第124話

「あなたは……」

「初めまして、竜の巫女様。私はレミィという者です。以後、お見知りおきを」


 ガキンッとお姉ちゃんを押し飛ばして、レミィさんはエリーさんを抱え後ろに飛んで逃げた。


 レミィさんの右腕は黒い鱗のようなものに覆われていて、ううん。それ以上に、レミィさんの体の半分近くが、人とは思えないような、黒々とした鱗に覆われていた。


 背中には翼まで生えていて、どう見ても、普通の人には見えない。


 前にも黒い鉤爪のような手は見たことがあったけど、ここまで人と違う姿を見たのは初めてだった。

 見た目だけなら、魔物にも見えてしまうくらいに、レミィさんは黒々としていた。


「あなた、魔人だったのね」


 そっか。魔人。

 そうなんだね。


 お姉ちゃんも、レミィさんを見て、普通の人と違うとわかったらしい。しかも、その正体まで、わかったみたいだ。


 魔人。人に似た姿をした、魔族。

 まさか、レミィさんがそうだったなんて。

 でも、今のレミィさんの姿を見れば、そうとしか考えられなかった。


 お姉ちゃんの問いかけに、レミィさんは少しだけ訝しげな顔をした。


「不思議な言い方ですね。前から私のことを知っているかのような」

「ふふ。アリスちゃんのお姉ちゃんだしぃ、そこら辺の記憶は共有してるんじゃなぁい?」

「あぁ、なるほど」


 エリーさんの言葉に、レミィさんは納得したように私たちの方を見た。


「えぇ、その通りです。私は、魔人です。エリザベート様に、命を救われ、リリルハ様に心を救われた、哀れな魔族です。ですが、この力は、私にとって、主を守る大切な力です。例え、竜の巫女が相手でも、私の大切な人たちは、守り抜いてみせます」


 レミィさんは、鋭く私の方を睨むと、黒い炎のようなオーラを纏った。そして、それを球体にまとめると、そのままこちらに投げてくる。


 お姉ちゃんは右手でそれを受け止めるけど、受け止めた瞬間、その球体が弾けて、黒い炎が私たちを包み込んだ。

 熱く、はない。


 だけど、それは魔法で防御しているから。

 もし、していなかったら、火傷じゃ済まなかった。お姉ちゃんは、平然と防いだけど、鉄でも溶けそうな超高温だ。お姉ちゃんは、今までの油断をなくして、レミィさんを警戒している。


