第106話
「くっ。遅くなってしまいましたわ」
あの村を出発した私たちは、一直線にウィーンテット領国を目指していた。
けど、途中、あの村のように襲われている村や町があって、助けに寄っていたら、思ったよりも時間がかかってしまっていた。
ドラゴンさんたちは、私たちが思っていたよりもずっと、私たちの方へ攻めてきているみたいで、被害はすごくひどい。
でも、攻撃された痕を見る限り、襲っているのはドラゴンさんたちだけみたい。
そもそも、国境線を越えるには、国境警備隊の人たちがいる。警備隊の人たちがいる限り、そう簡単にはここまで来ることはできない。
こんなに早く攻めてこれたのも、ドラゴンさんだから、なのかもしれない。
「お父様の元には、アインハルトを筆頭に、騎士団の本陣がいるはずですから、そう簡単には、攻め落とされないはずですが」
そう言うリリルハさんだけど、その表情はかなり焦っていて、まだかまだかと馬車を曳くお馬さんたちを見ていた。
そんな時。
「グギャオオオオ!」
「っ!」
空からドラゴンさんの雄叫びが聞こえてきた。
急いで上を見ると、遠くの空に、たくさんのドラゴンさんがいた。ドラゴンさんは、空から炎を吐いて、何かを襲っている。
そして、その炎を防ぐように、半透明の何かが壁となっていた。あれは、多分、魔法の防御壁だ。
「すごい」
その防御壁は、ドラゴンさんの攻撃を斜めに受けて、すべてを空にそらしていた。
ドラゴンさんの攻撃は、真っ正面から受けなくても、相当な威力があることは、私も身をもって知っている。
それを、あんなに綺麗に空にそらせるなんて、相当な魔力が必要になるはずだ。
「流石は、領国が誇る魔道士団ですわ」
リリルハさんが言う魔道士団とは、ウィーンテット領国を守る最大にして、最高の魔法使いさんたちが集まる騎士団の部隊の1つ。
ウィーンテット領国で、一流の魔法使いを目指すなら、ここ、と言われる程に、すごい人たちが集まっているらしい。
そして、その評判は、間違いではないみたいで、その人たちの使う魔法は、ドラゴンさんの攻撃をすべて受け流している。
「ですが、楽観もできないようです」
少しだけ、期待を込めた目でその魔法を見ていたリリルハさんに、シュルフさんが神妙な表情で言った。
「どういうことですの?」
少なくとも、ドラゴンさんたちに一方的に攻められている訳ではないと、安堵していたリリルハさんだったけど、シュルフさんの真剣な表情に、不安げな顔に変わった。
シュルフさんは、ドラゴンさんたちの攻撃を受ける魔法を指差す。
「確かに、凄まじい魔法です。防御に関して言えば、ドラゴンさんにも負けていません。ですが、恐らく、それで手一杯になっています」
そう言われて、シュルフさんの指差す方を見るけど、確かに魔法は、防御するものしかなくて、ドラゴンさんを攻撃したりする魔法は、全くと言っていい程、何もなかった。
「防御壁を形成するために、莫大な魔力を溜めて、攻撃魔法まで手が回らないのです。せめて牽制攻撃でもしないと、守るだけでは、いつか力尽きてしまいます」
「うっ。確かに、その通りですわ」
ドラゴンさんの攻撃は止む気配がない。
それは当然だけど。
ただ守り続けていても、事態は好転しない。
シュルフさんの懸念は確かにその通りだった。
しかも、問題はそれだけじゃないみたい。
「しかも、あのドラゴンさんたちの中に、竜の巫女の姿はありません」
「あ、本当だ」
言われて初めて気付いたけど、何処を探しても、お姉ちゃんの姿がない。
ドラゴンさんに乗っているのかとも思っていたけど、どのドラゴンさんを見ても、お姉ちゃんの姿はなかった。
「ドラゴンさんたちが脅威なのは間違いありませんが、1番の脅威は、竜の巫女です。竜の巫女がいない限り、あちら側には、常に余力があると考えるべきかと」
「そう、ですわね。確かに、その通りですわ」
ドラゴンさんを統べるお姉ちゃんの力は、ドラゴンさんを凌駕する。
例え、ドラゴンさんたちをなんとかしても、お姉ちゃんがいたら、形勢は変わらない。
むしろ、お姉ちゃんが本気を出せば、今すぐにだって、あの防御壁を壊してしまえるかも。
