第121話 その前に
竜の巫女とアリスたちが退治している中、ここでは、竜狩りとアジムがドラゴンを相手に、緊迫した戦闘を繰り広げていた。
「何の真似だ、貴様」
竜狩りは苛立った様子で、アジムに尋ねる。
竜狩りは今、宿敵とも言える竜の巫女とアリスを目の前にして、ドラゴンと対峙をしていた。
それは本気の命のやり取りで、遊びなど少しもなかった。
だというのに、ここにいるアジムは、竜狩りから見て、一般人の中では、少し強い部類にはいるであろう雑魚でしかなかった。
ドラゴンを相手に、お守りをしながら戦うのは、いかに竜狩りと言えど、好き好んでやりたいことではなかった。
「ふっふっふ。俺もドラゴンキラーを名乗る者だ。俺の力はこんなものじゃないんですよ」
無駄に隙の多い動きをしながら、大言壮語を語るアジムに、竜狩りは腹が立ちっぱなしだった。
「おい、遊んでいるなら、まずは貴様から……」
「グオオオン!」
そんな2人に、ドラゴンの炎が迫る。
竜狩りにしてみれば、その程度の攻撃は焦るに値しない。
冷静に対処すれば、何のことはない派手なだけの攻撃。
しかし、アジムにとっては違った。
「くっ。俺に任せてください!」
まるで死地に行くとでも言うような覚悟を見せるアジムは、無鉄砲にも炎を真っ正面から受けた。
竜狩り程の実力があるのならば、その行為も不思議ではないだろう。
事実、竜狩りであれば、その炎を真っ正面から受けて、切り捨てることができたのだから。
しかし、アジムには、そこまでの実力はない。
致命傷を受けずに受け流すことはできるようだが、その一撃にそこまでの時間をかけているようでは、他のドラゴンの攻撃には耐えられない。
少なくとも、アジムが1人であったのならば、この時点で決着がついていたであろう。
「ギャアァォォ!」
「グギャオォ!」
ドラゴンたちが一斉に攻撃を仕掛けてくる。
アジムを狙った攻撃だ。
弱い方から攻め落とす。それは戦場において、最も効率的な攻め方だ。
ドラゴンたちは、数の上では圧倒的優位にあるにも関わらず、油断や慢心なんてものは皆無だった。
竜狩りも、警戒を強める。
知性ある敵との戦いは、単純な実力だけでは図れない。
しかも、ドラゴンに対して、絶対的相性のいい竜狩りでも、これほどのドラゴンの数をさばくのは初めてだった。
「むうん!」
アジムがなんとか受け流した攻撃を、竜狩りは軽く凪払う。そして、そのまま地面に叩きつけて、隆起させた地面によって、ドラゴンたちの攻撃を打ち消した。
「おぉ! 流石は竜狩り!」
目を輝かせて自分を見てくるアジムに、竜狩りは既視感を覚えた。
「貴様、何処かで……、あぁ、思い出したぞ。あの、しつこかった、小僧か」
「覚えていてくださったんですね! 師匠!」
「誰が師匠だっ!」
竜狩りは今の今まで忘れていた。
いや、面倒臭すぎて忘れようとしていたことを思い出した。
それは、竜の巫女の痕跡を探していた時のこと、聞き込みをしている時に現れた、うざったらしい男のことだった。
その正体は、もちろん、アジムのことだ。
竜を狩る者、という響きだけで、かっこよさを感じたアジムが、なんとか無理を押して、教えを乞おうとしてきたのだ。
当然、竜狩りはそれを断ったし、竜狩りにとっては、その話は終わった話だった。
しかし、アジムの中では、その話はまだ生きていたようで、しかも、こともあろうに、いつの間にか自分が弟子だと勘違いしている始末。
竜狩りは怒りを通り越して呆れていた。
よく知りもしない奴から、こんな風に言い寄られては、流石の竜狩りもタジタジだろう。
しかも、こんな生死を懸けた戦いの最中だというのだから、さらに驚きだ。
「師匠。俺も、あれから強くなったんですよ。この前だって、2頭のドラゴンを……」
「グオオオン!」
戦いの最中だというのに、アジムは嬉々として話を続けていた。
図太いというのか、無神経というのか、もはや言葉も出てこない竜狩りは、ドラゴンの牙を受け止めて、力任せに押し戻す。
ここは戦場だ。
自分の身は自分で守る。
それは当たり前のことで、勝手な自称とは言え、竜狩りの弟子を名乗るつもりがあるのなら、それは当然覚悟しているはずのことだった。
しかし、情が移った訳でもないが、目の前で死なれては、目覚めが悪い。
しかも、竜の巫女の末裔、アリスの言葉も、竜狩りには引っ掛かっていた。
「わかった。アジムさん、竜狩りさん、気をつけてね!」
アリスの言葉は、アジムと竜狩りを区別なく、どちらも心配しての言葉だった。
そして、竜狩りが、アジムと協力することを、疑いもしていない言葉のようにも聞こえる。
それが、竜狩りには、理解できないことだった。
自分の命を狙っていた者が、自分の仲間と共闘する。それを素直に信じられるのか?
それが竜狩りには理解できなかった。
しかし、純粋無垢なアリスの言葉は、竜狩りの心情を大きく揺さぶる。
「こいつらは、馬鹿なのか?」
竜狩りは、アリスの信用も、アジムの尊敬も、どちらも信じられなかった。
それは、その2人が、嘘偽りなくそう思っていることがわかるからこそ、信じられなかった。
今まで、アリスを人間の敵とみなしてきた竜狩りにとって、その事実は受け入れがたいものだった。
「だが、まあ、単純に、馬鹿なんだろうな」
竜狩りはそう結論付ける。
竜狩りは、元来、冷徹無慈悲という訳ではない。
人類を脅かす敵、竜の巫女を倒すという使命に人生を捧げ、誰にも負けない覚悟を秘めた竜狩り。
しかし、それは、ひいては世界の平和という、大それた目的のための行為と言えるだろう。
だからこそ、自分を信用する者の言葉には、応えなければならないという心が、竜狩りには強くあったのだ。
自分に尊敬の眼差しを向けてくるアジムは、竜狩りが目を離せば、一瞬で死んでしまうだろう。
だが、それは、竜狩りが許せなかった。
自分の手が届く場所で、自分を信じる者が死ぬ。それは、竜狩りの信義に反するものだった。
「おい、貴様、名前は?」
「え? あ、ああ、俺はドラゴンキラー、アジムです」
「そうか、ならば、アジム。貴様を弟子と認めた訳じゃないが、一緒に戦う間くらいは指導してやろう」
「っ! あ、ありがとうございます!」
竜狩りにも、それ程の余裕がある訳ではない。
しかし、ただひたすらに守りながら戦うよりは、少しでも戦力になってくれた方が、竜狩りにとっても都合が良い。
そう自分に言い聞かせて、本気の命の取り合いの中で、戦いの至難をするという、ふざけた行為が始まったのだった。
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