第123話

「そう。見つけたのね」


 お姉ちゃんの声が、静かに響く。

 ドラゴンさんたちを総動員して、避難している人たちを探し始めたお姉ちゃんに、その報告は来た。


 それは、大規模に移動する集団を見つけたとのことだった。

 まず間違いなく、避難している人たちだろう。


 その報告を心待ちにしていたお姉ちゃんは、嬉しそうにドラゴンさんから報告のあった場所に向かう。


 今のところ、まだ私の声をお姉ちゃんに届けることはできていない。

 色々と魔法を試してみたりしてるんだけど、やっぱりお姉ちゃんには敵わないみたい。


 だけど、お姉ちゃんが焦った時や気を取られた時は、私の声が聞こえるということがわかってるから、それを狙ったりもしている。


 避難している人たちが見つかる前に何とかしたいと思ってたんだけど、それは間に合わなかったみたい。

 だけど、どこでチャンスが来るかわからないから、常に集中しておかないと。


 ◇◇◇◇◇◇


 報告にあった場所は、それ程離れていない所にあった。


 お姉ちゃんが予想していた通り、避難している人たちの数はかなり多い。そう素早く動けるはずもなくて、簡単に見つかったみたいだった。


 そのまま攻撃することもできたみたいだけど、ドラゴンさんたちは、お姉ちゃんの指示を待った。


 お姉ちゃんはかなり怒っていて、勝手な行動をするべきじゃないと、ドラゴンさんたちも思ったんだと思う。


 その証拠に、お姉ちゃんは、自分から避難している人たちの元にこうして来たんだから。


 少し離れた所に見える人たちに、お姉ちゃんは冷たい視線を送っていた。


「私を裏切って逃げた報い。受けてもらうわ」


 ヤマトミヤコ共和国は、お姉ちゃんが復活するために作られた国。

 そこに住む人たちは、お姉ちゃんにとっては道具でしかない。だから、お姉ちゃんは、ヤマトミヤコ共和国の人たちを傷付けることに少しも躊躇がない。


 だけど、自分を裏切ることは、決して許さなかった。誰一人として、信じてなんていないのに。


「グオオオオオン!」


 ドラゴンさんの雄叫びが、遥か彼方まで響き渡った。


 避難している人たちも、一気にこちらを向く。

 ドラゴンさんたちが来たと気付いたんだ。


「う、うわあぁぁぁ! 本当に、本当に来たぁ!」

「おぉ、そんな。我々は、本当に」

「助けて! まだ死にたくない。死にたくない!」


 人々は、突然現れたお姉ちゃんたちに、パニックになっていた。


「憐れね。最期まで、私を信じていれば、幸せなまま死ねたのに」


 逃げ惑う人たちを眺めながら、お姉ちゃんは吐き捨てるように言った。

 そして、ドラゴンさんたちの前に立ち、静かな声音で、口を開く。


「この集団を先導したのは誰?」


 逃げ惑う人たちの悲鳴や怒号をかき消して、お姉ちゃんの声が響く。そんなに大きな声を出した訳でもないのに、その声ははっきりとその場に聞こえた。


 お姉ちゃんの声を聞いて、人たちは固まる。

 そして、ゆっくりとその視線がある一点に集まっていった。


「ふふ。はぁい。私よぉ」


 間延びしたような声が聞こえてきた。


 その声は聞いたことのある声で、久しぶりに聞く声だった。


「あなたは」


 お姉ちゃんは、この人にあったことがない。

 だけど、多分、私の記憶で見たことがあるはず。だからこそ、お姉ちゃんは、少しだけ眉間にシワを寄せたんだと思う。


「ふふ。初めまして。私は、エリザベート・デ・ヴィンバッハ。ウィーンテット領国の大領主、アドルフの娘よぉ」


 そう。

 そこにいたのは、リリルハさんのお姉さん。

 エリザベートさん。


 エリーさんだった。


「エリー、ね」

「ふふ。あらぁ? その呼び方、あなたに許可した覚えはないけどぉ?」


 エリーさんは、面白そうに笑っている。

