第125話

「ぐふっ。お、お姉さま。呼ぶなら、呼ぶで、先に言ってくださいまし」

「あらぁ。せっかく呼んであげたのにぃ、そんなこと言うのぉ?」


 リリルハさんは恨めしげな目をエリーさんに向けている。その顔からは血の気が引いていて、まだ万全とは程遠いみたい。


 心配そうにシュルフさんが支えられているけど、リリルハさんは、エリーさんよりも、気になる人がいるみたい。


 それはもちろん、レミィさんなんだけど。


「レミィ。あなた、今まで何処にいたんですの!」


 レミィさんは、私を信じられないと言って、私たちの元から離れて行ってしまってから、ずっといなかった。

 何処に行ったのかもわからなかったし、私だって、こんな所で再会して驚いていたくらいだ。


 リリルハさんが驚くのも無理はない。


 だけど。


「ちょっと、生死の境に」

「はぁ?」

「今は、詳しい話をしている暇はありません。早く、竜の巫女を止めなければ。アーデル」

「はい。レミィさん」


 シュルフさんも、少しだけ言いたいことがありそうな顔だったけど、今はそんな場合じゃないと割りきったのか、何も言わず、レミィさんに返事をしていた。


「あなたは、ここの避難してきた人たちをこのままここから遠ざけなさい。貴族や大臣はあなたの言葉に従うようにしているから簡単でしょう?」

「……わかりました。ですが、これが終わったら、しっかりと説明してもらいますよ?」

「ええ、いいわ」


 シュルフさんはすぐに、避難してきた人たちの指揮を取って、避難の準備をした。


「あなたたち2人もよぉ。手伝いなさぁい」

「なんだと? 竜の巫女はいいのか?」


 ウンジンさんとライコウさんに、避難の準備のため、この場を離れたシュルフさんを追うように指示を出したのはエリーさんだった。


 ウンジンさんは、納得がいかない顔をしていたけど、ライコウさんがそんなウンジンさんの肩を引く。


「まあ、さっきの攻防でわかったよなぁ。俺たちじゃあ、あいつには、歯が立たないってなぁ」

「……ちっ」


 悔しそうに舌打ちをするウンジンさんは、私たちの方を睨んで、背中を向けた。


「それにぃ。魔族に会わないなんて保証もないわぁ。しっかりと守ってあげてねぇ」

「あぁ。報酬は追加で頼むぜぇ」

「今回は仕方がない。素直に認める」


 エリーさんに声をかけられて、軽く返事をしてから、2人はシュルフさんの後を追いかけていった。


 そうして残ったのは、エリーさん。レミィさん。リリルハさん。そして、竜狩りさん。


「準備はできたのかしら?」


 黙ってその一連の動きを見ていたお姉ちゃんは、落ち着いた頃合いを見て声をかける。


「えぇ。待っててくれるなんてぇ、あなたも優しいのねぇ」

「何をしようが、あなたたちを逃がすつもりはないわ。なら、焦る必要なんてないでしょう?」


 目線を交わし合うお姉ちゃんとエリーさん。

 お姉ちゃんに勝てる訳なんてないのに、エリーさんは、あくまでお姉ちゃんと対等に対峙している。


 でも、さっきまでとは違って、エリーさんの所には竜狩りさんがいる。しかも、さっきは隙をついて逃げられたけど、今の竜狩りさんには、一縷の隙すらなかった。


 例え、魔法を使ったとしても逃げることは難しいだろう。


 まあ、お姉ちゃんは逃げるつもりなんて、全くないみたいだけど。


「とりあえずぅ、戦えるのはぁ、あなたたちだけだしぃ、頑張ってねぇ」

「本当に、人使いの荒い女だ」

「えぇ。まあ、それがエリザベート様なので」


 エリーさんに言われたのは、竜狩りさんとレミィさんだった。

 そして、エリーさんは前に出ようとしていたリリルハさんの手を掴んで止める。


「ち、ちょっと、私も戦えますわよ」

「あらぁ。無理は駄目よぉ? もう動くのも限界なのにぃ」


 確かに、リリルハさんはもう無理に無理を重ねすぎている。ここでもきっと無理をするだろうから、エリーさんが止めてくれて良かった。


 それに、エリーさんの手も振り払えないくらいなんだから、相当疲れきっているのは、誰が見ても明らかだろう。


 だけど、それでもリリルハさんは、一歩も引こうとしなかった。


