第110話

「ほんとうに、むり、しない?」

「ええ、大丈夫ですわ」


 ドラゴンさんは、もうすぐそこまで来ている。

 正直、他の策を考えている暇はない。

 だけど、私は、未だに納得はできていなかった。


 だって、リリルハさんにもしものことがあったら、私は。


「アリス様。私も微力ながら、リリルハ様をサポートします。ほんの僅かですが、リリルハ様に魔力を渡してありますので」


 確かに、リリルハさんの中には、ヒミコさんの魔力が巡っていた。

 それは、極僅かなもので、ヒミコさんが無理をしない程度のものだったけど、それだけでも、かなりリリルハさんの負担は軽減している。


 それはわかってる。

 だけど、やっぱり不安。


 リリルハさんは今、リミッターを解除している。だから、魔力の消費が激しく使い切りそうになると、寿命を消費することになる。


 リミッターの解除のメリットは、本当の限界まで魔法を使うことができること。


 普通なら、魔力を使い切りそうになったら、魔法が切れる。そこから無理矢理、力ずくで魔法を使うと、魔力を完全に使い切り死んでしまう。

 その時、生命活動に使っていた魔力が残っていても、体の中をうまく巡回することができなくなってしまい、意味がないのだ。


 一見、魔力を使い切るのと比べれば、リミッターの解除の方がメリットが大きいように思える。


 だけど、リミッターの解除は、限界に気付かず魔力を使ってしまう危険が高くなってしまう。


 リミッターの解除をしなければ、本当に駄目な時は、勝手に魔法が止まってしまう。無理矢理に魔法を使うのは、実は誰でもできることじゃない。


 だけど、リミッターの解除は、誰でもできてしまう。それが、恐ろしい所なの。


「アリス。信じてください。私がアリスを置いて、死んだりなんてしませんわ。ええ、私はアリスを愛でるためにも、絶対に死んだりなんてしませんから」


 リリルハさんは、凛々しい顔のまま、私を抱き締めて、ジュルリと涎を流していた。

 うん。いつものリリルハさんだ。


「わかった。リリルハさん、おねがい」

「ええ、任せなさいな。シュルフ、準備は良いですわね?」

「はい。いつでも」


 それから、リリルハさんの魔力が私に触れるのがわかった。


 私の周りを、リリルハさんの魔力が流れて、私の体が少しだけ浮く。


「わぁ」


 ドラゴンさんに乗るのとは、全く違う感覚。

 少しフラフラしてるけど、それもすぐに落ち着いてきて、リリルハさんの頭を通り越したぐらいになると、体はかなり安定していた。


「リリルハ様、どうでしょうか?」

「ええ、見えます、聞こえますわ。これなら、上手くいきそうです」


 シュルフさんの魔法で、リリルハさんは私の視覚や聴覚とかを共有している。

 超上空で私を飛ばすためにはそれがないと上手くいかないからって。


 リリルハさんは目を瞑って、集中していた。

 リリルハさんがどんな風に見えてるのか私にはわからないけど、どうやら上手くいったみたい。


「アリス、いきますわよ?」


 リリルハさんの口は動いていなかった。

 魔法で話しかけてるのかも。


「うん。おねがい」


 私も声に出さなくても、思うだけでリリルハさんに伝わったみたい。


「わかりましたわ。いきますわよ!」


 リリルハさんの声が聞こえると、ギュンッと私の体が急上昇した。


 魔法による影響なのか、ドラゴンさんの背中に乗っている時のような、風がぶつかってくる感じはしない。


 本気のドラゴンさんに比べるとスピードは遅いかもしれないけど、十分なスピードだった。


 グングンと高く上っていく。


 気付けば、リリルハさんたちの姿も小さくなって、雲が目の前にあるくらいの高さまでやってきた。

 だけど、それでも止まらず、もっと、もっと、上っていく。


 そして、雲よりも遥かに高い所まで来た所で、私は止まった。


「アリス。聞こえます?」

「うん。聞こえるよ」


 魔法でのリリルハさんの声は、すぐ耳元で聞こえてきた。


「ドラゴンさんは、もうすぐそこにいるはずですわ。周りに警戒して、ドラゴンさんを探してください」

「うん、わかった」


 リリルハさんは、私の感じるものを感じることができる。そして、私の感じないものはリリルハさんも感じない。


 だから、ドラゴンさんを探すのは私の仕事。


 と言っても、そんなに大変なことはなくて、ドラゴンさんの気配はすぐにわかった。


「グオオオオン!」

「ドラゴンさん!」


 2頭のドラゴンさんは、私のすぐ上にいた。

 耳が痛いくらいの雄叫びは、私の声をかき消して、ドラゴンさんには届かなそうだった。


 やっぱり、私が1人でここまで来ても、ドラゴンさんには声が届かなかっただろう。

 危なかった。


「見えましたわ、アリス。アリスの動きたいようにイメージしてくださいな。その通りにアリスを動かしてみせますわ」

「うん。おねがい」


 ドラゴンさんは、私から一定の距離を保って、隙を伺っているみたいだった。


 ドラゴンさんは、積極的に私を攻撃してくることはない。


 だけど、私の声が、ドラゴンさんたちを無理矢理従わせる力があるということはわかっているみたいで、私が声を出そうとすると、ドラゴンさんもまた、雄叫びを上げようとする。


