お姉ちゃんだった。


「ああ、本当に憎いわ、竜狩り。あなたさえいなければ」


 お姉ちゃんが、竜狩りさんに狙いを定める。


「ちっ」

「させません!」


 一瞬の隙をついて、お姉ちゃんは鋭く尖らせた魔法の槍で、竜狩りさんの喉を狙っていた。

 それを間一髪、レミィさんが弾く。


「邪魔をするなら、あなたも敵よ。レミィ」


 でも、そのせいで体勢を崩したレミィさんに、お姉ちゃんがもう1本、槍を作り出し、横なぎにレミィさんを吹き飛ばす。


「かはっ!」


 槍で貫かれることはなかったけど、レミィさんはかなりの距離を飛ばされてしまった。

 地面に叩きつけられるレミィさんは、すぐに起き上がり、またお姉ちゃんに向かってくる。


 怪我は、大きくはないみたい。

 よかった。


 だけど、そんな場面が多くなっていく。


 なんとかカバーし合うレミィさんと竜狩りさんだけど、それでも徐々にお姉ちゃんの攻撃に対応できなくなっていった。


「まだ、まだよ。まだ足りない。もっと、もっと、憎しみを」


 魔力を消費してるはずなのに、何故か、お姉ちゃんの魔力はどんどん増えていく。まるで、憎しみがそのまま魔力に変換されているように。


 違う。

 これが、本来のお姉ちゃんの魔力なんだ。


 今ならわかる。

 竜狩りさんを相手にしてから、お姉ちゃんは本調子ではなかった。


 それは、竜狩りさんにお姉ちゃんの力が効きづらいということもあるけど、心のどこかで、竜狩りさんを恐れていたからなんだと思う。


 トラウマって言うのかな。

 お姉ちゃんが遥か昔、当時の竜狩りさんに感じていた、恐怖という感情が、お姉ちゃんの力に知らず知らずセーブをかけていたんだ。


 だからこそ、お姉ちゃんの魔法を含めた、力のすべてが、竜狩りさんには通用しなかった。

 そして、それは、ドラゴンさんたちにも伝わってしまう。


 竜の巫女として、お姉ちゃんが君臨していても、そのお姉ちゃんが恐れる存在に、ドラゴンさんたちも力を発揮しきれていなかったんだ。


 竜狩りさんが、お姉ちゃんに絶対的な優位性の持っているのは、それが原因。


 だけど、今、その恐怖の感情が、少しずつ薄れていっている。

 それは、憎しみに、恐怖に、すべての負の感情に、身を委ねているから。恐怖を抱く隙間もないくらい、他の感情が、お姉ちゃんの心を埋め尽くしているから。


 そして、そのせいで、お姉ちゃんは、本来の力を取り戻していく。

 竜狩りさんは強いけど、竜狩りさんに不思議な力がある訳じゃない。何処まで行っても、竜狩りさんも、ただの人なんだ。


 お姉ちゃんもそれに気付いている。

 だから、もっと、もっと強い感情を望んでいる。

 竜狩りさんたちを圧倒する程の力を。


「これは、想像以上ねぇ」


 初めて、エリーさんの動揺する声が聞こえてきた。


 流石のエリーさんも、竜狩りさんなら、お姉ちゃんをどうにかできると思っていたみたい。

 私だってそう思っていた。



 だけど、結果は、残酷だった。


「くっ!」


 お姉ちゃんの魔力に当てられて、レミィさんが吹き飛んだ。

 もうこれも、何回も見た光景。


 レミィさんの身体は、自己再生するようになっているけど、それも間に合わなくなっている。

 頭から血が流れて、足も振るえている。魔力も底を尽きかけていて、いつ倒れてもおかしくない状況だった。


「がはっ!」


 竜狩りさんは、お姉ちゃんの槍を紙一重で避けて距離を取る。でも、避けきれずについた傷は、もう数えきれないくらいにあった。


 永い時をかけて、竜の巫女を倒す方法を研修し続けてきた竜狩りさんは、確かに強い。

 お姉ちゃんに対する優位性が薄れてきている今でも、まだ戦うことができている。

 それでも、もはや、お姉ちゃんに対抗できる程の力はなかった。


 竜狩りさんも、剣を支えにして、なんとか立っているだけ。


 頑張ってほしい。

 だけど、ここから逆転できるとは、正直、思えなかった。


「忌々しい。その目が気に入らないのよ!」

「ぐはっ!」


 それでも諦めず、お姉ちゃんを睨む竜狩りさんに、お姉ちゃんは激しく苛立ち声を荒げて、蹴り飛ばした。

 そして、吹き飛んだ先に先回りして、竜狩りさんを踏みつける。


「ぐうっ!」

「憎い、憎い、憎い、憎い! 憎い!」

「ぐっ、がはっ! ぐあっ!」


 何度も何度も踏みつけるお姉ちゃん。


(もうやめて)


