第119話

 私たちを助けてくれたのは、ドラゴンさんと竜狩りさんだった。


 ドラゴンさんは、いつも私を助けてくれていた白いドラゴンさん。ドラゴンさんは、他のドラゴンさんたちの攻撃を、その咆哮で防いでくれた。


 そして、それでも防ぎきれない攻撃は、竜狩りさんが防いでくれる。


 2人の動きは完璧なコンビネーションで、たくさんいるドラゴンさんの攻撃を完全に防いでくれていた。


「ドラゴンさんが来てくれたのも驚きですが、竜狩りが、私たちを助けてくれるなんて、どういうことですの?」


 リリルハさんも、事態を飲み込めないみたい。


「ですが、今はそんなことを考えている暇はありません。この好機、無駄にする訳には」

「そうですわね。アリス。竜の巫女の元に行きますわよ」

「あ、うん」


 事情はわからないけど、ドラゴンさんと竜狩りさんが助けてくれる。

 確かにこれ以上の好機はなかった。


「おい、白ドラゴン。お前はそのガキたちと行け。俺がドラゴンたちを止める」


 私たちの動きに、竜狩りさんが合わせてくれた。ずっと、敵対していたのに、本当にどうしたんだろう。


 考えている暇なんてないってわかってるけど、どうしても気になった。


「竜狩りさん」

「後で話す。とにかく、今は俺を信じろ。お前はお前の仕事をやれ」


 竜狩りさんはそれだけを言うと、今度はリリルハさんの方を見た。

 そして、微かに申し訳なさそうに目をそらすと、ポツリと小さく何かを言った。


「え?」

「いや、何でもない。行け!」


 聞き取れなかったけど、竜狩りさんは、それ以上、何も言わなかった。


「わかりませんが、行きますわよ、アリス」

「う、うん。ドラゴンさん、お願い」

「グオオオン!」


 竜狩りさんに背中を任せて、私たちはドラゴンさんの背中に乗る。


「先に行け。俺も残る」

「え? アジムさん!」

「竜狩りとやら、俺はドラゴンキラー、アジムだ。この力、存分に貸してやろう!」


 止める間もなく、アジムさんが竜狩りさんの隣に立った。


「あの人は。大丈夫ですわ。悪運だけは強い人ですから」

「それに、竜狩りがいます。あの人の近くなら、安心でしょう」


 不安な気持ちで一杯だったけど、2人の言葉に私は納得した。

 確かに、竜狩りさんは、ドラゴンさんの攻撃を完璧に防いでいる。その近くなら、むしろ私たちよりも安全かもしれない。


「わかった。アジムさん、竜狩りさん、気をつけてね!」


 そして、私たちは、ドラゴンさんに乗って、お姉ちゃんの元へ向かった。


 ◇◇◇◇◇◇


「ドラゴンさん。あなたはやっぱり、アリスに付くのね」


 お姉ちゃんは、ドラゴンさんたちから、少し離れた所にいた。


 ドラゴンさんたちは、竜狩りさんたちの相手をしていて、ここにはいない。


 ううん。1頭だけ。

 黒いオーラで覆われたドラゴンさんだけは、お姉ちゃんの隣にいた。さっきまでと同じように。

 常にお姉ちゃんの隣にいるみたいだった。


「ブウウン」


 ドラゴンさんが鼻息を鳴らす。

 申し訳ありません、と、言っているように聞こえた。


「別に良いわ。そうじゃないかって思ってたから。でも、それは、私と敵対するということよ。それでも、いいのね?」


 そう問いかけるお姉ちゃんに、ドラゴンさんは、頷いた。

 覚悟はできている。そう言っているみたいだった。


「いいわ。なら、私は心置きなく、あなたを倒すわ。アリス。あなたもよ。私は決して、自分の考えを変えることはない。あなたも同じなら、戦うしかないわね」

「お姉ちゃん!」


 戦いたくなんてなかった。

 だけど、戦いの火蓋は、お姉ちゃんによって開かれる。


 掴まれ。

 ドラゴンさんがそう言ったように聞こえた。


「つかまって!」


 私が言うと、リリルハさんとシュルフさんが、ドラゴンさんにしがみつく。それ同時に、ドラゴンさんが右へと急旋回した。


