第116話

 ヒミコさんの魔方陣は、2日で完成した。

 かなりの無茶をしたみたい。私たちがいくら言っても、休むことはなかったし。


 ドラゴンさんたちが、また来ないとも限らないから、というのは、ヒミコさんの言葉だ。


 確かに、この前命令したドラゴンさんたちが攻めてこないにしても、他のドラゴンさんがここに来ないとは限らない。

 それはその通りなんだけど。


 その結果が、高熱を出して寝込んでいるヒミコさんだ。


「問題はないっす。しばらく寝れば回復するんで」

「でも、苦しそうだよ?」


 高熱を出して辛そうなヒミコさんは、息をするのも苦しそうで、顔は真っ赤になっている。

 キョウヘイさんが濡れた布を額に乗せてるけど、それもすぐに温まってしまうぐらい、熱を持っていた。


「そうなんすけど。これは、時間が解決してくれるっすよ」


 キョウヘイさんは笑っているけど、その笑顔にはいつもの元気さがない。

 嘘はついてないのかもしれないけど、心配なのは変わらないんだと思う。


「それよりも、魔方陣は完成したっす。使い方は説明を受けたっすよね?」

「ええ、それは問題ありませんわ」


 キョウヘイさんに問われて、リリルハさんが答える。


 リリルハさんは、魔方陣が完成した直後、ヒミコさんから魔方陣の起動方法を教えてもらっていた。


 それを伝えた後、ヒミコさんは限界を迎えて倒れた、という感じだ。


「なら、早く行くっすよ。ここで時間を無駄にするのは駄目っす」


 確かに、今でも色んな所で攻撃を受けているかもしれない。怪我をしてる人がいるかもしれない。


 そう考えると、早くしなきゃという気持ちもある。

 ヒミコさんが心配だけど。


「わ、私なら、大丈夫、です。アリス様」

「ヒミコさん?」


 私の心配をよそに、ヒミコさんは苦しげな顔のまま笑ってみせた。

 どう見ても無理してるようにしか見えない笑顔だけど、ヒミコさんは尚も口を動かす。


「ご一緒できないのは、申し訳、ないですが、私なら大丈夫、ですので、どうか」


 ヒミコさんの声は消え入りそうで弱々しい。

 だけど、その瞳には、強い意思が込もっていた。


 それだけの覚悟を見せられて、ここで躊躇してるのは、失礼だと思うくらいに。


 リリルハさんを見ると、リリルハさんも同じ気持ちのようで、黙って頷いてくれた。


「わかったよ。ヒミコさん。あとはまかせてね」


 そして、私たちはヒミコさんの魔方陣に向かったのだった。


 ◇◇◇◇◇◇


「大丈夫なの?」


 心配そうに聞いてくるのはテンちゃんだった。


 今は、ヒミコさんの魔方陣を起動させるため、リリルハさんが準備をしている途中だった。


 私が振り向くと、テンちゃんはブスッとした顔で、うつ向いている。

 どうしたんだろう。


「どういうこと?」

「ドラゴンを相手に、あんたとリリルハさんとシュルフさんだけで、本当に大丈夫なのかって聞いてんの」

「え? う、うーん」


 あまり考えてなかった。

 お姉ちゃんを説得することしか考えてなかったから、ドラゴンさんたちと戦うなんて。


 でも、そう言われると、ドラゴンさんたちは、私にはあまり攻撃してこないけど、全く攻撃してこない、という訳ではない。


 それに、リリルハさんたちには、遠慮なく攻撃してくるし、仮にドラゴンさんたちと戦うことになったら、かなり不利になるのは確実だった。


「まさか、何も考えてなかったの?」

「え、えーっと」


 テンちゃんは、怒ったような顔をしていた。

 というか、怒ってるんだと思う。


「で、でも、私なら、ドラゴンさんたちにも命令できるし」

「この前みたいに、声も聞こえない所から攻撃されたらどうするのよ」

「そ、それは」


 言い訳できない。

 というより、何も考えてなかったんだから、言い訳もないよね。


 テンちゃんが心配するのも仕方ないよね。

