第113話
作戦はこうだった。
まず、私がシュルフさんの魔法で、アジムさんの視覚や聴覚を共有して、アジムさんを空に飛ばす。
視覚があれば、少しぐらい援護はできるから、それでアジムさんをドラゴンさんの近くまで誘導する。
そして、アジムさんの持つ痺れ薬をドラゴンさんたちにぶつけて、痺れさせる。
あの高度から落ちても、ドラゴンさんたちなら、大怪我をすることはない。
痺れ薬の効果は、飲ませるのが1番効き目が良くて、次に顔にぶつけること。最悪、身体の何処かに当てれば、少なからず効果があるのだとか。
できれば、口の中に放り入れたい。
薬が入っている玉は、ドラゴンさんの体内に入れば溶けてしまうもので、それで体を害することはないみたい。
そして、痺れている間に、私が龍の巫女の力を使って、お姉さんの場所を聞き出し、この街に2度と攻めてこないように命令する。
それだけ。
単純だけど、今できるのはこれくらいが限界だった。
「まあ、この俺がいるんだ。成功は約束されたも同然だ」
アジムさんは、自信ありげに言う。
ように見えたけど、注意深く見てみると、そうでもなさそうだった。
微妙に汗をかいてるし、目は微かに泳いでいるように見える。
外には出さないようにしているようだけど、緊張しているのかもしれない。
そして、それに気付いているのは、私だけではなかった。
「ちょっと、あなた。それで、大丈夫なんですの? 相手は2頭。薬も2つ。失敗は許されないんですのよ?」
リリルハさんは、遠慮もなく指摘した。
アジムさんが隠しているから、あまり言わない方がいいのかもと思ったけど、それは間違いだったみたい。
指摘されたアジムさんは、目に見えて動揺し、体の震えは、誰が見ても明らかなものになった。
我慢の限界だったのかも。
こんな状況でドラゴンさんに出会っていたら、パニックになっていたかもしれない。
「わ、わかってる。こ、これは、あれだ。武者震いだ」
必死に強がるけど、無理をしてるのは明らか。このままでは、薬を投げる手も覚束ないし、作戦に支障が出てしまうかも。
そんなことを考えていると、リリルハさんが、両手でアジムさんの両頬を、バチンッと力一杯に叩いた。
「今、頼れるのはあなただけですの。見たいのは、強がりではなく、結果ですわ。できるなら、できる。できないなら、できないと、正直に話してくださいな」
顔を近付けるリリルハさんに、アジムさんは少し顔を赤くしていた。
そんなアジムさんに、リリルハさんは、意地悪そうな、挑戦的な視線を向けた。
「それとも、ドラゴンキラーなんて自称していても、所詮は自称ということでしょうか? 臆病者の身の程知らずということですの?」
あえて腹を立たせようとしているかのような物言い。
緊張を解すためなんだろうけど、その効果は絶大だったようで、アジムさんは、リリルハさんの言葉に即座に反応した。
頭に血が登ったのか、さっきまでの不安そうな様子はなくなって、かなり怒っているみたい。
「そこまで言われちゃあ、黙ってられねぇ。見てろ。絶対に成功させてやるよ」
失礼な言い方に腹を立てた。
のかと思ったけど、どうやら、それだけではないみたい。
確かにその言葉に腹を立てているのは間違いないみたいだけど、リリルハさんの意図は、アジムさんも、察したのかも。
その上で、あえて乗っかっているのかも知れない。
しかし、そうだとしても、アジムさんの緊張を解すという目的自体は、達成させられたみたい。
「アジムさん。大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。ふん。ドラゴンめ。早く来れば、いいものを」
勢い勇んで言うアジムさん。
果たして、アジムさんのその要求が、叶った訳なのか。
次にドラゴンさんが攻めてくるのは、これまでのインターバルよりも遥かに短く、2日後だった。
私たちの前に、この前と同じように、慌てた声がその場に響く。
「ドラゴンが、また攻めてきました!」
◇◇◇◇◇◇
「アジムさん。どう? うまくいきそう?」
「あ、ああ。少し慣れないが、動きに対応はできそうだ」
ドラゴンさんが来たという情報を得て、私たちはすぐに準備に取りかかった。
この前と同様、空を飛ぶ魔法を使う。
違うのは、飛ぶのがアジムさんで、魔法を使うのは私ということ。
ドラゴンさんが来るまでほとんど時間はないけど、少しでも練習しておこうと、低高度でアジムさんを飛ばしてみる。
シュルフさんの魔法のお陰で、目を瞑ってもアジムさんの見てる景色がわかる。
そして、アジムさんの考えていることもなんとなくわかって、右に行きたいだとか、左に行きたいだとか、上に行きたいだとか、そんな考えが頭に入ってきて、その通りに動かしていく。
「うおっ!」
「あ、ごめんなさい」
だけど、アジムさんの思うスピードとは違ったみたいで、アジムさんがグラッと体勢を崩した。
「も、もうちょっと、ゆっくりにするね?」
「い、いや、大丈夫だ。このスピードで頼む」
「でも……」
「それに、このくらいのスピードじゃないと、ドラゴンには追い付けないだろ?」
アジムさんが真剣な顔で言う。
確かにその通りだ。この前、ドラゴンさんと対峙してわかった。
やっぱり、生半可な魔法では、ドラゴンさんには届かない。リリルハさんの全力でもっても、純粋なスピードでは、ドラゴンさんの歯が立たなかった。
多分、それは私でも同じ。
