第120話

 凄まじい衝撃が辺り一帯に吹き荒れる。

 お姉ちゃんなら、魔法でこの攻撃だって防いでいるだろう。だけど、あれだけの威力の攻撃を、そう簡単に防げる訳がない。


 少しでも疲れてくれれば、話し合いにもっていける可能性もある。

 そういう作戦だったけど。


「どう、ですの? 少しは、効いてくれてると良いんですけれど」


 リリルハさんの声から緊張が伝わってくる。

 リリルハさんも、そう簡単にお姉ちゃんをどうにかできるとは思ってないんだ。


 衝撃で上がった砂埃が、少しずつ晴れていく。


 お姉ちゃんが立って居た場所。

 そこに目を向けると、やっぱり、お姉ちゃんは立っていた。


 だけど、その姿は、私たちが予想していた中で、もっとも最悪のケースだった。


「少しだけ、驚いたわ」


 そう囁くお姉ちゃんは、無傷だ。でも、それくらいなら、予想はできた。


 お姉ちゃんの魔力は、ドラゴンさんでも敵わないくらいに凄まじい。

 そんなお姉ちゃんなら、ドラゴンさんの攻撃も魔法で防げる。そんな予想はしていたから。


 だけど。


「まあでも、ドラゴンさんの攻撃は、私には効かないけど」


 そう言うお姉ちゃんは、何事もなかったように立っている。


 魔法を使うこともなく。


「アリス。竜の巫女は、ドラゴンさんの攻撃では、決して傷つかないのよ。あなたはまだ、竜の巫女の見習いのようなものだから無理だけど」


 それが嘘や強がりではないことがわかったのは、私だけではなかった。


「流石の私も、心が折れそうになりましたわ」


 リリルハさんは、少しだけ笑っている。

 だけどそれは、もちろん楽しくて笑っている訳ではない。

 本当にどうしていいかわからず、思わず笑ってしまったみたいだった。


「ふふ。この程度でもう終わりなの? つまらないわね」


 お姉ちゃんが笑う。

 それは、リリルハさんとは違う楽しげな笑み。


 お姉ちゃんが軽く手を上げると、突風が私たちを襲った。


「グオオオオン!」


 咄嗟にドラゴンさんが守ってくれて、私たちもそれを防御魔法で補助する。

 だけど、お姉ちゃんにとっては遊びのようなその魔法も、今の私たちには防ぎようがない。


「あぁ!」

「あぅっ!」


 防御魔法は簡単に破壊され、私たちはみんな簡単に吹き飛ばされた。


 それ程ダメージがなかったのは、ドラゴンさんが庇ってくれたからだろう。その証拠に、ドラゴンさんは、身体中に傷を負っている。そんなに大怪我ではないので、私が触れるとすぐに治ったけど。


