第109話

 エンブリアの街は、私たちの予想通り、ドラゴンさんに襲われていた。


 ドラゴンさんの数は2頭。

 赤いドラゴンさんと青いドラゴンさん。


 ドラゴンさんは、何度も攻撃を仕掛けてきていて、今はちょうど何処かに行ってしまっているらしい。

 断続的な攻撃は、一度の攻撃がそこまで激しいものではなく、だけど、少しずつ街を消費させているようだった。


 街の人たちを外へ避難をさせようとしても、ドラゴンさんが、何処で襲ってくるかわからず、結局、動くことができないみたい。


「オットー。よく耐えましたわ」

「リリルハ様、ありがとうございます」


 オットーさんは、現在のエンブリアの領主代理。


 元々、この街の領主だったシュンバルツさんがいなくなって、一時的にリリルハさんが統治していた、このエンブリア。

 だけど、そのあと、政治的なあれこれがあって、今ではこのオットーさんがこの街の領主代理になっているらしい。


 政治的なあれこれ、というのは、私にはよくわからないけど、リリルハさんの一族で、この街の領主に申し出る人がいなくて、この街の中から選挙をすることになった、ということみたい。


 選挙で選ばれただけあって、オットーさんは、街の人たちから信頼されているようで、その指示の元、被害は最小限に抑えられているようだ。


「しかし、ドラゴンを相手では、もはや限界が近く、覚悟を決めなければと思っていた所です。助かりました」

「この街の自衛力でも、やはり厳しいんですのね」


 エンブリアの兵士さんたちは、この大きな街を守るために、精鋭が集められている。と、リリルハさんは教えてくれた。


 その力を逆手にとられて、シュンバルツさんには、好き勝手されたらしいけど。


「確かに、普通のドラゴン2頭が相手であれば、防衛できるだけの力があります。ですが、ドラゴンたちは、我々の魔法が届きづらい、超上空から攻撃をしてくるのです」

「……なるほど、ですわね」

「しかも、魔法を届かせようと、大規模な魔法を使おうとすると逃げられ、どうすることもできないのです」


 ドラゴンさんたちは、この街の兵士さんたちの力量を正確に把握しているみたい。


 一撃離脱。

 それは、空を飛べるドラゴンさんにとって、最も効率の良い攻撃かもしれない。


 普通の魔族のように、何も考えずに攻撃してくるだけなら、対処も簡単なのかもしれないけど、ドラゴンさんたちは、こちらを侮ることはなく、着実に攻めてきている。


 それも、お姉ちゃんの指示なのかもしれないけど。


「今は防御に徹するのみで、精一杯なのです」

「厄介ですわね。このままでは、捕縛も難しそうですわ」


 大規模な魔法は、準備に時間がかかる。

 それに、ドラゴンさんが、次にいつ来るかもわからない状況で、ずっと魔法を準備しているとなると、魔力の消費が激しい。


 しかも、仮にそれがうまくいったとしても、そんなに高い場所にいるドラゴンさんに魔法が届くまでに、多少でも時間がかかってしまう。

 ドラゴンさんなら、どんなに早い魔法でも、その僅かな時間で避けてしまえる。


 だから、ドラゴンさんが下に来てくれない限り、私たちは手が出せない。


「ヒミコ。何か良い案はありませんの?」


 リリルハさんは、多分、この場で最もドラゴンさんに詳しいであろうヒミコさんに尋ねた。


 ヒミコさんは、難しい顔のまま答える。


「空を飛べない限り、不可能です」

「空を、ですか」


 空を飛ぶ魔法は、ない訳ではない。

 でも。


「はい。ですが、空はドラゴン様にとってのホーム。生半可な魔法では、撃墜されて終わりです」


 そう。

 ドラゴンさんを相手に空で戦いを挑むなんて、正気の沙汰ではない。


 空を飛ぶということに魔力を消費している状況で、しかも、ドラゴンさんと戦う。

 普通の魔力では不可能。


 それは、私でも同じ。


 私でも、空を飛ぶための魔力を消費しながらだと、どうしてもドラゴンさんに対抗できるような魔法は使えない。


 ううん。

 魔法自体は使えるけど、発動が遅れる。