「竜の巫女が、何処にいるのか、あなたたちはわからないんですの?」
リリルハさんは、馬車の隅に座るヒミコさんに問いかけた。
でも、ヒミコさんは首を横に振る。
「残念ながら、わかりません。おそらく、我が国の者、誰1人として、知る者はいないでしょう。竜の巫女様は、私たちの誰も信用してはいなかったので」
ヒミコさんの言葉に、みんな黙ってしまった。
ドラゴンさんたちは、私の説得に応じてくれるかもしれない。でも、お姉ちゃんがいれば、私よりお姉ちゃんの言うことを聞くと思う。
だから、ドラゴンさんをどうにかするより、お姉ちゃんを説得しないといけない。
なのに、そもそも、お姉ちゃんが何処にいるのかがわからないと、どうすることもできない。
ここまで来たのはいいけど、ここからどうすればいいのか、それは誰もわからなかった。
「シュルフ。一度、馬車を止めて、あの森に隠れなさい」
「かしこまりました」
ふと、リリルハさんが、シュルフさんに指示した。
「リリルハさん?」
「このまま、近付けば、ドラゴンさんたち気付かれ、攻撃されてしまいますわ。あの数の攻撃、狙われれば、ひとたまりもありません」
そっか。
確かに、あの距離じゃ、私の声も届かないし、私たちの魔力じゃ、ヒミコさんに協力してもらっても、あの攻撃は止められない。
何も考えずに、ドラゴンさんたちのいる所を通ろうとしたら、怪我じゃ済まないかも。
「つまり、ドラゴンさんの目の届かない道を見つけなければならないということですね」
「その通りですわ」
馬車を森に入れてしばらくした所で、シュルフさんが馬車を止めた。
そして、馬車から降りると、シュルフさんが地図を広げた。地図は魔法で空中に浮かせている。
「現在、ドラゴンさんたちがいるのは、この辺りです」
シュルフさんが地図に丸をつける。
それはウィーンテット領国のちょうど西の辺り。
「ちなみに、私たちのいる場所がこの森です」
そこから南にしばらくいった所に、シュルフさんが丸をつける。
「ここから見える情報は、この程度です。ですが、恐らく、あの地点だけしか攻撃していない、ということもないでしょう」
「ええ、同感ですわ。私なら、少なくとも、こことここ、ここ、ここ、ここ、には配置しますわね」
ウィーンテット領国の周りを囲むように、リリルハさんも地図に丸をつけた。
「そうですね。そうすれば、死角はないことになります。ドラゴンさんは空から監視していて、私たちとは、そもそもの視野が違いすぎますからね」
地図につけられた丸を見ると、通れそうな所は何処にもなかった。
地図には、森や山も描かれているけど、この周りにあるのは、この森だけで、他に隠れられそうなものはなかった。
このままだと、近付けば近付く程、ドラゴンさんからしたら、格好の的になっちゃう。
「とは言え、実際に見てみないことには何も始まりませんわね。でも、この森を抜ければ、隠れられる場所はない。どうしたものでしょう」
ううむ、と、リリルハさんが唸る。
シュルフさんも、顎を掻いて悩んでいる。
あまり遠くに離れすぎると、詳細がわからないし、近付きすぎると、ドラゴンさんに気付かれてしまう。
まさに、八方塞がりって言うのかな。
私も地図を見てみるけど、やっぱり見つからないように行くのは、すごく難しそう。
うーん。どうすればいいんだろう。
私は必死に考えてみた。リリルハさんたちでもわからないこと、私にわかるはずないとは思うけど。
「私1人で行きましょう。1人ならば、ドラゴンさんたちの目を掻い潜れるかも」
「危険ですわ。もし、見つかった時、1人ではどうすることもできませんもの」
「しかし、ここであまり時間を費やすこともできません」
リリルハさんは、シュルフさんの提案を断固として否定した。
そんなリリルハさんに、シュルフさんが引き下がる。
シュルフさんの言うことはわかる。今まさに攻撃されている中で、あまり時間をかけすぎるのはよくない。
だけど、私もリリルハさんと同じ。
シュルフさんが危険なことをするのは止めてほしい。
徐々に2人の声がヒートアップしていく。
このままだと、喧嘩になっちゃう。