 でも、だからといって、やめることなんてできないし。


 なんて答えたら。


「わかってるわよ。私が止めたって駄目なことくらい」

「え?」


 そう思っていたら、テンちゃんから諦めたような声が聞こえてきた。


「でも、心配なもんは心配なのよ。友だちを心配するのは当たり前でしょ? 違うの?」

「う、そうだけど」


 テンちゃんは、口では止められないと言いつつも、私を止めようとしてるんだ。


 そうだよね。

 もし、私が逆の立場なら、私も同じようにテンちゃんを止めようとしていたかもしれない。


 テンちゃんは、私がテンちゃんを納得させるような答えを言わない限り、譲るつもりはないんだ。


 目を見たらわかる。

 私の手を握って、決して離さないと言う思いが伝わってくる。


 でも、テンちゃんを納得させられるような答えなんて、思い浮かばないよ。


 だけど、私が困っていると、助けの声か聞こえてきた。


「心配するな。俺がついているから、何の問題もない」


 そう言って、私たちの間に入ってきたのは、自信満々な顔のアジムさんだった。


 だけど。


「あんたに期待なんかしてないわよ!」

「へぶっ!」


 かなり自信ありげなアジムさんだったのに、テンちゃんは、容赦なくアジムさんを殴った。

 まさか全力で殴られるとは思ってなかったのか、アジムさんは面白いくらいに吹っ飛んでいった。


「こんな攻撃も避けられないようなあんたじゃ、アリスを助けられる訳ないじゃない!」


 テンちゃんは、すごい形相でアジムさんの胸ぐらを掴む。

 だけど、アジムさんは倒れた姿のまま、不敵に笑った。


「ふ、ふふ。勘違いしてるようだな。俺は今、わざと食らったのだ。避けようと思えば、避けられたのだ」

「嘘つくな!」


 テンちゃんは、そう言ってまたアジムさんを殴ろうとする。


 私は慌ててそれを止めようとしたけど、テンちゃんの拳が振り落とされることはなかった。

 振り上げられた拳は震えていて、胸ぐらを掴む手は弱々しい。


「あんたみたいな弱い奴、ドラゴンに勝てる訳ないじゃない」

「ふん。俺はドラゴンキラーだ。それに、実績もあるんだぞ」


 確かに、倒した訳ではないけど、アジムさんは私と協力して、ドラゴンさんを2頭も戦闘不能にしている。


 それは間違いなかった。


 そう言われると、アジムさんは確かにすごい人なのかもしれない。

 そんな気がしてきた。


 だけど、テンちゃんは、それで納得してくれないみたい。


「本当の竜狩りなら、1人でもドラゴンに勝てるわ。あんたなんて、所詮、偽物じゃない。アリスを助けられる訳ないじゃない!」


 テンちゃんの叫びは、悲痛なものだった。

 アジムさんに怒っているというよりも、何かに悲しんでいるような、そんな声。


 それがどうしてなのか、私にはわからなかった。


 だけど、アジムさんにはわかったみたい。

 アジムさんは、不敵な態度を崩さず、テンちゃんの手を離した。


 思ったよりも簡単に、テンちゃんの手はアジムさんの胸ぐらから離れる。


「お前が、アリスを心配する気持ちはよくわかる。そして、自分が助けになれない無念さもな」

「っ!」


 テンちゃんは動揺するように唇を噛み締めていた。


 そっか。

 テンちゃんは、私を助けてくれようとしてたんだね。


 だけど、ドラゴンさんには勝てないってわかってるから、足手まといになると思って、悔しかったんだ。


 そして、アジムさんが私を助けると言ってくれたことに、納得できなかったんだ。


 テンちゃんは、アジムさんの強さを信用していない。

 それなのに、私を助けられるのか、そう心配してくれてるんだ。


「テンちゃん。アジムさんはね、本当にすごい人なんだよ?」


 テンちゃんが信じてくれるように、私もテンちゃんに説明しようとした。


 だけど、その声をアジムさんが首を振って制止した。


「テン。俺はな。強いんだよ」