 それじゃあ、ドラゴンさんには絶対当たらないし、近付くことすらできない。近付くことすらできなければ、声だって届かない。


 せめて、どちらかがなければできるかもしれないけど。


 例えば、リリルハさんやシュルフさんが私を空に飛ばしてくれたら。


「リリルハさん、シュルフさん、私を空にとばせる?」

「え?」

「私をとばしてくれたら、あとはなんとかなると思うの」


 ドラゴンさんに集中できるなら、私の声を届かせて捕まえることができる。


 私の考えに、リリルハさんとシュルフさんが顔を見合わせる。


「確かに、空を飛ばせるだけならできると思いますが、私たちだけでは、ドラゴンさんたちがいる高さまでは上げられないと思います」

「そうですわね。聞いた限り、ドラゴンさんたちは、目を凝らしてやっと見えるような高さにいるようですから」


 オットーさんから聞いていたドラゴンさんの情報だと、最初は何処から攻撃しているかもわからなかった。

 魔法でドラゴンさんの居場所を検索してやっと見つけることができた。

 だけど、見つけることはできても、ドラゴンさんが小さい虫に見えるくらいの大きさになるくらい離れている。

 ということだった。


 それだけの高さに上るには、それこそ莫大な魔力が必要。

 流石のリリルハさんやシュルフさんでも、そう簡単なことではない、みたい。


「しかも、アリス様を正確に飛ばすためには、視覚や聴覚を共有する魔法も必要になります」


 ドラゴンさんが小さく見えるということは、私なんて米粒くらいにしか見えないってこと。


 そんな私を魔法で動かすのは至難の技。

 確かに難しそう。


「うーん。そっかぁ」


 良い考えだと思ったんだけど。


「では、この前のように、私がお2人に魔力をお渡しします」

「ちょ、姫様!」


 ヒミコさんの申し出に1番驚いているのはキョウヘイさんだった。


「無茶っすよ、姫様。この前のことで、魔力がまだ全快してないじゃないっすか。そんな状態でまた魔力を渡すなんて」


 確かに、ヒミコさんは、この前、シュルフさんたちの魔力を回復してくれた。


 それからしばらくヒミコさんは辛そうで、今は普通に歩けてるけど、それでも全快には程遠い。


「むりしちゃだめだよ」

「いいえ、アリス様。問題ありません。やらせてください」

「でも……」


 ヒミコさんの顔を見れば、無理をしてるのはすぐにわかる。


 ヒミコさんの魔力が莫大だということはわかってるけど、誰にでも限界はある。

 あまり無理をしすぎると取り返しのつかないことになるかもしれない。


「ヒミコ。償いのつもりで命を懸けているのならなら止めなさい。そんなこと、私たちは望んでいませんわ」


 リリルハさんは、ヒミコさんの真意を探るように睨み付ける。

 だけど、ヒミコさんも、リリルハさんの視線から目をそらさず、まっすぐに見つめ返していた。


「いいえ、リリルハ様。私はこれが償いになるとは思っていません。そして、これで私は死ぬつもりもありません。今の私にとって、死は、逃げることと同じですから」


 ヒミコさんは、ギュッて胸の辺りを掴んで、自分に言い聞かせているようだった。

 まるで、何かを覚悟するかのように。


 魔力のすべてを使いきれば、命を落とす。


 ヒミコさんは、大丈夫と言うけど、私にはどうしてもそうは見えなかった。


 そして、それはキョウヘイさんも同じようで、何も言えなくて、苦しそうで、拳を握りしめて震えていた。


 そんなキョウヘイさんを一瞬だけ見て、ヒミコさんは、もう一度リリルハさんを見る。


「例え、何があろうと、罪を償うまで、死ぬようなことは致しません。ですから……」

「あなたの覚悟はわかりましたわ」


 ヒミコさんが言い終わる前に、リリルハさんが口を開いた。


 それは、肯定の言葉。

 それは、ヒミコさんの意思を尊重する言葉。

 そう思った。


 けど。


「ですが、その上で、その案は不採用ですわ」

「え?」

「何をどうするつもりか知りませんが、あなた、嘘をついてますわね? 無理をしようとしてるのは、誰でもわかりますわ」