 お姉ちゃんに対して、そんな態度を取る人を見たことがなくて、私は驚いた。


 エリーさんは、いつもと変わらない様子で、お姉ちゃんの前に立つ。


「それよりぃ、直々に現れるとは思わなかったわぁ。もしかしてぇ、私たちを殺しに来たのぉ?」


 ピクピクと眉を動かすお姉ちゃん。

 かなりイライラしているみたい。


 普段、こんな態度を見せる人なんていないだろうから、余計腹が立っているのかも。


 それにしても、エリーさんもすごい人だな。

 普段から飄々とした人だけど、お姉ちゃんを前にしてもそれが変わらないなんて、相当肝が据わってるとしか思えない。


 仮に何も考えてないような人だとしても、お姉ちゃんを前にしたら、本能的に萎縮しちゃうだろうから。


 それに、何だかんだと言って、これだけの人たちを先導できるような手腕の持ち主なんだから、すごい人であるのは間違いない。


 お姉ちゃんもそう思い至ったのか、自分を落ち着かせるように、少しだけ息を吐いて、エリーさんを睨み付けた。


「ええ、その通りよ。よくも邪魔してくれたわね」

「ふふ。邪魔? 私はただぁ、我が国に攻めてきた国を返り討ちにしただけよぉ。攻めるだけ攻めてきてぇ、自分の国の守りはお粗末だったわねぇ」

「……どういうこと?」

「あなたの国はぁ、私が攻め落としたわぁ」


 そう言うと、エリーさんの後ろから、騎士団の人たちが前に出てきた。

 でもその中に、騎士団の人ではない、だけど、見知った人の姿もある。


「これは、凄まじい魔力だな」

「あぁ、そうみたいだなぁ。こりゃあ、契約外じゃねぇのかぁ?」

「そう言いたい所だが、ここに来て、逃げることもできんだろうな」


 そこにいたのは、ウンジンさんとライコウさん。2人は、エリーさんを守るように、囲んでいる。


「ふふ。ここまで来たらぁ、やるしかないわぁ。まぁ、報酬は割り増ししてあげるからぁ。頑張ってねぇ」


 エリーさんが言うと、騎士団の人たちも、連携を取って防御を固め始めた。中には魔法を使える人たちもいるみたいで、魔法による防御も張っている。


 少ない人数。だけど、ここには、確かにウィーンテット領国の騎士団の人たちがいる。つまりは、軍事力があった。


 そうか。

 お姉ちゃんは、ウィーンテット領国を攻め落とすために、ヤマトミヤコ共和国の戦力をすべて投入していた。だから、自分の国を守る戦力なんて残してなかったんだ。


 もちろん、それもお姉ちゃんにはどうでもいいことだったんだろうけど、その隙に、エリーさんが、ヤマトミヤコ共和国を攻め落として、こうして避難させているんだ。


 1日2日でできることだとは思えないけど、実際に、それをやってのけたってことなんだ。どうやったのかは知らないけど。


「ふふ。そう。大したものね」


 そんなエリーさんに、お姉ちゃんは少し驚いているみたいだけど、まだまだ余裕のある声だ。


 それもそうだよね。

 ここにいるのは、ウィーンテット領国を守っている騎士団の人とは比べ物にならないくらい、少人数しかいない。


 かたやこっちは、ウィーンテット領国を攻めていたドラゴンさんたちよりも、さらに多い数がいる。


 勝負になるはずがなかった。

 なんとかしないと、と、魔法で妨害しようとしたけど、やっぱりお姉ちゃんに阻まれて、何もできなかった。



 そんなことをしている間に、ドラゴンさんたちの攻撃が、エリーさんたちに襲いかかる。

 騎士団の人が魔力を固めるのが見えたけど、その程度じゃどうにもならない。


 そんなことより、早く逃げて。

 そう叫んでみたけど、そんな声が聞こえるはずもなかった。


 私に見えるのは、お姉ちゃんと同じ景色だけ。


 私の意志で見る見ないを決めることはできなくて、だから、エリーさんたちが攻撃されるのを、私は目を離さずに見ていた。


 だけど、そこで見た光景は、私の予想したものとはかけ離れているものだった。

