第122話

 私たちが転移してやってきたのは、何処かの山だった。見覚えのある山。

 そう。それは、私が初めて目覚めた山だった。


 お姉ちゃんは、眠りにつくドラゴンさんたちを撫でて、その様子を確かめていた。


 その間に試してみたけど、やっぱり私の声はお姉ちゃんには聞こえないようになっているみたい。

 多分、お姉ちゃんが意図的に私の声を聞こえないようにしてるんだ。私が邪魔をしてくるって、わかってるから。


 お姉ちゃんが確かめた様子は私にも伝わってくるけど、ドラゴンさんたちの眠りは、そんなに深くはないみたい。


 だけど、お姉ちゃんのどんな魔法も弾いているようで、無理やり起こすことはできなさそうだった。


「忌々しいわ。どこまでも私を邪魔するのね。竜狩りというのは」


 今、起きているのは、お姉ちゃんとずっと一緒にいた黒いオーラのドラゴンさんだけ。


「まあいいわ。そんなに慌てる必要もないし、自然に起きるのを待てば」


 お姉ちゃんはそう言って、ドラゴンさんたちを魔法で包み込んだ。

 それはものすごい魔力で、ドラゴンさんたち全員を包み込むと、そのまま光になって消えてしまった。


 今は、私もお姉ちゃんの中にいるから何をしたのかわかるけど、どうやらお姉ちゃんは、ドラゴンさんたちを私と同じように取り込んだみたい。


 私の時と違うのは、ドラゴンさんたちは、その実態のまま、すべてを取り込んでいること。

 言うなれば、ドラゴンさんたちは、お姉ちゃんという空間に隔離されたということ。


 そんなことができるんだ。

 ドラゴンさんたちを隔離するのも大変そうだし、あれだけの数を魔法で制御するのも大変そう。

 だけど、お姉ちゃんは、そんなことを簡単そうにやっている。


 魔力の動きは膨大で、だけど緻密に操作されている。ドラゴンさんたちを、決して傷つけないように。


「さて、こうなったら、今動いているドラゴンさんたちに頑張ってもらうしかないわね」


 お姉ちゃんの頭の中に地図のイメージが出てきた。そして、その地図の中に、真っ赤なエリアがたくさんあった。


 それは、大きな街や村が集まっているような場所で、そこにドラゴンさんたちがいるみたい。

 その証拠に、その色が付いた場所の中にウィーンテット領国があった。


「まずは、ここね」


 お姉ちゃんが向かうのは。


 ◇◇◇◇◇◇


 ひどい状況だった。

 建物も、人も、すべてが焼き払われて、見るのも辛い光景が広がっていた。


 私たちが来たのは、ヤマトミヤコ共和国の、ヤマトという都市。ヒミコさんがいた所。


 すごく大きな街で活気に溢れていて、たくさんの人が笑顔だった。優しい人たちがたくさんいて、すごく温かい街だったのに。


 もうそれは、見る影もなかった。


 何かが焦げた臭いが辺りに立ち込めていて、お姉ちゃんの感覚を共有している私は、気持ち悪い臭いも共有している。


 至る所で火事になっていて、更地になるまで壊されている所もある。

 真っ黒になった何かは、多分、人だったもの。原型を失くすくらいに焼き尽くされたそれは、もう、人には見えなかった。


 ここまでひどい状況なんて。

 私が、お姉ちゃんを説得できなかったからだ。そのせいで、この惨状は、今もどこかで続いている。


 ドラゴンさんたちの姿はないけど、ここまで徹底的に壊したのなら、もう何処か違う場所へ行ったのかもしれない。


 これ以上、壊すものなんてないだろうから。

 それだけ、ヤマトは、破壊し尽くされていた。


 もう私には、自分の体はない。

 だから、胸なんてものはないけど、胸が引き裂かれそうなくらい悲しかった。目なんてないけど、涙が溢れて止まらなかった。


 ごめんなさい。


 ごめんなさい。何度謝っても許されない。

 私のせいだ。私がお姉ちゃんを止められなかったから。


 お姉ちゃんが歩く度に、ひどい惨状が目に入ってくる。受け入れたくない現実が目の前に飛び込んでくる。


 もう嫌だ。

 やめて。


 見たくないよ。


 そう思っても。そう言っても。

 お姉ちゃんには伝わらない。


 苦しい、よ。



 だけど、そんな私に、お姉ちゃんの小さな声が聞こえた。


「おかしい」

(え?)


 お姉ちゃんは、不審そうに呟く。

 キョロキョロと辺りを見回す先は、壊された建物や更地になった土地。


 だけど、それを見る目には力が入っていて、険しい顔になっているのがわかった。


 何がおかしいのか、私にはわからない。

 ううん。こんな状況になっていること自体がおかしいんだけど、お姉ちゃんが言っているのは、そういうことではなさそうだった。


(お姉ちゃん?)


 駄目元でお姉ちゃんを呼び掛けた。

 すると、お姉ちゃんは、一瞬ハッとした様子だった。


「ああ、驚きすぎて、遮断を忘れていたわ。どうしたの? アリス」


 私の声を聞こえなくするのは、思いの外大変みたいで、集中を途切れさせると聞こえるようになるみたい。


(何がおかしいの?)


 答えてくれるかはわからないけど、私は素直に気になったことを聞いてみた。


 私の質問に、お姉ちゃんは中々口を開こうとしなかったけど、やがて、諦めたように溜息を漏らした。


「アリス。あなたも気付かない?」

(え? う、うーん)


 お姉ちゃんに言われて、視界に写る光景を集中して確認してみるけど、お姉ちゃんが言うようなおかしいことはわからなかった。


 強いて言うなら、ここの被害は、建物が多いのかな、という程度。


「多分、あなたの認識はあってるわ」

(え? どういうこと?)