早く、何か良い方法を考えないと。
見つからないようにするには、少ない人数の方が良いかもしれない。
それは、シュルフさんの言う通りだ。
でも、もし、見つかったら、すごく危険。
それは、リリルハさんの言う通り。
この2つをなんとかすることができればいいんだけど。
「あっ!」
そう考えていた時、ふと、思い付いたことがあった。
「いいこと思いついたよ!」
「え? アリス?」
「私が調べにいけばいいんだよ」
私が言うと、リリルハさんやシュルフさんがすごく慌てたような顔になった。
もちろん、2人のその反応は、私も予想していた。
だけど。
「ア、アリス、そんなこと……」
「ううん。リリルハさん、きいて。私なら、ドラゴンさんにみつかっても、こうげきされないと思うの」
「あ、そ、それ、は」
リリルハさんも気付いたみたい。
ドラゴンさんは、私への攻撃を少しだけ躊躇している。
お姉ちゃんに私を攻撃しろって、直接命令されたらわからないけど、ドラゴンさんたちは、自己判断で私を攻撃することはない。
少なくとも、今まではそんなことはなかった。
だから、私が行けば、例え見つかっても、ドラゴンさんは私に攻撃しない。
「それに、私なら、小さいから、ドラゴンさんからはみつかりづらいと思うよ」
「ですが、危険なことに変わりはありませんわ。なら、私も一緒に」
「それじゃあ、意味がないよ」
リリルハさんは、ドラゴンさんに攻撃されちゃう。
国境線の戦いの時もそうだったけど、ドラゴンさんは、リリルハさんへの攻撃は躊躇しない。
それじゃあ、シュルフさんが1人で行くのと何も変わらなくなっちゃう。
「でも……」
「なら、私が行きましょう」
なおも引き下がろうとしないリリルハさんを遮って声を出したのは、ヒミコさんだった。
ずっと黙っていたヒミコさんに、私たちの視線が集中する。
「私なら、アリス様と同じように、ドラゴンたちも攻撃をしづらいはずです。それに、私1人が増えても、見つかるリスクはそんなに変わらないはず」
「あなたを、信じろ、と?」
「端的に言えば、その通りです」
そんなヒミコさんに、キョウヘイさんも慌てる。
「姫様が行くなら、俺も……」
「いいえ。恐らくあなたも、リリルハ様と同じです。攻撃されるリスクが高い」
ヒミコさんに言われて、キョウヘイさんは言葉を詰まらせた。
そんな話をしている中で、シュルフさんが、ヒミコさんを鋭く睨む。
シュルフさんは、まだヒミコさんのことを信じきれていないみたい。
そんなシュルフさんに変わって、リリルハさんが話を引き継いだ。
「ヒミコ。私たちが、あなたを信じられない気持ちはわかりますわね」
「はい。リリルハ様。ですが、信じていただきたいのです」
「何故?」
リリルハさんの質問に、ヒミコさんがリリルハさんの目を見た。
その目は、嘘をついているような人のものじゃない、真っ直ぐな目だった。
「私は今でも、竜の巫女様のことを崇めています。しかし、今の竜の巫女様は、孤独です。誰のことも信じられず、悲しい世界しか見ていません。私は、アリス様から教えてもらったように、私は、竜の巫女様に、この世界も、悪い人たちばかりではないとわかっていただきたいのです。そのためには、竜の巫女様の敵になろうと構わないと思っています」
ヒミコさんの話に、リリルハさんは何も言わず、しばらく黙ったままだった。
そして、しばらく黙っていたかと思うと、リリルハさんが、小さく溜息を漏らした。
「わかりましたわ。その言葉は、信じてあげましょう」
「リリルハ様」
「この方の、竜の巫女への想いだけは、信じられますわ。そんな方ならば、アリスに何かすることはないでしょう」
竜の巫女を信じるヒミコさんなら、私にも危害は加えないだろう。
そう言うリリルハさんの言葉だけは、シュルフさんも納得できたみたい。
「わかりました」
シュルフさんも納得して、私とヒミコさんは、2人だけで、ウィーンテット領国の周りにいるドラゴンさんの配置を調べに行く事になった。
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