 そのすぐ後に、私たちがいた場所を、黒い光線のようなものが貫いた。

 そして、その少し後に、ブワァと大きな音と、凄まじい暴風が吹き荒れる。


 見ると、黒いオーラのドラゴンさんから放たれた攻撃のようだった。

 ドラゴンさんの黒いオーラから、同じような黒い球体が複数作られている。どうやら、その黒い球体から放たれた光線みたい。


 ただ見ただけだけど、あの攻撃はまずい。

 見ただけで、危険だとわかる。


 当たったら、ドラゴンさんはもちろん、私たちも危ない。かすっただけでも大変なことになるような気がする。

 魔法で防ぐのも難しそう。

 ドラゴンさんの炎でも、相殺できないと思う。


 私が全力で魔法をぶつけて、どうにかなるかどうか、だと思う。だけど、それだって、絶対ではない。


 つまり、あの攻撃は避けるしかない。


 けど、あの攻撃は、ものすごい速度でこっちに飛んでくる。


 今は、ドラゴンさんが気付いてくれたから良かったけど、不意を突かれたらたまったものじゃない。


「あの攻撃、1度でも受けたら、死んじゃうと思う」

「そんなに、強力なんですわね」


 私の言葉にリリルハさんたちは、深刻な顔を変わる。そして、リリルハさんとシュルフさんが顔を見合わせると、微かに頷いた。


「わかりました。今の攻撃の波長は読みました。攻撃が来そうになったら報せます」

「わかった。おねがいします」


 ドラゴンさんを気にしてくれてるとは思うけど、シュルフさんも気にしてくれるなら心強い。


 だって。


「っ! 何て言ってたら、また来ます。右後ろ、45度」


 それを聞いて、ドラゴンさんが急上昇する。

 それで間一髪、その攻撃を避けることができた。


 この攻撃は、あの黒い球体から放たれている。 だけど、あの黒い球体は、どこからともなく現れて、いきなり攻撃をすることができるみたい。


 いくらドラゴンさんが警戒していても、全方位から、いつ来るかもわからない攻撃を、完璧に読みきることは難しいだろう。


 だからこそ、シュルフさんも、あの攻撃を警戒してくれるなら、心強いと思った。


 それに、その攻撃だけを警戒していれば良いという話でもないし。


「よそ見してる場合じゃないわよ」

「ふせて!」


 そんなことを考えているうちに、お姉ちゃんの魔法が飛んできた。


 私はすぐに魔法の盾を作って、攻撃を少しだけそらせる。それで稼いだ時間で、ドラゴンさんは攻撃を避けた。


 そう。

 気にしなければいけないのは、ドラゴンさんだけじゃない。

 むしろ、お姉ちゃんが1番厄介なんだ。


 お姉ちゃんの攻撃は、私の魔力じゃ及ばない。

 全力で魔力を注いで、やっと少しだけそらせるくらい。


 それでもほとんどそらせないから、少しの時間稼ぎで、ドラゴンさんに避けてもらう。

 そんなことしかできない。


 防戦一方の私たち。

 このままじゃ、いつか追い詰められてしまう。そうわかっていたけど、どうすることもできなかった。


「このままじゃ、埒が明きませんわね」


 そう呟いたリリルハさんは、魔力を体の内側に溜めているみたいだった。


「リリルハさん。何してるの?」


 嫌な予感がする。

 私の問いかけに、リリルハさんは、少しだけ申し訳なさそうに眉を寄せた。


「リミッターの解除ですわ。この前使ってから、そんなに時間も経ってないので、うまく制御できないんですが、そんなことも言ってられませんわ」

「だめだよ、そんなの!」


 この前だって、少しの時間で大変なことになったのに、今はお姉ちゃんを相手にしなきゃいけないんだよ。そんなの、絶対大変なことになるもん。


「このままでは、被害が大きくなるだけ。どっちみち、追い詰められてしまいますわ」

「そうかもしれないけど。でも」

「アリス。落ち着いて考えてください。確かに、リミッターの解除は、危険が伴いますわ。ですが、竜の巫女を相手に、全力を出さない方が危険なんですのよ?」


 リリルハさんの言いたいことはわかる。