 建物の被害が多いのがおかしい。ということなのかな。

 でも、そんなのはここに限ったことじゃないし、これだけ壊された中、壊されていない建物の方が珍しいと思うんだけど。


「気にするのは、そこじゃないわ。ここには、建物の被害しかないでしょ? これだけ大きな建物なのに、人間の被害が少なすぎる」

(あ!)


 確かに、お姉ちゃんの言う通りだ。

 ここまで来る中でも、たくさんの人たちが犠牲になっていた。


 それは、すごく辛くて、悲しくて、そればかりを考えていたけど、お姉ちゃんが言うように、冷静になって分析した時、建物が徹底的に壊されているのに対して、明らかに人の被害は少なかった。


 ゼロではない。

 でも、これはつまり、避難している人もたくさんいるかもしれないということだ。


(助かっている人もいるかもしれないんだ)

「ええ、そうね。逃げる暇なんて、与えていないはずなのに」


 お姉ちゃんは苦虫を噛み潰したように、顔をしかめる。吐き捨てるように言う言葉は、苛立ちに染まっていた。


「ここは、私が特に破壊を命じた場所。それなのに、この程度の被害なんて、おかしいわ」


 お姉ちゃんは、苛立ちと困惑が混ざったような声で、私に語りかける。


「竜狩りは、違う。ここまで迅速に避難させられるような頭のある人間じゃない。ここにいた人間も、そんな頭の切れた人間はいないはず。いえ、私を心酔していたのだから、そんなことを想像できるはずもない。なら、いったい、誰が邪魔をしたのかしら」


 ブツブツと考えをまとめていくお姉ちゃんだけど、結局、答えはでなかった。


「私がヤマトミヤコ共和国を離れたのは数日間。それからここを攻撃したのは、1日か2日後、すぐに逃げれば、可能かもしれないけど、その先導を、誰ができるのか。考えても無駄ね。終わってしまったものは、どうでもいいわ」


 お姉ちゃんは、気持ちを切り替えたのか、今度は他の場所を目指すことにしたみたい。

 黒いオーラのドラゴンに乗って、さっきの頭の中の地図にあった赤いエリアを目指していく。



 だけど、そこに到着する前、移動している段階で、お姉ちゃんは、信じられないものを見るように固まっていた。


「どういうこと?」


 お姉ちゃんが次に来た街も、かなり大きな街だった。ここも被害はすごい。

 でも、この惨状に比べれば、被害は少ない方に見えた。


 そして、次に訪れた街もそう。


 次も。


 次も。


 次も。


 何処に行っても、被害がゼロということはないけど、明らかに人的な被害は少なかった。


「これは確実ね。私の邪魔をしているのが、竜狩り以外にもいるということね」


 お姉ちゃんが言うには、ヤマトミヤコ共和国やウィーンテット領国のすべてに攻め込むのは、流石にドラゴンさんの数が足りなかったみたい。


 だから、お姉ちゃんはドラゴンさんたちを分散させ、優先順位を決めて、攻撃させたみたいだけど、それを悉く見破られたらしい。


「まさか、邪魔をしてくる人間が他にもいるなんて思わなかったから、単純なことしか決めてなかったけど、それを逆手に取られたのね」


 大きな街から順番に攻めていく。

 それしか決めてなかったみたいだから、少し考えれば簡単にわかってしまう。


 ヤマトミヤコ共和国の人たちは、お姉ちゃんのことを信じて疑ってなかったから、ただそれだけでも逃げられないと、お姉ちゃんは考えていたみたいだけど。


 それはつまり。


「邪魔をしてるのは、ウィーンテット領国の人間ということね」


 私もそう思う。

 だけど、誰だろう。


 リリルハさんやシュルフさんではない。

 私とずっと一緒にいたんだから。


 じゃあ、他の人かな。

 私の知らない人かもしれないけど。


 あ、レミィさんとかかな。

 最近、見かけてないし。


 でも、流石にレミィさんだけだと、これだけの人たちを避難させるのは難しいし、違うかも。


 うーん。わからない。

 だけど、これはもう確実だね。


 被害がゼロじゃないのは悲しいけど、避難できている人はたくさんいるんだ。なら、まだ諦めちゃ駄目だ。


 まだお姉ちゃんを説得できれば、助けられる人はたくさんいる。


(お姉ちゃん!)


 呼び掛けても、もうお姉ちゃんには聞こえないみたい。

 お姉ちゃんは、邪魔をされたことに怒っているみたいで、どうするかを1人で考えているみたいだった。


「それだけの人間を完璧に制御することはできないわ。まだ、そんなに遠くには行っていない。ドラゴンさんたちを総動員すれば、見つけることは簡単ね」


 お姉ちゃんは、ドラゴンさんたちに指示を出した。どういう魔法なのかはわからないけど、お姉ちゃんの中で眠っているドラゴンさん以外の全員に、同じ指示を出していた。


 それは、避難している人間を見つけ出せ。というもの。


 これは、何よりも優先される指示で、今、何処かの街を攻撃しているドラゴンさんたちにも適用される。


 それ程、お姉ちゃんは邪魔をしてきた人たちに、腹を立てているということだけど、それはそれで、私にとっては都合が良かった。


 攻撃ではなく、捜索になるのなら、被害は減るだろう。その間になんとかできれば。


 声が聞こえない中でどうすればいいのかは、まだわからないけど、まだ諦めるような状況じゃない。

 私はそう強く決意した。

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