 それ程、レミィさんの魔法は、今まで見てきた中でも、圧倒的に強かった。

 ううん。魔法だけじゃない。そもそも、お姉ちゃんが警戒するくらい、強いんだと思う。


 それこそ、竜狩りさんを除けば、1番かもしれないくらいに。


 お姉ちゃんは、右手で炎をなぎ払い、それによって発生した暴風は、他な人たちにも向かっていた。


 だけど、その暴風は、その人たちには届かない。レミィさんの魔法は、常に広範囲に展開している。それは、人たちを守る簡易的な防御魔法。

 この暴風も、そんなに弱い攻撃じゃないんだけど、本気で壊そうとしないと、効かないみたい。


 だけど、その効果は多分、副産物的なもので、本当の効果は。


「なるほど。あなたがいたから、簡単に、その人間たちを逃がすことができたのね」

「さあ? 何のことでしょうか?」

「その人間たちを洗脳したんでしょう? まあ、権力者さえ操れば、それ以下の人間は、簡単に従うでしょうし、あなただけなら、簡単に侵入できるわ」


 レミィさんは肯定しなかったけど、多分、間違いないと思う。

 エリーさんも面白そうに笑っているし、隠そうとも思ってないんだろうけど。


 レミィさんの魔法は、人を洗脳することができるものだ。確かなことは調べられないけど、ほぼ間違いないと思う。


 これだけの人を従えて避難するなんて、どうやったんだろうと思ってたけど、そういうことだったんだ。


 お姉ちゃんが言うみたいに、レミィさんが単身で国に潜入し、みんなに指示を出せるような人たちを洗脳する。

 そして、エリーさんはエリーさんで、軍を率いて、国に攻め込む。

 そこで、レミィさんが洗脳した人たちが、すぐに降伏を宣言すれば、被害もなく、簡単に国を攻め落とすことができる。


 後は、洗脳した人たちと共に、避難するように指示を出せば、かなりスムーズに避難ができる。

 普通に戦争をしても、ここまで早く避難することなんてできない。だけど、この方法なら、それも可能だ。

 そして、レミィさんなら、それができる。


「竜狩り以外に、こんなに邪魔してくる人間、いえ、魔族がいるとはね」


 お姉ちゃんは、黒いオーラのドラゴンさんに目配せをする。


「グオオオオン!」


 それに反応した黒いオーラのドラゴンさんは、レミィさんに向かって飛びかかった。


「させん!」


 そのドラゴンさんの爪を、突然飛び出してきた、ウンジンさんが受け止めた。


「そらよぉ!」


 そして、その隙をついて、ライコウさんが黒いオーラのドラゴンさんのお腹に斬りかかった。


 すんでの所で、それを避けた黒いオーラのドラゴンさんは、2人から距離を取る。そして、光線のように炎を吐いた。

 だけど、その炎をウンジンさんは、力任せに剣で弾いてしまった。


 ライコウさんは、ウンジンさんに攻撃を受けさせて、空を飛ぶ黒いオーラのドラゴンさんまで、ジャンプした。

 凄まじいジャンプ力だけど、多分、魔法の影響を受けている。


 黒いオーラのドラゴンさんは、さらに空高く飛び上がった。そのせいで、レミィさんからは距離が離れている。


「雑魚のくせに邪魔よ」


 お姉ちゃんがドラゴンさんたちに指示を出した。

 それに従って、ドラゴンさんたちがみんな、レミィさんたちに襲いかかる。


 流石にレミィさんたちの顔も険しい。

 そうだよね。これだけの数を相手にするのは、かなり厳しいと思う。


 騎士団の人たちもいるけど、それだけではこの実力差は覆らない。


 なんとかしないと。


 そう思った時、お姉ちゃんの注意が、私からそれていることに気が付いた。


 それもそうだよね。これだけ、強い人たちが現れたら、流石のお姉ちゃんでも、私への注意は疎かになるよね。


 だけど、そのお陰で、私は少しだけ魔法を使えた。そして、今の私は、お姉ちゃんが使えた魔法を使うことができる。

 お姉ちゃんのような魔力はないけど。


 だけど、私がお姉ちゃんに取り込まれてから、今までにないくらい、お姉ちゃんは私から目を離している。もしかしたら、今なら、お姉ちゃんの魔力も少し使えるかも。


 使う魔法は、あれ。


 今の状況を覆せるとしたら、あれしかない。


 私は魔力を込める。あの魔法を使うために、お姉ちゃんの魔力を、奪った。


「え? まさかっ!」


 お姉ちゃんはすぐに気付いたみたいだ。

 でも、もう遅いよ。


 私はドラゴンさんたちを、魔法で包み込んだ。

 そう。お姉ちゃんが眠りについたドラゴンさんたちを取り込んだように。


 今まさに攻撃をしようとしていたドラゴンさんたちを問答無用に取り込んだ。


 取り込めなかったのは、黒いオーラのドラゴンさんだけ。だけど、黒いオーラのドラゴンさんも、いきなりの出来事に驚いて、攻撃をやめちゃった。


「これ、は?」

「何が、起きた?」

「なんだぁ? 罠かぁ?」

「……へぇ?」


 驚いたのは、黒いオーラのドラゴンさんだけじゃない。


 レミィさんやウンジンさん、ライコウさんに加えて、エリーさんすら、驚きの表情をしていた。


「あぁ。そう。アリス。そこまで、私を邪魔したいのね」


 ダランと、お姉ちゃんは力なく手を下ろした。

 そして、疲れたように溜息を漏らし、私に話しかけてきた。


(お姉ちゃん。ごめんなさい。でも、やっぱり、私はお姉ちゃんをとめなくちゃいけないの)

