第115話
ズドォーン!
ものすごい音が2回、鳴り響いた。
言うまでもなく、それは、ドラゴンさんが地面に落ちてきた音。
音と共に地面が揺れて、立っているのも大変なくらいだった。
あまりの衝撃に、ドラゴンさんたちが無事なのか不安になったけど、慌てて駆け寄ってみても、ドラゴンさんたちは、痺れ薬で動きづらそうにしてるだけで、大したダメージはなさそうだった。
流石、ドラゴンさん。
あれだけの高さから落ちて、怪我の1つもないなんて。
だけど、それは逆に、生半可な攻撃は通用しないという証明に他ならなかった。
痺れ薬だって、いつまで効くかわからない。
すでに、羽は微かに動いていて、羽ばたくことはできていないけど、その回復力は油断できなかった。
ちなみに、アジムさんはまだ降りてきていない。俺だけの高さから落ちると、生身の人ではまず助からない。
だから、私の時と同じようにゆっくりと落ちてきている。今回は、シュルフさんにそれをお願いした。
だから、今はそれよりも。
「うごかないで」
「っ!」
私は、竜の巫女の力をフルに使って、ドラゴンさんが逃げられないようにする。
ドラゴンさんは、一瞬、驚いたような顔をして、それから、悔しそうに私の方を見た。
「ごめんね。だけど、話を聞いてほしいの」
ここで逃げられたら、やっとここまで来たのに、作戦が失敗してしまう。
ドラゴンさんたちには、申し訳ないけど、全力で、竜の巫女の力を使うしかない。
ドラゴンさんを無理矢理従わせるのは抵抗があるけど、今はそんなことも言ってられない。
「もう、ここを攻撃しちゃ、だめだよ」
我らにそれを強要するか。人間の手先になったか、竜の巫女の末裔よ。
赤いドラゴンさんは、怒っているみたい。青いドラゴンさんも、何も言わないけど、同じ思いなんだと思う。
だけど、私だって、こんな所で引き下がれない。
「ちがうよ。私は、お姉ちゃんにも、このせかいを知ってほしいの」
そんなものは不要だ。竜の巫女様は、この世界を、もう何百年も見てきたのだから。
今度は、青いドラゴンさんは、そう言っている。
ような気がする。
だけど。
「それでもたりないの」
なんだと?
2頭のドラゴンさんが同じような顔になった。
「ううん。たりないんじゃない。多分、終わりなんてないの。人のことを知るのに、これでいい、なんてことはないの」
人の中には、悪い人だっている。
優しい人だっている。
だけど、それは、変わらないものではないんだと思う。
昨日は悪かった人が優しくなることも。
昨日は優しかった人が、明日は悪くなることも。
この世界ではよくあることなんだ。
だから、人たちのことを観察しても。
何百年経とうと、何千年経とうと、何万年経とうと、そんなことは関係ないの。
次見たときには、人の感情は変わってるんだから。
だが、人間に悪しき心があるのは、紛れもない事実。それによって、竜の巫女様を傷付くことを、我々は許容できない。
赤いドラゴンさんが言っている。ような気がした。
「でも、こんなやり方じゃ、お姉ちゃんは報われないの。救われないの」
私は、国境線の所で出会ったドラゴンさんに説明したように、私の思いを伝えた。
今度は、泣かずに最後まで言えた。
私の話を聞いて、ドラゴンさんたちは、何かを思案するように黙っていた。
この前の時も、私の言葉は、すべてが納得されていた訳ではないと思う。
そして、それは、今回も同じようだった。
だけど、これも、前回と同じだけど、私の本気だけは、ドラゴンさんたちにも伝わったらしい。
竜の巫女様の末裔に、何も期待などせぬ。だが、命令をされるならば、我々は逆らうことはできぬな。
堂々たる姿は、ドラゴンとしての威厳を象徴しているようで。
だけど、ドラゴンさんたちも、本当は、私と同じ気持ちなのかもしれない。
お姉ちゃんが、幸せになるように。
ただ、それだけを願っている。
だから、私は。
「ありがとう。じゃあ、おしえて。お姉ちゃんは、いま、どこにいるの?」
竜の巫女様は、古の、我らが島におられる。
◇◇◇◇◇◇
「古のドラゴンさんたちの島、ですの?」
シュルフさんとも合流して、私たちはドラゴンさんの話を整理することにした。
残念ながら、アジムさんは、あの高さから落ちたショックで気を失っている。ゆっくりと落ちてきたはずなんだけどね。
ドラゴンさんたちは帰した。
もうここに攻撃してこないように命令したし、それ以上、ドラゴンさんたちをここにとどめておく理由なんてないから。
