第108話

「テンちゃんの、街」


 聞いたことある。

 そう思っていたけど、そっか。

 テンちゃんの街だもんね。だから、聞いたことがあるんだ。


「テンは、すでに護衛の騎士団と一緒に街に戻っているはずですわ。選りすぐりの人間を選んでますから、無事に街に戻ってるはず。ですが」


 リリルハさんが、深刻な顔をしている。

 無事に街まで辿り着いている。だけど、それだけでは話が終わらないってことだよね。


「もし、ドラゴンさんたちに、街を襲われたとしたら、ひとたまりもありませんわ」

「そうですね。ここまで攻められているとなると、本国の騎士団は、他のための応援を出す余裕はありません。各地の自衛の兵たちだけでは、そんなに長くは持たないでしょう」


 シュルフさんの声が重く低い。

 それだけで、事の深刻さが伝わってきた。


「ですが、それは、この街に限りません」


 シュルフさんは、諭すように言う。

 それに、リリルハさんは、少しだけ悔しそうな顔をして、拳を握りしめた。


「わかっていますわ。ですが、物理的に、すべてを一度に助けることは不可能です。だからこそ、一刻も早く、竜の巫女を見つけなければいけないんですわ」


 ウィーンテット領国の町や村は、ここにいる私たちだけでなんとかできる程、少くないし、狭くない。


 例え、一瞬で次から次へと移動ができたとしても、ドラゴンさんたちを相手にして、簡単に勝てるとは思えない。


 リリルハさんの言う通り、私たちにできるのは、お姉ちゃんを説得して、攻撃を止めてもらうことだけ。


 リリルハさんの言葉に、シュルフさんが頷いた。


「はい。もはや、身内だからと、考えている暇はありません。ドラゴンさんを捕縛し、竜の巫女の居場所を聞き出すことだけを考えなくては」

「わかってますわ。テンがいるからと、特別扱いはしません。ドラゴンさんの捕縛が、1番の目的です」


 リリルハさんが、私の方を見た。


「アリス。今回だけは、テンの無事を確認している暇はありません。わかってくださいますか?」


 テンちゃんが、無事なのか、リリルハさんだって、すごく気になっているはず。

 私だって、何よりも早く確認したい。


 だけど、それは、他の人たちを蔑ろにするということ。他の人たちが、その間に傷付いてしまうかもしれないということ。


 それは、絶対に嫌だ。

 この瞬間にも傷付いている人がいる。


 私は、そんな人たちを増やしたくない。


 それに、多分、テンちゃんは、そんな人たちを放っておいて、自分の所に来てほしいなんて思ってないから。


「うん。わかってるよ。リリルハさん」

「アリス」

「大丈夫だよ。リリルハさん。テンちゃんは、絶対に無事だから。私は、そう信じてるから」


 何の根拠もない。

 こんなにたくさんのドラゴンさんが攻めてきている中で、テンちゃんだけが絶対に無事なんて言える訳がない。


 そんなのは、私だってわかってる。


 でも、私は、信じるよ。

 テンちゃんは、絶対に無事だって。信じないと、何も始まらないから。


 それに、テンちゃんを本当に助けたいなら、それこそ、お姉ちゃんを説得するのが、1番確実だから。


 リリルハさんは、私に言い聞かせるように、ううん、もしかしたら、自分に言い聞かせるように、私の手を掴んだ。


「ええ、そうですわね。あの子は、賢い子です。絶対に大丈夫ですわ」


 リリルハさんは、震えている。

 不安な気持ち、私もわかるよ。

 だから私は、リリルハさんの手を握り返した。


 それに、少しだけ目を見開いて、リリルハさんが、少しだけ笑ってくれた。


 そして、立ち上がると、シュルフさんたちに指示を出す。


「さぁ、時間がありません。すぐに馬車の準備を、目標はドラゴンさんの捕縛です」

「はい。すぐに」


 馬車の準備を始めるシュルフさん。


 だけど。


「うっ」

「シュルフ! 危ないですわよ」

「も、申し訳ありません。少しだけ、足元がフラついて」


 シュルフさんはこけそうになったけど、ギリギリリリルハさんが支えてくれた。


 だけど、その顔には少しだけ疲労の色が滲んでいた。そして、よく見ると、それは、シュルフさんだけじゃなく、シュルフさんと一緒に魔法で作ったお馬さんに魔力を込めてくれる人たち、みんなが同じだった。