それなのに、手加減したスピードでドラゴンさんに挑むなんて無謀すぎる。
それは確かに、アジムさんの言う通りで、私も同じように思っていた。
でも、アジムさんが、そのスピードに耐えられないのなら意味がない。
「安心しろ。もう慣れてきた。これなら、全力のスピードだって耐えられるぞ」
「ほんとう?」
グラグラとしてるように見えるけど。
「あったりまえだ。これはな。この方が動きやすいから、あえてこんな体勢なんだよ」
「あ、そうなんだ!」
フラフラと横になったりしてるけど、その方が動きやすいんだ。
確かに、言われてみれば、私もアジムさんを動かしやすくなっている気もする。
「いや、それは体を全部、アリスに任せてるから……、いえ、なんでもありませんわ。成功すればなんでもいいのです。さあ、行きなさい」
何かを言いかけたリリルハさんだったけど、それは途中で止まってしまった。
何か、諦めたような顔をしてるけど、どうしたんだろう。
でも、なんでもないって言ってるし、いいのかな。
「わかった。アジムさん。行くよ」
「おお、来い!」
全力で、と言われたから、私は全力でアジムさんを上昇させた。リリルハさんが、使ってくれたように、スピードを上げても、辛くないように保護をかけながら。
だけど。
「うっ、ぎゃあああぁぁぁぁ! ぁぁぁぁー」
上昇し、どんどんと声が遠くなっていくアジムさん。だけど、それに負けない大きな絶叫が聞こえてきて、やっぱり不味かったかな、と思った。
と言っても、もう後戻りはできないんだけど。
アジムさんの声が聞こえなくなって、シュルフさんの魔法が発動した。
「お、おえっ! うぅ、きもぢわるい」
「ア、アジムさん。だいじょうぶ?」
魔法による視覚と聴覚か共有され、アジムさんの感覚が私に伝わってくる。
だけど、それから初めて聞こえてきたのは、弱々しいアジムさんの声だった。
アジムさんは、絶叫はしてなかったものの、本当に気持ち悪そうで、吐きそうな感じだ。
「や、も、無理かも」
「えぇ! アジムさん」
目も虚ろなのか、視界が悪い。
いつもの私が見えている視界と違うから、かなり操作が難しくなってる。しかも、体調が悪いせいか、音の聞こえも悪い。
どうしよう。
こんなんで、ドラゴンさんに会っても大丈夫なのかな。
「アリス。もうここまで来たら覚悟を決めるしかありませんわ。アジムさんを信じなさい」
「う、うん」
不安に思っている私に、リリルハさんが声をかけてくれた。
今はアジムさんの視覚に集中してるから、リリルハさんの顔は見えないけど、その声だけで優しい顔が浮かんでくる。
背中に手を添えられて、その温もりに心が落ち着くような気がした。
そうだ。私もリリルハさんだから、信じて任せられたんだ。
だから、私もアジムさんに信じてもらえるようにしないと。
「アジムさん。こわがらないで、ずっと遠くを見てみて」
「は? いや、ちょっと、吐きそうなんだが」
「だいじょうぶだよ。前をむいても、風がぶつからないように魔法をかけてるから。下を見るよりも、ずっとよくなるはずだから」
私はアジムさんに語りかける。
そうするだけで、少しは気が紛れるはずだから。
それに、こんなにスピードが早いと、遠くの景色を見る方が、気持ち悪くならないはず。
私はドラゴンさんに乗って移動する時、なるべく遠くを見るようにしていたから。
私の場合、どっちにしても、酔うことなんてないんだけど。
「しんじて? ね?」
「う、わ、わかった」
アジムさんは、半信半疑という様子で、無理矢理顔を前に向かせてくれた。
「う、うぅ」
雲の間を抜けて、空を飛ぶ。
だけど、空の上には何もないから、景色はそんなに変わらない。
風も防いでいるから、感覚として移動していることはわかるけど、あまり実感はわかない。
「ううぅ。ま、まだ気持ち悪いが、少しは落ち着いた、かも、しれん」
「ほんとう? よかった」
アジムさんの言うように、少しは回復したみたい。さっきまでよりも視界は開けたし、音も良く聞こえるようになった。
少しずつだけど、顔もしっかりと前を向けるようになって、周りも見れるようになったみたい。
「お、おぉ! 思ったよりも大丈夫だな。これなら、問題なさそうだ」
さっきまでの強がりとは違って、心の底からそう思えるのが伝わってくる。
その証拠に、さっきまではフラフラと彷徨うようだった視線が、意思を持って動くようになっていた。
「よし。これなら、行ける。行けるぞ、アリス」
「うん。私もがんばる」
これでやっとスタートラインに立てた。
あとは。
アジムさんの視線が1点に絞られた。
いつもの私の視野とは違うから、少しだけ慣れないけど、そこに見えているものを、私も気付くことができた。
「よし。早速お出ましだな」
「うん。アジムさん。いこう」
視線の先にいたのは、ドラゴンさん。
この前と同じ、赤と青のドラゴンさん。
「グオオオオン!」
ドラゴンさんたちもこっちに気付いたみたいで、こちらに向かって雄叫びを上げている。
「へ、そんなのでビビるドラゴンキラーではないんだよ。行くぞ、アリス」
「うん、わかった」
これで決める。
そう心に決めたのは、私だけではない。
アジムさんの気持ちもしっかり受け取って、私はドラゴンさんに向かって、アジムさんを飛ばしたのだった。
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