第116話 その前に
「退屈ね」
竜の巫女は、たった1人で玉座に座り、隣に控えるドラゴンの頭を撫でた。
竜の巫女の隣には、2頭のドラゴンが控える。
1頭は、黒い靄がかったドラゴン。
その姿の全容は靄によって見ることができない。しかし、その風格は、紛れもなくドラゴンであり、圧倒的な強者としてのオーラを放っていた。
そして、もう1頭は白いドラゴン。
気高く、威厳に満ちた佇まいは、ドラゴンの中でも、異彩を放っている。
その目には、竜の巫女への絶対的な忠誠が刻まれている。それは、操られているような、淀んだものではない。心からの忠誠だった。
2頭のドラゴンは、ただひたすらに竜の巫女に従う。主を守ることこそが、至上の喜びであるというように。
だがしかし、そのうちの一方は、その嘘偽りのない感情とは別に、消せることのない心残りがあった。
それは、竜の巫女と同様に、付き従い、主と認めた少女のこと。
竜の巫女に忠誠を誓う心に偽りはないが、それでも、このドラゴンは、その少女のことが頭から離れなかった。
「ねぇ。あなたは、何を考えているの?」
竜の巫女に問われ、白いドラゴンは、顔を曇らせる。
その表情を見るまでもなく、白いドラゴンの心に気付いていた竜の巫女は、その仕草で確信を持つ。
「あなたは、本当に優しいのね。でも、あの子は、私たちの敵になった。それは変わらないわ。愚かな人間の味方になったのだから」
白いドラゴンには、竜の巫女の言わんとすることが痛い程にわかっていた。
それはかつての自分の抱いていた憎悪と、何一つ変わらないものだったから。
白いドラゴンは、自分の雑念を振り払い、竜の巫女を見る。
迷いは切り捨てたと言わんばかりに。
それを見た竜の巫女は、満足そうに笑う。
「ふふ。それじゃあ、あなたにお仕事をあげるわ」
竜の巫女からの勅命は、ドラゴンにとって、何よりも誇り高い名誉である。
それが例え、あの少女の抹殺だとしても。
それは、白いドラゴンも覚悟していたことだった。
しかし、実際の話は、そう簡単なものではなかった。
「あなたには、今、ウィーンテット領国に攻め込んでいるヤマトミヤコ共和国の人間ごと、全員、葬ってほしいのよ」
それは、白いドラゴンが想像していた使命とは、かけ離れたものだった。
しかし、それを聞いてすぐに、白いドラゴンは、その意図を察する。
それは、自分が竜の巫女に信用されていないということ。いや、逆を言えば、これ以上ない程に信じられているとも言えるのかもしれない。
何故なら、竜の巫女は、白いドラゴンが、その少女を目にすれば、そちら側に付くと思われたということなのだから。
それは、疑いではなく確信。
信じられていないというよりも、白いドラゴンのことを誰よりも知るが上に、下した結論だった。
それについて、白いドラゴンが異を唱えることはない。
実際、もう一度、あの少女を目にした時、非情になれるのかと問われたら、その答えは否、だったからだ。
白いドラゴンは、竜の巫女からの指示に従い、すぐに移動を始めた。
「大丈夫よ。あの子の事は、任せなさい」
それが意味することは何なのか。
正直、白いドラゴンには、わからなかった。
しかし、それを見ることで、心をかき乱される可能性は高い。そう思われての指示。
だからこそ、白いドラゴンは、何も言わず、竜の巫女の指示に従ったのだった。
玉座の間を去っていく白いドラゴンを見送り、竜の巫女が、もう1頭のドラゴンに話しかける。
「あの国も、もう必要ないわよね。必要なものは、すべて、手に入れたんだから」
黒い靄がかったドラゴンは、嬉しそうに竜の巫女に撫でられていた。
竜の巫女は、これまでのことを振り返る。
かつて、竜狩りという宿敵に破れ、眠りについたこと。
しかし、用意周到に、復活のための準備を仕掛け、新たな竜の巫女の末裔に、すべてを託したこと。
そして、今、念願であった、かつて死に別れたドラゴンの復活を果たし、竜の巫女は、かつてない程に、気持ちを昂らせていた。
「私の使命は、この世界の人間たちを滅ぼすこと。そうすれば、この世界も少しは綺麗になるはず」
そう信じて疑わない竜の巫女は、ドラゴン以外のすべてを駒にして、世界地図に並べていた。
駒はすべてが壊れていて、元がどんな形だったのかもわからない。
ただわかることは、その駒は竜の巫女が壊したものであるということ。
そして、それは、地図上だけでなく、現実でも起きていることだった。
各所で抵抗はあるものの、人間たちへの攻撃は、概ね、竜の巫女の想定していた通りとなっていた。
竜の巫女を奉るヤマトミヤコ共和国の人間は、何も抵抗することもなく蹂躙された。
不届きにも抵抗する者が、ごく僅かにいたが、ドラゴンにかかれば、何の支障もない。
数瞬もせずに、その命を散らしていった。
最初は、ヤマトミヤコ共和国とウィーンテット領国を争わせ、人間同士の殺し合いをさせようとしていた。
しかし、竜の巫女にとって、アリスの存在は無視できなかった。
ヤマトミヤコ共和国の人間には、アリスを、竜の巫女の末裔だと知る者もいる。そんな者が、アリスを目にしたら、同様を招くのは必然。
ヤマトミヤコ共和国の人間がどうなろうが、竜の巫女にとってはどうでもよかったが、無駄に時間をかけるのは、竜の巫女は好まなかった。
だからこそ、ヤマトミヤコ共和国に、ウィーンテット領国を適当に攻めさせて、唯一信頼しているドラゴンたちに、攻撃を命じていたのだ。
そして、それは、竜の巫女の思うがままの結果を出していた。
「ふふ。もうすぐよ、アリス。あなたもきっと、新しい世界を、気に入ってくれるわ」
そう呟く竜の巫女の心を理解する者は、この場にも、世界の何処にも存在しなかったのだろう。
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