 そっか。

 お馬さんたちは、魔法で作られたお馬さんだから、魔法を使う人、つまりは、シュルフさんや、御者の人たちが、疲れているんだ。


 よく考えたら、それも無理はない。


 元々、魔法で作られたお馬さんたちは、かなりの魔力を消費する。

 なのに、シュルフさんたちは、ここに来るまで、ほとんど休みもなく、お馬さんを走らせていた。


 ここまで数人で交代交代でやってきたけど、それも限界が近いんだ。


 心なしか、お馬さんたちも、その存在が曖昧になっているのか、消えかけているようにも見えた。


「くっ。申し訳ありません。すぐに、準備をします。皆さん、もう少し、頑張れますか?」

「え、ええ、なんとか」


 御者の人が答えるけど、みんな、辛そうだ。

 このまま無理をさせたら、大変なことになってしまうかも。


「む、無理をしてはいけませんわ。申し訳ありませんわ。そんなことにも気付かず」

「いいえ、リリルハ様。本当に大丈夫です。少しだけ、目眩がしただけですから。それに、休んでいる暇など、私たちにはありません」

「で、ですが」


 魔力の回復は、休むのが1番。


 魔力は、時間経過と共に回復するけど、安静にしていると、回復速度が上がる。逆に、体を動かしたり、緊張状態にいると、回復速度が下がる。


 ただでさえ、かなりの魔力を消費するお馬さんに魔力を注いでいたのに、極度の緊張状態にあったせいで、シュルフさんたちの魔力の回復が遅いんだ。


 素直に魔力の回復を待っていたら、シュルフさんが言うように、時間がなくなってしまう。


 だけど、シュルフさんたちに無理をさせたくはない。


 本当は、私がお馬さんに魔力を注げればいいんだけど、私では魔力を注ぐコツが掴めずにできなかった。

 なんとか、手伝いたいんだけど。


 あ、そうだ。


「シュルフさん。みんなも、手を出して。私が、みんなに魔力を分けてあげる」

「え? アリス様?」


 この前、リリルハさんの魔法に魔力を注いだように、みんなにも魔力を渡せば、魔力の補充ができるはず。


 私には、お馬さんに魔力を注ぐことはできないけど、このくらいなら、みんなを手伝える。


「それなら、私も手伝えるから」

「アリス様。ありがとうごいます」


 手を出すみんなを見て、私は自分の魔力をみんなにあげるイメージをした。


 どれだけの魔力を渡せばいいのかわからないけど、これ、くらいかな。


 魔力を体内で人数分に分けて、みんなに配る。

 魔法ではなく、その人自身に魔力を渡すのは、力加減が難しい。


 だから、慎重にしないと。


「うーん。このくらい、かな」

「恐れながら、アリス様。それでは、魔力が多すぎます。彼女らには、耐えられません」


 魔力を渡そうと、魔力を外に出した時、ヒミコさんが口を開いた。


「アリス様の魔力は、ほんの少しでも、竜の巫女様の力が混ざります。ただの人間では、微かでも耐えられません」

「そ、そうなの?」


 リリルハさんの時に成功したのは、リリルハさんへの魔力注入じゃなかったから、成功したのかな。


 だとしたら、よくわからない内に、人に魔力を渡すような真似をしなくてよかった。


「じ、じゃあ、このくらい?」


 私はさっきよりも大分、魔力の量を減らして、ヒミコさんに見てもらった。

 だけど、ヒミコさんの答えは、ノーだった。


「う、うーん。じゃあ」

「アリス様。そのお役目、私にさせてください」


 そんな私を見かねたのか、ヒミコさんが言った。


「え? ヒミコさんが?」

「はい。私にも竜の巫女様の力が含まれていますが、アリス様と比べてしまえば、微々たるものです。制御も完璧に行えます」


 ヒミコさんは、片ひざをついて恭しく頭を下げた。


「竜の巫女様のために、協力するというのに、偽りはありません。だから、私たちにお手伝いをさせていただきたいのです」


 ヒミコさんは、かなりの魔力を保有している。

 だけど、ヒミコさんは、ここに来るまで、魔法が使えない魔法具を付けられていた。


 それは、ヒミコさんの魔力の自然回復を阻害するもので、今は全快の時の魔力と比べるとかなり少なくなっているはず。


「でも、そんなことしたら、ヒミコさんが辛いんじゃない」

「いえ、確かに、ここにいる皆さんの魔力を全回復させるとなるの、今の私では、魔力が枯渇し、しばらく動けなくなってしまうかもしれません」

「じゃあ」

「ですが、問題ありません。動けない間は、キョウヘイに担いでもらいますから」


 ヒミコさんがキョウヘイさんの方を見ると、キョウヘイさんは何も言わずに頷いた。


 そして、それから、口を開く。


「姫様のことは、何が起きても守るっす。だから、魔力切れのことについては、気にしなくて大丈夫っす」


 ヒミコさんの魔力がどのくらいなのか、覗いてみる。


 確かに、ここにいる人たちの魔力を全回復させるだけど魔力は、ヒミコさんも残っているみたい。


 そのあとは魔力切れでしばらく動けなくて危険かもしれないけど、キョウヘイさんが、ヒミコさんを守ってくれるなら、問題ないかな。


「うん。わかった。お願いします」

「わかりました」


 私も同じように、魔力を体内で貯めると、それをみんなに渡すように、小さな玉のようかものを、みんなの目の前に動いていった。


 そして、パシュッと弾ける。


「これは、なるほど。確かに、魔力の回復を感じます」


 シュルフさんは、手をコキコキと鳴らして、軽く魔法で作ったお馬さんに、魔力を注ぎ込んだ。


 他の人たちも、魔力の回復ができたみたいで、お馬さんは、いつでも動ける状態になった。


「ヒミコさん、ありがとう。ヒミコさん?」

「う、うぅ。流石に絶不調の時に、やるのは、些か辛いですね。ですが、これで、準備は万全です」


 キョウヘイさんに支えられながら、馬車の方へと行くヒミコさん。


 ヒミコさんは、最初に言っていたみたいに、魔力不足で力が入らないみたい。


 だけど、キョウヘイさんがいるから、大丈夫だよね。


 シュルフさんたちの様子を見て、リリルハさんは、口を開いた。


「それでは、行きますわよ」


 そうして、私たちは改めて、テンちゃんの暮らす街。エンブリアに向かったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る