「それでも私は、竜の巫女を許せないんですの。あの人は、アリスを、アリスを、消してしまったんですのよ!」

「っ! なっ! ア、リス様を?」


 レミィさんも驚いて私たちの方を見る。

 お姉ちゃんは、嘲笑うような顔で、レミィさんたちを見下ろした。


 その顔に、リリルハさんが怒りを滲ませた顔で睨んでくる。

 私のために怒っているというのはわかっているけど、お姉ちゃんを通してでも、リリルハさんの怒った顔を見るのは恐かった。


 私は消えた訳じゃなくて、お姉ちゃんに取り込まれただけ。私の意思もしっかり残っているよ。

 そう、リリルハさんたちにも伝えたかったけど、残念ながら、それを伝える方法はなかった。


 しかも、お姉ちゃんは完全に私に怒っているみたいで、呼び掛けても返事は来ないし、私の干渉は、すべてを防がれているみたいだった。


 さっきまでみたいに、気を紛らわせたら、とか、そんな生易しい感じではなく、何が起きても決して揺らぐことのないような遮断。


 魔法も使えなくなってるし、本格的に私は何もできなくなっていた。


 だから、私のことをみんなに伝えたくても伝えられなかったんだ。


 だけど。


「あぁ。なるほどねぇ。だからかぁ」


 こんな時でも、エリーさんの声は間延びしていて、緊張感の欠片もない。

 だけど、エリーさんの目は、そんな声とは裏腹に、何かを見抜くように鋭いものだった。


 そして、その口から告げられたのは。


「それならまだ間に合うと思うわぁ。アリスちゃんならぁ、あの子の中にぃ、まだいると思うわぁ」

「え? どういうことですの?」


 リリルハさんは困惑していたけど、私も驚いていた。確かにそれは、私が伝えようとしていたことだけど、何も言っていないのに、それが伝わるとは思ってなかったから。


 だけど、エリーさんには確信があるようで、かなりはっきりと説明してくれた。


「ふふ。さっきねぇ、竜の巫女が変な行動をしたのよぉ。いきなり、ドラゴンたちを退けてくれたのよねぇ。その行動とぉ、あなたの話を聞いてぇ、ピーンと来たのよ」


 そこまで言って、レミィさんも気付いたみたいだった。


「つまり、竜の巫女の内にいるアリス様が、私たちを助けてくれた、と?」

「えぇ」


 すごい。エリーさん、大正解だ。

 確かに、さっきのドラゴンさんたちを取り込んだ行動は、お姉ちゃんなら絶対にしない。


 他のみんなは驚きであまり深く考えられてなかったみたいだけど、エリーさんだけは、その理由を推測していたみたい。


「じ、じゃあ、まだアリスは?」

「えぇ。竜の巫女の中にいるんでしょうねぇ。どういう理屈かはぁ、わからないけどぉ」


 その言葉に、リリルハさんは、ガクッとその場にへたり込んだ。

 レミィさんがそれを支えるけど、リリルハさんの顔は嬉しそうに笑っていた。


「そうなんですのね。まだ、間に合うんですのね」

「そうよぉ。だからぁ、私も万全を期したいのよぉ。ほとんど動けないあなたにぃ、邪魔されたくないのよねぇ」

「その言い方は気に障りますが、まあ、その通りですわね」


 リリルハさんはムッとした顔をしつつも、諦めたように溜息を漏らした。

 そして、懇願するようにレミィさんを見る。


「レミィ。お願いできますの?」

「えぇ。この命に代えても」

「それは認めませんわ。2人とも、生きて私の元に帰ってきて」


 リリルハさんなら、そういうと思った。

 レミィさんも、心の底では同じように思っていたようで、苦笑いを浮かべていた。


「難易度の高いことをさらっと言いますね。わかりました、善処します」


 そう言うレミィさんだけど、その顔は嬉しそうににやけていた。


「おい。無駄話はそのくらいにしろ」

「無駄話じゃないわぁ。ふふ。これも、必要なことなのよぉ」


 竜狩りさんに悪態をつかれても、エリーさんは気にしてない様子。


 そんなエリーさんに、竜狩りさんも、諦めたみたい。竜狩りさんも、エリーさんには敵わないんだね。


「まあいい。いくぞ」

「ええ、お願いします、竜狩り様」


 そして、竜狩りさんとレミィさんが、同時に攻撃を仕掛けてきたのだった。

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