 私の声は、ドラゴンさん程大きくないから、魔法で大きくしてもたかが知れている。


 なら、もう少し近付かないと。


 私はドラゴンさんに近付くようにイメージする。その動きもイメージすると、私の体は自動的に動いた。

 リリルハさんが操作してくれているみたい。


 自分では何もしてないのに、思った通りに動く体に少し違和感があったけど、とりあえずドラゴンさんの方に向かっていく。


 だけど、流石にそんなに単純な動きじゃ、ドラゴンさんの所まで行けるはずもなく、ドラゴンさんは、二手に分かれて逃げてしまった。


 だから今度は、スピードを上げて、片方の青いドラゴンさんの方に向かっていく。


 でも、スピードはドラゴンさんの方が早いみたいで、素直に追いかけても追い付ける気配はなかった。


「アリス。ごめんなさい。私にもっと魔力があれば」

「ううん。そんなことないよ。ドラゴンさんの凄さは、私が1番わかってるから」


 空において、ドラゴンさんに勝つのは人では不可能。

 それは、速度もそうだけど、それよりも、魔法に頼らず動き回れる自由さの方が厄介だ。


 魔法で空を飛ぶと、どうしても魔法を作用させるための時間差が発生してしまう。それに対して、ドラゴンさんはその差が全くない。


 この差は途方もなく大きくて、埋めようのない差とも言える。


 やっぱりドラゴンさんを捕まえるには、私が魔法を使う必要がある。


「リリルハさん。すこしだけ、むずかしいかもしれないけど、おねがい」

「ええ、絶対にアリスの思い通りに動いてみせますわ」


 動くのはリリルハさんに任せて、私は魔法に集中した。


 まず、ドラゴンさんを捕まえるための魔法。

 だけど、普通の縄じゃ、ドラゴンさんを捕まえてもすぐに引きちぎられちゃう。


 だから。


 私は魔力を込めた鎖を作り出し、ドラゴンさんに向けて投げつけた。


 この鎖は私の思い通りに動いてくれる。

 ドラゴンさんはすぐに逃げたけど、私の鎖はそれを追いかけた。


 鎖の速度は青いドラゴンさんと同じくらい。

 だから私は、ドラゴンさんの前に回り込むように動いて、鎖と私で挟み撃ちにした。


 だけど、それを察知したドラゴンさんは、横に移動するのではなく上昇した。


 すぐにもう1本鎖を出して逃げ道を塞ぐけど、その鎖を赤いドラゴンさんが弾き返してしまった。


「うぅ、むずかしい」


 1頭なら上手くいったかもしれないけど、2頭いると、お互いにフォローし合ってしまい、中々上手くいかない。


「なら、次は」


 鎖作戦は失敗。

 今度は、これ。


 私は魔法の壁を作って、ドラゴンさんの前を塞いだ。もちろん、ドラゴンさんは、そんな壁なんてすぐに壊してしまうけど、時間を稼ぐことはできる。


 私は次々に壁を作って、ドラゴンさんの動きを制限していった。


 赤いドラゴンさんも、青いドラゴンさんも、破壊し尽くせない壁は避けながら飛んでいく。


 そして、少しずつだけど、ドラゴンさんたちは、私の方へと近付いてきた。


 これなら。

 そう思ったけど、これもやっぱり、そう簡単な話ではなかった。


「グオオオオン!」


 もう少しという所まで来ると、ドラゴンさんたちは、一際大きな雄叫びを上げて、私の作った魔法の壁をすべて壊してしまった。


 まさか、全部を一気に壊されるなんて思ってなかった。これも、2頭が一緒に雄叫びを上げたからかな。


 うーん。これも失敗。


 どうしよう。

 鎖を出しながら、壁を作るのは、調整が難しいし、片方を疎かにしたら、ドラゴンさんには通用しないだろうし。


 やっぱり、傷付けずドラゴンさんを捕まえることなんてできないのかな。


 でも、ドラゴンさんを攻撃するなんて、私にはできないよ。


 そう思っていた時、私が別のことを考えてることに気付いたのか、ドラゴンさんは大きく口を広げて、炎を溜めていた。


「あ!」