「ああ、そう。そうなのね。わかったわ、アリス。ふふ。そう。ふふ、ふふふふ」


 お姉ちゃんは、笑った。

 不気味なくらい、楽しげに笑った。


「あははははは。そう。そうなのね。そう。ああ、そうね。そうよ。やっぱり、私のことがわかるのは、私だけなのね。そうよ。そう。私だけ。この世界に、私の味方なんて、誰もいない。誰も、私を助けてくれない。私を救ってくれない。理解してくれない。そうよ。昔からずっとそう。そして、これからも。誰も、誰も!」


(お姉ちゃん、ちがうよ! 私は、お姉ちゃんをたすけたいから!)


 だけど、もう私の声は聞こえてないみたい。


 お姉ちゃんは、レミィさんたちを睨み、全力の魔力を溜める。

 私の妨害も、全く通用しない。


 これまでで1番の魔力に、ただ溜めているだけで、空間が軋む音がした。


「エリザベート様。この魔力は」

「何が起きたのかはわからないけどぉ、ちょっとまずい感じぃ?」

「とんでもなくまずい感じです。私の魔力だけでは防げません」

「あらぁ。それはまずいわぁ」


 レミィさんは焦っているけど、エリーさんはまだ余裕みたい。いや、そう見えるだけなのかな。

 わからないけど、どちらにしても、お姉ちゃんの魔法は、レミィさんが言うように、誰にも止められない。


 今まで、本気で魔法を使ってこなかったお姉ちゃんだけど、今の魔力は、本気も本気。

 この場のすべてを破壊し尽くすような魔法だ。


 私も邪魔できないし、どうすることもできない。


 なのに。


「さっきのは驚いたけどぉ。また同じことが起きないかしらぁ」

「何を期待してるんですか。早くお逃げください!」


 やっぱりエリーさんは、余裕そう。

 こんな時でも余裕って、本当にエリーさんって謎。リリルハさんとは似ても似つかない性格をしてるな。


 なんて、今はそんなことどうでも良かった。

 本当になんとかしないと。


「終わりよ。私自らが、あなたたちを滅してあげるわ」


 そして、魔法は完成してしまった。

 お姉ちゃんは、その魔法を展開する。


 それは、大規模な魔方陣を組み上げて、雨のように光線が降り注ぐ。そういう魔法だった。


 そしてそれは、今まさに降り注ぐ。


 という所で。


「ふふ。私にもぉ、奥の手はあるのよぉ?」

「……何?」


 エリーさんの言葉に、お姉ちゃんが警戒を強める。そして、エリーさんに視線を向けると、エリーさんは、何か見た覚えのある四角い箱を持っていた。


 それは、いつだったか、アジムさんが私にくれた、あの箱だ。


「さあ、来なさい。竜狩り」

「っ! あぁ、忌々しい!」


 箱から白い光が放たれた瞬間、お姉ちゃんが魔法を取り止めて、転移の魔法に切り替えた。


 だけど、魔法が展開されるまで、一瞬の間がある。その僅かな時間で、竜狩りさんが、その四角い箱から転移してきた。


「む? これは、そうか」


 本当に一瞬だけ困惑したような顔をした竜狩りさんだけど、お姉ちゃんを見た瞬間に、すぐにこちらに飛び込んでくる。


「くっ!」


 竜狩りさんの剣は、お姉ちゃんの転移魔法を阻害して、転移ができなくなった。攻撃自体は避けられたけど、逃げるのは難しそう。


 その間に、エリーさんが、さらにいくつかの箱を取り出す。


 そして、箱が起動して、そこから現れたのは、シュルフさんと、肩を抱かれるリリルハさんだった。


「さあ、総力戦よぉ」


 そう言うエリーさん。


「ああ、忌々しい。忌々しい! いいわ、もう、いいわ。竜狩りだろうが、すべてを蹴散らしてあげるわ!」


 そして、それに言い返すお姉ちゃん。


 そうだ。ここまで来たら、もう止まらない。

 最後の戦いが今、始まるんだ。

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