 リリルハさんは、ヒミコさんの頬を両手で叩いた。


「痛っ!」


 そして、そのまま、ヒミコさんの両頬をつねって引っ張った。


「い、いひゃいっ!」

「私は、自分の身を省みない人が大嫌いですの」


 リリルハさんは、ヒミコさんの頬をつねったままグリグリと円を描いて回す。


「大方、私たちの知らない秘密があるのでしょう? 例えば、竜の巫女がいる限り、死ぬことはない、とか」

「っ!」

「図星のようですわね。ですが、魔力を使い果たして、何の影響もないはずがありませんわ。必ずリスクがあるはず。だったら、そんな無茶、許しませんわ」

「ですが! だったら、どうすると言うのですか」


 ヒミコさんがうつ向いて絞り出すように言う。


「こうするしかないんです。私にできることは、これくらいしか」

「いいえ。方法はありますわ」

「……そんなもの、あるはずがありません」


 ヒミコさんは信じられないというように声を出す。

 だけど、リリルハさんの顔は、嘘をついてる訳でも、冗談を言ってる様子もなかった。


 リリルハさんは、一度、目を瞑ると、深呼吸をして、目を開いた。

 精神統一でもしてるかのように。


「ヒミコ。あなたのお陰で、私も覚悟ができましたわ」

「リリルハさん?」


 リリルハさんが掌を上に向けると、フワフワとキラキラした何かが浮かんだ。

 その何かは、魔力の流れ。


 リリルハさんに纏わる魔力。


 それは、小さく弱かったけど、少しずつ集まって、大きく強くなっていく。


「シュルフ。あなたは、アリスが見たもの、聞いたものを、私に伝えなさい」

「リリルハ様。一体、何を?」


「私はリリルハ・デ・ヴィンバッハ。ヴィンバッハ家の人間として、民を守るのは当然の義務。なれば、限界など、存在してはならない」


 リリルハさんの魔力がどんどんと強くなっていく。普段のリリルハさんの持つ魔力を越えるくらい、大きくなりそうだった。


「リリルハ様、まさか、リミッター解除を?」

「シュルフさん、リミッターって、どういうこと?」


 リミッターなんて聞いたことなくて、シュルフさんに尋ねる。


 シュルフさんは、僅かに戸惑った顔をして、そして、教えてくれた。


「魔力は、生きる上で必要なものです。ですから、人は、無意識下で生命活動に必要な最低限の魔力を保有しています。リミッターの解除とは、その魔力を使用することを指します。それは、単純な魔力の枯渇とは違います。言うなれば、自分の寿命を魔力に変える行為です」

「寿命を!」

「その分、魔力の枯渇による死の可能性を減らすことはできますが、一度失った寿命が戻ることはありません」

「そんな! そんなのだめだよ! リリルハさん」


 ヒミコさんに駄目って言ったみたいに、リリルハさんだって無茶をしてるじゃない。


 寿命が減るなんて、しかも、もう戻らないなんて、そんなの、絶対駄目だよ。


「アリス。問題ありませんわ。すぐに終われば、この魔力を使わなくても済むんですから。これは、あくまで保険ですわ」


 リリルハさんが笑う。


「私だって、それなりに魔力を保有してますわ。短時間なら、リミッター解除に頼らずとも、リリルハを飛ばせます」

「……ほんとう?」

「ええ、本当ですわ。アリスには、急がせてしまいますけれど」


 シュルフさんやヒミコさんを見る。

 2人の顔は困惑と戸惑いに染まっている。


 いきなりのことで、何も考えられないみたい。


 そんな時、バンッと扉が開いた。


 勢いよく開いた扉の向こうには、汗だくで肩で息をする兵士さんがいた。


 オットーさんは、いきなり飛び込んできた兵士さんに一瞬、驚いた顔をして、兵士さんの方へと向かった。


「どうしたのだ?」

「ほ、報告します!」


 兵士さんは、ビシッと敬礼をする。だけど、その顔はすごく青ざめたものだった。


「ド、ドラゴンが、攻めてきました!」

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