第111話
私は魔法でゆっくりと下降していた。
あの高さから落ちていたら、ひとたまりもないもんね。
だけど、私は落ちながら、遠くの彼方に飛んで行ってしまったドラゴンさんの方を見ていた。
もう姿形も見えないけど。
作戦は失敗。
しかも、ドラゴンさんの話すことができなかったから、多分、ドラゴンさんたちは、またここに攻めてくるだろう。
何もかもが失敗。
時間がないというのに。
しかも、気になるのはそれだけじゃない。
リリルハさんのことだ。
リリルハさんは、さっき、私を守るためにものすごい魔力を消費していた。
あれは明らかにリミッターの解除による、過剰な魔力だった。
リリルハさんがどうなっているのか、声でしか判断できなかったけど、少なくとも、元気な様子ではなかった。
無理しないって、言ってたのに。
でも、それもこれも、私が失敗したからだよね。私がちゃんと、ドラゴンさんたちと話すことができていたら、こんなことにはならなかったのに。
そんな後悔をしても、何も良い方向には動かないってわかってるんだけど。
でも、それを考えずにはいられなかった。
ゆっくりと落ちながら、やがて、地上が見えてきた。
そこには、私を待っていてくれたのか、シュルフさんとキョウヘイさんの姿がある。
だけど、リリルハさんやヒミコさんの姿はなかった。
地上まで来て、地面に足をついた。
「ごめんなさい」
私はすぐに2人に謝った。
本当は、リリルハさんたちにも謝らないといけないんだけど。
それはまたあとで謝ることにした。
だけど、そんな謝る私に対して、2人の声は、とても優しいものだった。
「アリス様。顔をお上げください。アリス様のせいではありません」
「そうっすよ。今回は、運がなかったんす」
2人は優しいから、私を励ましてくれてるんだと思う。
だけど、私は素直に受け取れなかった。
「ううん。せっかくリリルハさんたちが手伝ってくれたのに。あ! それより、リリルハさんは、大丈夫なの?」
私は気になっていることを2人に聞いた。
謝らなくちゃいけないというのもそうだけど、単純に魔力を行使しすぎたリリルハさんが心配だった。
ただでさえ、疲れの溜まるこの旅で、あれだけ無茶をしたんだもん。
それに、今、ここにいないというのも、私を不安にさせた。
シュルフさんとキョウヘイさんは、神妙な顔をして、お互いに顔を見合わせて、シュルフさんが、こちらへ、と言って歩き出した。
そして、歩きながら、シュルフさんが、現状について教えてくれた。
とりあえず、リリルハさんは無事らしい。
正直、無事と言って良いのかはわからないけど、少なくとも、今すぐに命の危険、ということはないみたい。
それを聞けただけでも、少しだけ安心した。
だけど、良い状態とは言えないみたいで、私との会話が終わってからすぐに、リリルハさんは気を失ってしまって、今も眠っているらしい。
今、リリルハさんはオットーさんの家で、ヒミコさんがついている。
「問題は山積みですが、今回の攻撃から、この街を守ることはできました。それだけでも、かなりの功績です」
シュルフさんは、そう言っていたけど、険しい表情が消えないのは、未だにドラゴンさんの脅威が無くなっていないことを理解しているからだろう。
私が、竜の巫女として、ドラゴンさんたちに命令をすれば、この街に、2度と攻撃させないこともできた。
もちろん、その言葉が届くのならば、ドラゴンさんを捕縛することもできたかもしれないけど。
どちらにしても、あの2頭のドラゴンさんたちは、またここに攻撃してくるだろう。
少なくとも、私たちがドラゴンさんを捕縛するために、他の町や村に行ってしまったら、必ず。
「ともかく、今はリリルハ様の所に行くっすよ。アリスも、心配っすよね」
「う、うん」
そうだ。
問題は何も解決してないけど、それは置いておいて、リリルハさんが心配だ。
説明は受けても、やっぱり自分の目で見ないとわからない。
それから程なくして、私たちは、オットーさんの家に辿り着いたのだった。
◇◇◇◇◇◇
オットーさんに案内された部屋に入ると、ベッドに横になるリリルハさんと、ちょうどおでこに乗せているタオルを取り替えようとしていたヒミコさんがいた。
「アリス様。ご無事でなによりです」
「うん、ありがとう。リリルハさんは?」
挨拶もそこそこに、私はリリルハさんの所に駆け寄った。
「まだ、目覚めてはいません。ですが、少しだけ、魔力は落ち着いたようです」
リミッターの解除、という、特殊な状況にあったリリルハさんは、一種の魔力の暴走のような状態になっていたのだとか。
魔力の暴走は、体に影響を与える。
それだけでも治まったのなら、少しは回復の兆しが見えたと言っても、問題はないだろう。
だけど、それは、最悪の事態に繋がらなかった、というだけの話である。
リミッターの解除は、寿命を消費する。
その事実は揺らぎようがない。
つまり、リリルハさんの寿命は、縮まってしまったということ。
私のせいで。
私は知らない内に、自分の手を強く握っていたようで、少しだけ血が滲んでいた。
「アリス様。ご自分を責めないでください。先程も言ったように、アリス様のせいではありません」
シュルフさんは、私の手を握った。
「でも……」
「リリルハ様なら、大丈夫です。リリルハ様は、アリス様が傷付く方が寿命が縮まってしまいますよ」
おどけたように笑うシュルフさん。
想像してみてください、と、シュルフさんに言われて、想像してみた。