 しまった、と思った時には、もうドラゴンさんの攻撃が始まっていた。


「グオオオオン!」


 2頭のドラゴンさんの炎が渦になって合わさって、強力な炎の玉が出来上がった。


 それは凄い速度で街に襲いかかる。


「だめっ!」


 私は三重に魔法の壁を作って、その炎を玉を防ぐ。


「ぐっ。ううぅ」


 私の全力の魔法でも、その攻撃を防ぐのは難しいみたいで、1つ、また1つと、壁は壊れてしまった。


 私はすぐに魔法を重ねて、壁を作り出す。

 だけど、それも壊れてしまって、もう止められないくらいまで来てしまっていた。


「こうなったら!」

「っ! アリス! それは駄目!」


 リリルハさんは、私の思った通りに動いてくれなかった。


 だけど、そんなことを構っていられない。


 私は無理矢理、リリルハさんの魔法を解除して、自分で空を飛んだ。


 そして、炎の玉の前に立ち塞がるように私は体を広げる。


 私は、自分の全身を守るように魔法を展開して、最低限の防御をした。所詮、気休めにしかならないけど。

 でも、死ぬことはない、はず。


 こうしないと、街は守れない。


 私は来るであろう痛みに備えて目を瞑った。


「っ!」



 目の前に広がる太陽のような炎が眩しくて、ギュッと目を瞑ったままだったけど、中々、その玉は私に届かなかった。


 光は感じるから、私を外したということもないはず。だけど、こんなに近くにあるはずなのに、熱くはなかった。


 むしろ、ひんやりとしているような。


 私は恐る恐る目を開いた。


 すると、そこには、信じられない光景があった。


「え?」


 私の目の前には凄く大きな氷の壁ができていた。

 ドラゴンさんの炎を止める程の氷は、少しずつ溶けているけど、それよりも、ドラゴンさんの炎を消す方が先だろう。


 だけど、こんな魔法、私は使っていない。


 それに、この氷を使った魔法は。


「アリスに、手は、出させません、わ」

「っ! リリルハさん!」


 リリルハさんを呼び掛ける。


 だけど、リリルハさんには、私の声が届いていないのか、もしくは、届いていても答えるだけの余裕がないのか、リリルハさんは、私の呼び掛けに応えてくれなかった。


「はあああぁぁぁぁ!」


 溶けそうな氷は、さらに周りの冷気を吸収して大きくなっていく。


 明らかに異常な魔力量。

 普段のリリルハさんからはあり得ない魔力。


「これが、リミッターの解除」


 私でも止められなかった炎を、リリルハさんが止められるはずがない。しかも、こんな上空まで魔法を届かせるなんて、普通じゃない。


 無理しないって言ったのに。


 私はすぐにリリルハさんの加勢をした。


 炎の玉に氷の礫を乱射して、氷の壁で炎を閉じ込めて押し潰した。


「アリス、すぐに、また、空を……」


 リリルハさんの声がか細く聞こえる。


「だ、だめだよ。これ以上、むりしたら」

「でも、このまま、じゃ……」


 確かにこのままだと、私は落ちてしまう。

 自分の魔法で空を飛ぼうとしたらドラゴンさんを捕まえるのは無理だろう。


 だけど、これ以上無理をしたら。


 それに。


「リリルハさん。ごめんなさい。ドラゴンさんが逃げていっちゃう。もう間に合わないよ。」

「くっ。そ、んな」


 炎を玉を放ったドラゴンさんたちは、作戦が終了したとでも言うように、私を無視して、帰っていこうとしていた。


 今から追いかけても、追い付くのは無理だ。


 無理矢理追いかけても、魔力の無駄遣いにしかならない。


 私の説明に、リリルハさんは、辛そうな溜息を漏らして、了承してくれた。


「わかりました、わ。この作戦は、失敗、です」


 そして、私はゆっくりと地面へと落ちていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る