 声をかけたけど、やっぱり届かなくて、止めることはできなくて。


「はあぁぁぁ!」


 レミィさんが、全力の魔力を込めた拳で殴りかかってきたけど、お姉ちゃんはそれを片手で止めた。


「くっ。あぐっ!」

「邪魔よ」


 受け止めた拳を握りしめ、あまりの強さに、レミィさんは苦悶の表情だった。

 ビキビキと悲鳴を上げるレミィさんの腕が、ボキッと嫌な音を立てて、折れ曲がった。


「う、ああぁ!」

「あなたの相手は、私じゃないわ」


 そして、踞るレミィさんを、投げ飛ばす。そして、その先には、黒いオーラのドラゴンさんがいた。


 自己回復するだろうけど、それでも、しばらく片手は使えない。そんなレミィさんに、黒いオーラのドラゴンさんが迫る。


「くっ。きゃあぁ!」


 黒いオーラのドラゴンさんの炎が、レミィさんに襲いかかる。なんとか魔法で防ぐけど、もうほとんど残っていない魔力では、完全に防ぐことはできなくて、どんどんレミィさんの身体に火傷が残っていく。


「レミィ!」


 そんなレミィさんに、リリルハさんが駆け寄っていく。


「離れなさい!」


 リリルハさんは、氷の礫を黒いオーラのドラゴンさんにぶつけた。だけど、リリルハさんだって、もう限界に近い。ううん。限界を超えている。


 そんな攻撃じゃあ、黒いオーラのドラゴンさんには通用しなかった。


「あああぁぁ!」


 レミィさんの魔法が、少しずつ壊されていく。

 もし、あの魔法が完全に壊れたら、レミィさんは。


「くっ! やめなさい! やめてっ!」


 リリルハさんが何度も何度も、攻撃をするけど、黒いオーラのドラゴンさんは、全く意に介さない。

 リリルハさんに注意がそれることもなく、レミィさんだけを確実に仕留めるつもりなんだ。


(ドラゴンさん! やめて!)


 一瞬でも、気を紛らわすことができれば、レミィさんを救えるはずなのに、それすらも、お姉ちゃんによって、邪魔されていた。


「くっ。まずい」

「逃がさないわ」

「ぐあっ!」


 レミィさんを助けようと、竜狩りさんも動こうとするけど、それはお姉ちゃんが許さなかった。

 竜狩りさんを踏みつけて拘束し、魔法の槍を首に突きつける。


「あの人を仕留めれば、あなたは1人。どちらか1人だけが相手なら、万に1つも負けはないわ」


 お姉ちゃんは、竜狩りさんを睨みながら、レミィさんにも意識を向けていた。

 それは、レミィさんを確実に、殺すため。


 リリルハさんやエリーさんが、何か、この状況を打開する策を使ってくることを警戒してるから。



 だけど。


「も、申し訳、ありま、せん。リリルハ、さま、エリザベート、さ、ま」


 か細いレミィさんの声が、聞こえてきた。


 嫌。嫌、だよ。レミィさん。


「駄目! 駄目ですわ! レミィ! 諦めちゃ駄目ですわ!」


 リリルハさんは、黒いオーラのドラゴンさんへの攻撃をやめて、レミィさんを守っている魔法の補助に魔力を注ぎ込んだ。

 でも、それも、時間稼ぎにしかならない。


 黒いオーラのドラゴンさんが攻撃をやめてくれない限り、いつまで防御していても終わりはないのだから。


「あはは! あはははははは! 良い気味ね。あなたたちは、私からすべてを奪った。大切な存在を奪った。だから今度はあなたたちが、私にすべてを奪われればいいのよ!」


 お姉ちゃんが嗤う。

 レミィさんの魔法はほとんど壊されていて、残りはリリルハさんのものだけ。


 リリルハさんは、またリミッターを解除している。多分、死ぬまで、ずっと魔法を使い続ける気なんだ。


 ああ、駄目。

 誰も助けられない。


 竜狩りさんは動けない。

 レミィさんも動けない。

 リリルハさんも限界。

 エリザベートさんは、魔法を使えない。


 私も、何もできない。


 目の前で大切な人が死にそうなのに、私には何もできない。


 どうすることもできない。


 絶望。お姉ちゃんは、ずっとこんな感情だったのかな。

 胸が苦しくて張り裂けそうで、なのに、心が死んでしまったかのように、何も考えられなくなっていた。


 助けて。


 誰も、助けてくれる人なんていないってわかってるのに、思わず、願ってしまった。


 助けて。


 誰に願っているのか。神様に?