 確かに、短期決戦で決めた方が被害は少ないのかもしれない。


 でも、それでも、そうしちゃうと、リリルハさんが。


「アリス。あなたが力を貸してくれれば、私は百人力ですわ。だから、一緒に竜の巫女を止めましょう」


 リリルハさんが笑ってくれる。

 だけど、その笑顔はいつものよりも強ばっていて、リリルハさんだって恐いんだってわかった。


 私は我慢できずに、リリルハさんに抱きつく。

 少しでも魔力を分けられるように。


「アリス。ありがとうございます」


 いつもみたいに抱きついた。

 なのに、リリルハさんの態度はいつもと違って、すごく穏やかなものだった。


 そしてそのまま、真剣な顔で、お姉ちゃんを見据える。


「さぁ、行きますわよ。アリス」

「うん」


 大丈夫。

 私が魔力を注げば、リリルハさんの魔力も、そんなになくならないはず。


 そう思いたい。

 だけど、お姉ちゃんの魔力は、私とリリルハさんの魔力を足しても、まだ足りない。


 リリルハさんが無理をするのは確実だった。


 だからこそ、私は全力でお姉ちゃんを止めるように、魔力を注いだ。


「ふふ。面白いわ。そんなので、私に勝てると思ってるの?」

「勝つつもりはありませんわ。ただ、あなたを止める。それだけですの」

「それは、無理な話ね。私は止まらない。生きてる限り、絶対に止まらないんだから!」


 お姉ちゃんの魔力が、その両手に集まって、光線となって私たちに向かってくる。


 その光線を、私とリリルハさんの魔力で練り上げた魔法で相殺する。

 冷気を帯びた一撃は、魔法すらも凍らせた。


「へぇ。少しは面白いわね」


 だけど、その攻撃は、お姉ちゃんの本気じゃない。軽い遊び程度のものだ。


 対して私たちは、それが全力の一撃。

 分が悪いなんてものじゃなかった。


「諦めませんわ。アリス。とにかく、全力で竜の巫女に魔法をぶつけますわ。じゃないと、話なんてできないでしょうから」

「……わかった」


 お姉ちゃんに怪我をしてほしくない。

 だけど、全力でやらないと、私たちが負けちゃう。ううん。全力でやったって、私たちが負けちゃう。


 だから、私はさらにリリルハさんに魔力を分ける。


「油断している今しか、チャンスはありませんわ。アリス、1つだけ、魔法を教えてくださいませんか?」

「魔法を?」


 リリルハさんが聞いてきたのは、空間転移の魔法だった。私もうまく使える訳じゃないけど、理屈だけはわかる。


 私の魔力を纏って、リミッターの解除をしたリリルハさんなら、使いこなせるかもしれないけど。


「シュルフ。合わせられますか?」

「かしこまりました」


 リリルハさんとシュルフさんが視線で話を終わらせる。


「ふふ。どんな魔法も、私には効かないわよ」


 私たちの話なんて、お姉ちゃんには筒抜けで、お姉ちゃんは余裕の笑みを浮かべていた。


「なら、全力でいっても構わないですわね」

「ええ、そうね」


 リリルハさんは、もう一度、さっきの魔法を放つために、魔力を込めた。

 だけど、その瞬間、チラッとだけ、黒いオーラを纏ったドラゴンさんの方を見る。


 そして。


「リリルハ様!」

「了解ですわ。アリス。お願い」

「わかった」


 私はできる限りの魔力をリリルハさんに渡した。次の瞬間、黒いオーラのドラゴンさんから攻撃が放たれる。


 リリルハさんは、それを見て、込めていた魔力を一気に解放し、その攻撃の先に、漆黒の空間を作り出した。


 それは、お姉ちゃんの近くにもできている。


「これは? まさか!」


 お姉ちゃんが何かに気付いた時には、黒いオーラのドラゴンさんの攻撃は、漆黒の空間に飲み込まれていて、そして。


 空間転移によってねじ曲げられた攻撃が、お姉ちゃんに直撃した。

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