それに、私の命令でも、お姉ちゃんの命令を上書きするまではできないみたいだった。
その島が何処にあるのかは教えてくれなかったし、連れていってくれることもなかった。
だけど、その島が何なのか。
それだけは私もわかった。
「うん。私、1回だけ、そこに行ったことあると思うの」
「え? そうなんですの?」
「うん。あれは、空に浮かんでる島だったの」
「空に?」
リリルハさんたちは驚いていた。
そうだよね。島が浮かんでいるなんて、普通に考えたらおかしいもんね。
だから、私はあの時のことを説明した。
私が竜狩りから逃げていた時、偶然、空を浮かぶ島に辿り着いたこと。
そして、そこで、お姉ちゃんが使っていたと思われる神殿があったこと。
私が思い出した記憶の中にも、そんな島の景色と思われるものがあったこと。
すべてを説明すると、リリルハさんたちは、神妙な顔で、顔を見合わせていた。
「島を浮かばせるなんて、どれだけの魔力が必要なんですの?」
「想像が追い付きませんが。今はそれを考えても仕方がないでしょう」
「そうですわね。それよりも、何処にその島があるのか。どうやって行くのかを考えなくては」
そう。あの島は空を浮かんでいて、島が動いている可能性は十分にあった。
そうなると、あの場所にはもう、あの島はない可能性も高かった。
というよりも、あんなに大きな島がずっとあそこにあれば、誰かが気付くはず。
雲に隠れているようだったけど、だとしても、永い年月を同じ場所にあって、見つからないというのは考えづらかった。
だからこそ、あの島が動いているのでは、と、みんなで考えたのである。
「何処にあるのかもわからず、行き方もわからない。難しいですわね」
お姉ちゃんのいる場所がわかっても、結局、何処にいるかはわからないんだ。
しかも、見つけたとしても、そんな高さまで行けるのかは、また別の問題。
解決できない問題は山積みだった。
せっかくドラゴンさんから情報を聞き出せても、これでは、お姉ちゃんの所まで行けない。
どうすれば。
「私なら、そこに行けるかもしれません」
「え?」
そう焦っている時も、ヒミコさんは、おもむろに、そう口にした。
「本当ですの?」
「はい。古より姫には、竜の巫女様の作られた島へ行く魔法が伝わっていました。恐らく、その魔法で行ける島こそが、今の話の島でしょう」
ヒミコさんが言うには、竜の巫女様が、ずっと昔に、戦いの作戦会議をする場所を作っていたのだとか。
そして、その場所にすぐに行けるように、今の場所からそこまで、道を繋げる魔法が伝わっていたらしい。
本当にそこで間違いないのかは、ヒミコさんにもわからないみたいだけど。
試す価値はある、というのが、ヒミコさんの考えだった。
「なるほど。それは確かに、試してみても良いかもしれませんわね」
「そうですね。その空飛ぶ島が、アリス様の記憶と一致しているというのなら、作戦会議をする神殿というのも、一致します」
ヒミコさんの意見を聞いて、私たちの意見はまとまった。
「ヒミコさん。その魔法で、私たちをお姉ちゃんの島まで送ってくれる?」
「ええ、もちろんです。ですが、少しだけ時間をいただきたいのです。この魔法には、専用の魔方陣を描く必要があります」
その魔方陣は、他の人に真似されないように、様々な仕掛けがされているみたい。しかも、その魔方陣はかなり大きいのだとか。
だから、描くのにも少し時間がかかる。
「それは仕方ありませんわね」
魔方陣を描くのにかかる時間は、3日。
魔力を込める必要もあるみたいで、それ以上早くするのは難しいみたい。
ヒミコさんに無理をさせる訳にもいかないので、みんなそれで了承した。
「なるべく、早く完成するようにしますので。皆様は、少し休んでください。護衛なら、キョウヘイがいますので」
「そうっす。何の問題もないので」
そう言う2人。
2人だけに負担はかけたくなかったけど、2人の意思は固く、結局、押しきられてしまった。
「まあ、あの2人なら大丈夫でしょう。そんなに離れてもいないから、何かあればすぐにわかりますわ」
街の外で魔方陣を描くヒミコさん。
と言っても、街を出てすぐなので、例え、ドラゴンさんたちが来ても、私たちなら気付ける。
そう思って、私たちはヒミコさんたちの言葉に甘えて、一度、街で休むことにしたのだった。
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