すると、確かにシュルフさんの言う通りで、私が怪我をしたと知ったら、リリルハさんは青ざめて、血の気が引いて、倒れそうになるのは簡単に想像できた。
まあ、そのあとに、ものすごく怒って、私に怪我をさせた人に仕返しに行きそうな気もするけど。
「そう、だね。そうかも」
「でしょう? だから、あまり深刻に考えないでください。これは、あくまで、リリルハ様が自分で決めたことなんですから」
シュルフさんが、私の頭を撫でてくれた。
「謝るよりも、お礼を言ってあげてください」
「うん。わかった」
そう、だよね。
リリルハさんが助けてくれた。
作戦が失敗して、謝ることばかり考えていたけど、それよりも、お礼を言った方が、リリルハさんも、嬉しいよね。
「う、うぅ」
そんなことを話していると、リリルハさんの方から、小さく声が聞こえてきた。
「リリルハさん!」
リリルハさんは、辛そうに眉を潜めながら、ゆっくりと目を開いた。
気だるそうな目は、最初、焦点が定まっていないようだったけど、徐々に覚醒していって、視線が私の方へと向いた。
そして、その瞬間に、ハッとした顔で、起き上がる。
「アリス! 怪我は? 怪我はありませんの!」
飛び上がって、私に抱きついてきそうなリリルハさんを、シュルフさんが制止した。
リリルハさんは、まだ完全に調子を取り戻してはいないみたいで、フラフラとしている。
「大丈夫だよ。ありがとう、リリルハさん」
私はベッドにいるリリルハさんにも、しっかりと見えるように近付いた。
その瞬間、リリルハさんに抱き締められた。
「あうっ!」
「ああ、アリス。よかったですわ。もう、無茶をしちゃ駄目じゃないですの」
突然のことに驚いたけど、リリルハさんを心配させちゃったことを反省する。
だけど、私にも言いたいことはあった。
「リリルハさんも、むちゃをしちゃだめって言ったよ?」
「うっ! そ、それは……」
目をそらすリリルハさん。
冷や汗を流していて、私との約束を破ったことを、気にしてはいるらしい。
だけど、そんな姿を見ていると、リリルハさんの寿命が縮まってしまったようには見えない。
ううん。リリルハさんは、私にそういう姿を見せない人なんだ。
辛くても、私にも、シュルフさんにも、その本当の姿を見せようとはしない。
リリルハさんは強い人だから。
「アリス、えっと、あれは、その、なんと言いますか、えと」
「ううん。私の方こそ、ごめんなさい。それと、ありがとう」
私はリリルハさんに、強く抱きついた。
少しでも、リリルハさんの心が、癒されるように。
「ア、アリス。ぶふっ!」
何やら鼻血を出しそうになっているリリルハさんだったけど。
少しは癒されてくれたらしい。
◇◇◇◇◇◇
それから、落ち着いた私たちは、オットーさんを呼んで、新たな作戦を考えることになった。
「とにかく、また、あのドラゴンさんたちが攻めてくる可能性がありますわ。それを何とかしませんと」
もう来ないでほしいと命令できなかったため、ドラゴンさんたちは、自由にまた攻めてこれてしまう。
だけど、もう空を飛ぶのは難しい。
リリルハさんは限界だし、シュルフさん1人では、私を自由に飛ばすことはできない。
無理をして空を飛ぶのは論外だし、そうなったら、他の方法なんて何もない。
「空を飛ばないで、ドラゴンさんをつかまえる方法はないのかな」
私の呟きに、みんなは黙ってしまった。
私だって、そんなものがあれば、最初からやっている、と、頭ではわかってる。
でも、もう、そんな方法がない限り、私たちには何もできない所まで来ていた。
誰も口を開けず、沈黙の時間が流れる中、不意にヒミコさんが、口を開いた。
「竜狩りには、ドラゴン様を、捕らえるための能力があると、聞いたことがありますが」
竜狩り。
お姉ちゃんやドラゴンさんたちの宿敵。
確かに、竜狩りの力なら、こんな状況でも、なんとかなるのかもしれない。
だけど、そんな竜狩りさんは、ここにいない。
どこにいるのかもわからない。
前までは、竜狩りさんが恐くて仕方がなかったけど、今だけはその存在が必要な気がしていた。
そう思った所で、意味なんてないんだけど。
「竜狩りですか。確かに、あの力は、ドラゴンさん相手に、かなりの優位性があると聞いていますわ」
「はい。今の状況では、その力に縋る以外に、方法はない。そんな状況のように思えます」
それはつまり、私たちにできることは何もない、と、そう言っているようなものだった。
結局、良い作戦なんて、もう思い付かない。
みんながそう思い始めていた。
そんな時。
ドカドカと、部屋の外で、誰かが近付いてくる足音が聞こえてきた。
誰か来たのかな、そう思った時、ふと声が聞こえてきた。
「だから、勝手に入っていいのかって聞いてるのよ」
「っ! テンちゃん?」
聞こえてきた声はテンちゃんのものだった。
よかった。テンちゃん、無事だったんだ。
それに安堵しつつも、言っている内容からして、1人ではないみたい。誰かと一緒なのかな。
足音は少しずつこちらに近付いてくる。
「誰か、来たのですか?」
ヒミコさんが言って、みんなで入り口の方を見る。
それからすぐに、バンッと扉が開いた。
そこにいるのは、テンちゃん、だと思ったんだけど、それは違った。
「はっはっはー。ドラゴンキラー、アジム、見参!」
「え! ア、アジムさん?」
そこにいたのは、変なポーズをしながら、そして、元気そうな、アジムさんだった。
「あーあ」
そして、その後ろに、疲れた様子のテンちゃんがいた。
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