 ううん。誰でもない。

 ただ、心が漏れてしまっただけ。


 助けて。


 何度願った所で、現実は変わらない。


 助けて。


 諦めたくなくて、ただ、その一心で願う。


 助けて。




 そう願った、時。


「ねぇ。あなたは、アリスちゃんのことぉ、どう思ってるのかしらぁ?」

「……は?」


 そんな中、エリーさんは、いつもの調子でお姉ちゃんに尋ねる。

 流石に、お姉ちゃんも呆気に取られていた。


 だけどすぐに警戒を強めた。

 エリーさんが、何も考えずにこんなことを言ってくるとは思えないからだ。


「どういう意味かしら?」


 竜狩りさんの反撃を警戒しながら、お姉ちゃんがエリーさんに尋ね返した。


「そのままよぉ。あなたはぁ、アリスちゃんのことをぉ、どう思ってるのぉ? 私たちと同じ、憎むべき人間なのかしらぁ?」

「そんな訳ないっ!」


 びっくりした。

 お姉ちゃんは、エリーさんの言葉に、すごい勢いで反応した。

 それも否定で。


 お姉ちゃんは、エリーさんを恨めしそうに睨み付ける。


「アリスは、ドラゴンさんたちと一緒よ。私にとって、誰よりも大切な存在。だから、何があっても、あの子は私が守る」

「でもぉ、アリスちゃんはこんなこと望んでないと思うわよぉ?」

「ええ、そうね。でも、人間は変わらない。あの子は必ず、人間に傷付けられる」

「あの子が、あんなにもぉ、人間のことを信じているのにぃ?」

「ええ。そうよ。あなたのような小娘とは、見てきた世界が違うのよ。この世界は、どこまでも醜いのよ」


 エリーさんを小娘というお姉ちゃんは、確かに、エリーさんや私とは比べ物にならないくらい、永い時の中で、この世界を見てきた。

 そんなお姉ちゃんに、私たちが見てきた世界を伝えても、それは歴史のごく一部に過ぎない。


 それを信じてくれ、というのは、あまりにも根拠がないのかもしれない。少なくとも、お姉ちゃんは、そう思ってるんだと思う。


「ふふ。小娘なんて、久しぶりに言われたわぁ。そうねぇ。あなたに比べたらぁ、私はこの世界のことを知らないのかもしれないわぁ」


 だけど、エリーさんは、余裕そう。

 エリーさんは、何がしたいんだろう。


 時間稼ぎ?

 ううん。でも、時間稼ぎをした所で、何も変わらない。


 考えても答えはでないけど、エリーさんの話は続く。


「でもぉ、アリスちゃんはぁ、こんなことされてぇ、悲しいと思うなぁ」

「うるさいっ! 言われなくてもわかってる! でも、あの子が一時、悲しい思いをしてでも、私のような目にさえ逢わなければいい。それだけよ」


 お姉ちゃんの感情が私にも伝わってくる。


 わかってる。

 お姉ちゃんは、ただこの世界を支配したいから、人間を滅ぼそうとしてる訳じゃないって。


 この世界を優しい世界にするために。

 私やドラゴンさんのために。

 より良い世界を作るために、こんなことをしているんだって。


 やり方は間違ってると思う。

 だけど、お姉ちゃんには、お姉ちゃんの正義があって、そのためにやってるんだって。


「あなた程度ではわからない。この世界の大義を。私は私の信じる道を歩く。アリスなら、いつかはわかってくれると思うから」


 お姉ちゃんは、どんなに怒っていても、やっぱり私のことは見捨てない。どんなことがあっても、私のことを想ってくれる。


 私だって、お姉ちゃんを助けたい。

 でも、それと同じくらい、みんなを助けたい。


 誰か1人じゃなくて、みんなを。

 そのための力がほしいのに。


 私には何もできない。

 私は無力だ。


 みんなが、こんなに自分の正義のために戦っているのに、私には何もできないんだから。


「そう。それが聞けてぇ、安心したわぁ」


 そう思っていた時、エリーさんからホッとしたような声が聞こえてきた。

 その声は、今までの何かを隠すような余裕を見せる笑みではなくて、本当に安心したような声で、笑顔だった。


「どういうこと?」

「あなたにも、大切な存在がいるようにぃ、アリスちゃんにもぉ、大切な存在はいるのよぉ。そして、その存在もぉ、あなたと同じようにぃ、アリスを守ろうとしてるわぁ。私だったりぃ、リリルハだったりぃ、レミィだったり、ここにいない人だって、たくさん。あなたにも、その気持ちがわかるのよねぇ」


 お姉ちゃんが黙る。

 そして、ハッとした様子で、空を見上げた。


 それに、エリーさんはニヤッと笑う。


「そう。それは、人だけではないわぁ。ドラゴンさんも、その気持ちは同じよぉ」

「くっ。しまったっ!」


 そこには。

 そこには、1頭の白いドラゴンさんがいた。


 懐かしく、安心するような、見慣れたような、白いドラゴンさん。


 私といつも一緒にいてくれた、ドラゴンさんだった。


(ドラゴンさん!)

「グオオオオオン!」


 届いていないってわかってるけど、ドラゴンさんは、私の声に反応してくれているように思った。


 ああ、よかった。

 ドラゴンさんが来てくれたんだ。


 それに、エリーさんは、満足そうに笑い、そして、告げる。


「さぁ、反撃開始よぉ」

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