 でも、強すぎる。

 ドラゴンさんが可愛く見えちゃうくらい、お姉ちゃんは圧倒的だった。


 黒いオーラのドラゴンさんの攻撃は、ドラゴンさんと魔法のお陰で避けることはできていた。

 そう。直撃すれば、致命傷になるのは確実だけど、避けることはできていた。


 だけど、お姉ちゃんの魔法は避けようがない。

 さっきの突風は、全方位にすごい範囲で吹き荒れていた。

 ドラゴンさんが飛んで逃げても逃げられないような広範囲だ。


 しかも、それだけの広範囲の魔法なのに、私たちの魔力を合わせた防御魔法も、簡単に破壊されてしまった。


 こんなの、勝てっこないよ。

 元々、勝とうなんて思ってなかったけど、私たちとお姉ちゃんの間には、隔絶とした差があった。


「くっ。こんな、時、に」

「リリルハさん!」


 リリルハさんは、苦しそうに胸を押さえて倒れた。

 リミッターの解除のせいだ。


 限界を超えて魔力を消費して、寿命すらも投げ捨てて、リリルハさんは魔法を使っていた。

 体の限界が近いんだ。


 リリルハさんの体が、氷のように冷たい。

 呼吸をする力もなくなっているみたいで、顔は真っ青。鼻血まで出てきて、見るからに大変な状況だった。


「ど、どうしよう、シュルフさん!」

「落ち着いてください、アリス様。深刻な状況ではありますが、まだ、命に別状はありません。それよりも、ここを早く切り抜けないと」

「ブウウン」


 シュルフさんとドラゴンさんが私を落ち着かせるように声を合わせた。

 そうだ。ここで焦っていても、何も良いことはない。むしろ、焦った方が良くないことが起きるんだ。


 リリルハさんは心配だけど、シュルフさんを信じるしかない。とりあえず、ドラゴンさんに乗せて、安静にさせてあげる。


 だけど、そんな私たちをお姉ちゃんが見逃してくれるはずもなかった。


「終わりね。その女とアリスの2人の魔力が合わさったら、少しは楽しいと思えたけど」


 お姉ちゃんは、飽きたような目を私たちに向けている。


「ねぇ? アリス。もう一度、聞くわ。あなたたちでは私には勝てない。私は、あなたの意見も聞き入れない。だから、ここで私に逆らえば、みんなここで死ぬわ。それでもいいの?」


 お姉ちゃんの声は少し優しげで、顔を見ると、お姉ちゃんは穏やかな顔をしていた。


「お姉ちゃん?」

「私は本当に、あなたを大事に思っているわ。あなたが選んだ人間なら、殺さずにおいてやろうと思えるくらいにね」


 お姉ちゃんが1歩、私に近付く。


 シュルフさんとドラゴンさんが私を守るように立ち塞がるけど、そんなものをお姉ちゃんにはどうでもいいことだった。


「どいて」

「きゃあ!」

「ギャオオォ!」


 お姉ちゃんが両手を払うだけで、シュルフさんとドラゴンさんが吹き飛ばされる。


 そして、そのまま、お姉ちゃんは悠然と私の元まで歩いてきた。


「アリス。これは、私にとって、最大の譲歩よ。これ以上はない。わかってくれる?」


 お姉ちゃんが、どれ程辛い思いをしてきたのか。それは、想像もできない。

 そんなお姉ちゃんが、私の選んだ人だけとは言え、殺さずにいてくれる。

 それは確かに、お姉ちゃんにとって、これ以上ない程の譲歩なんだろう。


 それはその通りだと思う。

 私の中にもあった、気持ち悪い感情、憎しみや妬みなんかの、負の感情は、人を嫌いになるのも不思議じゃない程に凄惨なものだった。


 お姉ちゃんが人を信じられないのは、どうしようもないのかもしれない。

 お姉ちゃんが、私のことをちゃんと想ってくれている。というのは、間違いないんだろう。


 でも、それは、私の望む理想じゃない。


 お姉ちゃんは、私だけを見て、世界を見てくれていない。

 私の優しいと言った人たちも、優しい人だから生かすのではなく、私が選んだから、それだけの理由。


 そのままじゃ、お姉ちゃんは、誰の優しさも見られない。気付かない。

 そんなの、悲しすぎるの。

 報われないの。


「私はね。お姉ちゃんにも、この世界はやさしいんだっておもってほしいの」

「それは、無理ね」

「そうかもしれない。だけど、あきらめたくないの」


 お姉ちゃんを見つめる。

 私は、みんなに生きていてほしい。

 だけど、お姉ちゃんにも、この世界には、優しい人たちもいるんだって知ってほしい。

 それだけが、お姉ちゃんの救いになると信じてるから。


 だけど、お姉ちゃんの言葉は残酷だった。


「そう。残念だわ。アリス」

「え?」


 お姉ちゃんが、私の胸に手を当てた。


「お姉ちゃん?」

「さよなら、アリス。せめて、私の中で眠っていて」


 お姉ちゃんがグッと拳を握った。


 その瞬間。


「ぐっ!」


 急激に力を奪われる。

 私の魔力が。ううん。違う。

 私の全てが。


 痛みはない。

 だけど、私の意識は少しずつ薄れていく。

 ああ、私、死んじゃうのかな。


「アリス様!」

「グオオオオオオオオン!」


 シュルフさんとドラゴンさんの声が聞こえる。

 だけど、それに反応することもできない。


 私の体が透明になっていっていく。

 それを止めることなんてできなくて、私の存在は、少しずつ消えていった。


「ア、リス」


 リリルハさんが、虚ろな目をしながらも、私に手を伸ばしてくれていた。

 だけど、その手に応えることすらできなくて。


 ごめんなさい。

 言葉にすることは、もうできなかった。


 そうして、私という存在は、この世界から消え失せたのだった。

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