 そしてそれは、お姉ちゃんも同じ。


「は?」


 ドラゴンさんたちの攻撃は、騎士団の人たちの防御魔法に弾かれて、互いの攻撃がぶつかり合い、打ち消しあっていた。


 ドラゴンさん全ての攻撃を受けて、誰一人傷付いていない。私にとっては嬉しいことだけど、正直、信じられなかった。


 だって、ウィーンテット領国では、騎士団の人たちが総出で、やっとドラゴンさんの攻撃を防いでいたのに。


「ふふ。そんなに驚くことかしらぁ? こんなのぉ、攻撃の向きを少しそらすだけでぇ、簡単にできるわぁ」


 えーっと。

 それは簡単なことじゃないような。

 まず、少しそらすというのが難しい。それに、そのそらした先に攻撃が来るように計算するのも難しい。


 だって、ドラゴンさんの攻撃が来るまでは、何処に向かって攻撃するのかもわからないし、わかってから指示出したんじゃあ、間に合う訳がない。


 それを簡単にやっているのなら、エリーさんは普通じゃない。


 そう思い至って、私とお姉ちゃんは、同時に気付く。


「まさか、私の攻撃を読んでいるの?」

「ふふ。あなたってぇ、直情的よねぇ? 人が多い所に攻撃すると思ってたわぁ」

「っ! 舐められたものね」


 そうか。

 お姉ちゃんは、攻撃を誘導されていたんだ。


 確かに避難してきた人たちは、所々塊になっている。パニックになって、集まってしまっただけかと思っていたけど、事前に打合せされた動きだったんだ。


 攻撃をさせる場所を誘導して、あらかじめ設置されていた大規模魔法で軌道をずらす。それならば、できないことはない。

 それでも、難しいとは思うけど。でも、さっきよりは、現実的な作戦だ。


 最初にみんなが慌てていたのも、それに気付かせないための演技。そう言えば、声を出していたのは、数人しかいなくて、残りは言葉にならない悲鳴しかあげていなかった。


 ということは、あの声をあげて慌てていた人たちも、エリーさんの指示通りに演技をしていただけとなんだね。


「ふふ、いいわぁ。その表情。最高ねぇ」


 それ、悪役が言う台詞だよ、エリーさん。


 エリーさんの満足げな笑顔に、お姉ちゃんの怒りが最高潮になっているのが伝わってくる。

 煮えたぎるような怒りが、胸の中に溢れてくる。


「いいわ。いいわ。もう容赦はしない。まずはあなたから、消してやるわ!」


 お姉ちゃんは、ドラゴンさんたちに指示も出さず、エリーさんに飛び込んでいく。


「ぬん!」

「おらぁ!」


 そんなお姉ちゃんを、ウンジンさんとライコウさんが止める。

 だけど。


「邪魔よ!」

「ぐあっ!」


 少し魔法の圧力をかけるだけで、2人は遥か遠くまで吹き飛ばされてしまった。

 そして、勢いを止めることなく、エリーさんの首をめがけて、お姉ちゃんが突っ込んでいった。


 エリーさんは、余裕の笑み。

 ううん。多分、認識なんてできない。

 ウンジンさんとライコウさんがすごかっただけ。騎士団の人たちだって、ほとんど動けてないんだから。


 逃げて、なんて言っても間に合わないよね。

 どうしようどうしようどうしよう。

 何かしないと。


 ガキィン。


 何もできずにただただ焦っていると、鈍い金属音が聞こえた。


「……ちっ!」


 お姉ちゃんの攻撃は止められた。


 誰に?

 エリーさんではない。


 エリーさんは、自分の喉元に迫るお姉ちゃんを見ても、まだ余裕そうだった。


 それは、エリーさんを助けた人を信頼しているからなんだろう。


 その人は、黒い鉤爪のような手で、お姉ちゃんの攻撃を防いでいる。メイド服を着た女性だった。


 そう。その人は。


「ここは通しませんよ」


 レミィさんだった。

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