「まだ、そんなこと」

「聞け。確かにな、俺は竜狩りではない。ドラゴンを倒したのも、アリスの力あってだ。それは認める」


 簡単に認めたことが驚きだったのか、テンちゃんは目を見開いた。

 だけど、すぐに鋭く睨むものに変わる。


「抜け抜けと」

「だから聞けって。だけどな。俺はお前よりも強いのは確かだ。そして、少なからず、アリスの助けになる程度の力はある」

「その程度で」

「俺はアリスを信じている。だから、俺がドラゴンを倒さなくたって、時間稼ぎさえすれば、アリスが何とかしてくれるとな」


 テンちゃんが口を挟む間もなく、アジムさんが話を続ける。


「悔しいが勝つのは無理だ。だが、足止めなら可能だ。俺がしぶといのは、お前も認めるだろう? まあ、もちろん。勝てないのは、今、の話だ。そのうち俺は、ドラゴンも勝る力を手に入れるがな」


 不遜な態度のアジムさんに、テンちゃんは呆れた顔をしていた。


「あんたなんか、時間稼ぎもできないわよ」

「それは流石に俺のことを過小評価しすぎだ。俺はすでに、2度も、ドラゴンたちと戦い生き延びている。それが何よりの証明だろう」


 強がりではなく、本当に自信をもって言うアジムさん。

 そんなアジムさんを、テンちゃんは、ジトッとした目で見ている。


「あんたは、なんていうか」


 だけど、その目は少しずつ、呆れたものから、諦めたものへと変わっていくように見えた。


「でも、確かに、そうね。あんたのしぶとさだけは、信じられるかも。アリスの本気の攻撃を受けても大丈夫だったみたいだし」

「ま、まあ、あれは流石に、三途の川が見えたが。そ、それもまあ、貴重な経験だったな」


 その節はごめんなさい。

 と、謝ろうとしたけど、それよりも先にテンちゃんが動いた。


「わかったわ。あんたを信じる。テンちゃんとリリルハさんたちをちゃんと守ってよね」


 テンちゃんは、私をギュッと抱き締めながら言う。


「当たり前だ。俺はドラゴンキラー。守るのはお手のものなんだからな」

「それ、ドラゴンキラーとか、関係ないし」


 テンちゃんは、アジムさんに、べぇと舌を出した。


「アリス。絶対、無事に帰ってきなさいよ?」

「うん。わかってる」


 抱き締めてくれるテンちゃんを、私も抱き締め返した。


「なっはぁん。抱き締め合う姿は、まさにマリアージュ!」


 と、そんなことをしていたら、リリルハさんが、こちらに来て、私たちを見た途端に、鼻血を出していた。

 倒れかかるのを、呆れた顔のシュルフさんが支えている。


「リリルハ様。お戯れはそのくらいにしてください」

「っはぁ。これは、強烈でしたわ。戦う前に昇天してしまう所でした」


 リリルハさんは、いつも通り。

 うん。大丈夫そう。


 テンちゃんも、そんなリリルハさんを見て、少しだけ安堵しているようだった。


「リリルハさん。気を付けてよね」

「ええ、わかってますわ、テン。ずびっ。私を信じてくださいな」


 鼻を押さえながら言うリリルハさんは、少し、頼りないように見えるけど、それは逆にいつも通りに見えて、自然と落ち着くことができた。


 テンちゃんも同じみたい。


「アジムも、気を付けなさいね」

「当たり前だ。俺に油断なんてものは存在しない」

「アリス。がんばってね」


 アジムさんの言葉を聞き終えるよりも前に、テンちゃんがこっちに来た。


 話、聞く気がなかったんだね。


「うん、絶対、お姉ちゃんを説得してくるからね」


 テンちゃんは、頷いてくれた。


「さぁ、行きますわよ」


 そして、私とリリルハさん、シュルフさんとアジムさんは、魔方陣に乗っかった。


 そして、リリルハさんが魔力を込めるのを合図に、魔方陣が発動し、私たちは何処かの空間へと飛ばされたのだった。

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