第105話
「これは、どういう状況ですの?」
後ろから、リリルハさんの声が聞こえてきた。
振り向くと、リリルハさんは、腕を組んで私の方を睨んでいる。正確に言うと、私ではなく、ヒミコさんの方を、だけど。
その後ろには、シュルフさんもいて、キョウヘイさんは、後ろ手に捕らえられているようだった。
ヒミコさんは、リリルハさんの声に、少しだけビクッとしたけど、1つだけ息を吐くと、ゆっくりと私から離れた。
「リリルハ、様」
ヒミコさんは、微かに震えた声で、リリルハさんを呼んで、グッと下唇を噛んだ。
「この度は、申し訳ありませんでした」
そして、地面に膝を付いて座ると、重々しげに、手と額を地面につけた。
確か、ヤマトミヤコ共和国では、トゲザ、と呼ばれる謝罪の方法だったはず。
「謝って済むと思ってるんですかっ!」
そんなヒミコさんに、シュルフさんが怒鳴り付ける。
「幸い、発見が早かったから、死傷者はでませんでしたが、大怪我をした人は大勢います。あなたたちのせいなんですよっ!」
「シュルフ」
今にも殴りかかりそうなシュルフさんを、リリルハさんが手で制止する。
シュルフさんは、まだ何かを言いたそうだったけど、リリルハさんに止められて、それ以上は、何も言えないようだった。
それを見てから、リリルハさんはヒミコさんの方に向き直った。
「ヒミコ。その謝罪は、形だけではありませんのね?」
「はい。どんな罰でも、お受けいたします」
「リ、リリルハさん!」
私は思わず、2人の間に入った。
確かに、ヒミコさんは許されないことをした。
リリルハさんたちの国の人たちを傷付けて、許されない罪を犯した。
リリルハさんやシュルフさんが怒るのは当たり前。私だって、悲しかったから。
だけど、このまま何も言わなかったら、ヒミコさんは、何をされるかわからない。
罪を犯したら、償うのはその通りなのかもしれないけど。
せっかく、自分の罪を認めたのに、やり直す機会も与えられないなんて、そんなのはひどすぎるから。
リリルハさんなら、それを、わかってくれるはず。
だけど、リリルハさんの表情は、今まで見たこともないくらい、怒っているものだった。
「アリス。退いてくださいな。いくらアリスでも、こればっかりは譲れませんの」
「で、でも……」
「アリス」
リリルハさんは、すごく怒っている。
私の肩に手を置くリリルハさんは、震えていて、強く握らないように注意してくれているみたいだけど、それでも少し痛いくらいだった。
その表情を見れば、私が何を言っても、リリルハさんの考えは変わらないんだと、わかってしまった。
「アリス様。いいのです。私は、裁かれなければなりません。そうしなければ、私の気が済まないのです」
ヒミコさんは苦笑いをして、私に言う。
「ヒミコさん」
「良い覚悟ですわ。なら、ヒミコ、あなたに、この戦いを終わらせられますの?」
「申し訳ありません。それは、できません」
そう次げたヒミコさんに、シュルフさんが顔を強ばらせた。
「あなた、この期に及んで!」
「私には、そんな権限はないのです」
シュルフさんの声を遮るように、ヒミコさんが説明をする。
「この戦いの総指揮をしているのは、ご存じの通り、竜の巫女様です。私は、姫とは言え、竜の巫女様の一兵に過ぎません。そんな私に、この戦いを止められる権利などあろうはずもありません」
ヒミコさんの説明に、シュルフさんは苦々しげに顔をそらした。
ヒミコさんの説明はその通りで、お姉ちゃんが考えを変えない限り、この戦いが終わることはないんだと思う。
リリルハさんは、その答えをわかっていたようで、目を閉じ何かを思案するように黙っていた。
「ならば、あなたに何ができますの?」
「この責を持って、私の命を捧げること、ただ、それだけです」
「ヒ、ヒミコ様!」
ヒミコさんの言葉に、キョウヘイさんが動揺したように声を漏らした。
「その者は、私の命令に従っただけ。罪はすべて私にあります」
「そ、そんなことないっす。俺も、俺も、同じ罪があるっす。むしろ、実際に手を出したのは、俺の方っす。俺の方が、罪は重いはずっす」
「キョウヘイ。黙りなさい」
「黙らないっす!」
キョウヘイさんは、後ろ手のまま器用に自分の剣を鞘のまま腰から外し、近くにいたシュルフさんに渡した。
そして、そのまま無防備に、シュルフさんに背中を向けた。
「主よりも生き永らえるなんて、男の恥っす。やるなら俺をやるっす。覚悟はできてるっす」
キョウヘイさんは、身動きとらず、とる気配もなく、まさに剣が振りかかるのを待っているようだった。
「その覚悟だけは認めましょう」
そんなキョウヘイさんに、シュルフさんは、スルッと渡された剣を抜き、キョウヘイさんの首に添える。
その顔は真剣なもので、本気でキョウヘイさんを斬ろうとしていることが伝わってきた。
微かに当たる剣先にも、キョウヘイさんが身じろぐことはない。
ヒミコさんは、また何かを言おうとしたけど、悔しそうに歯を食い縛って、その言葉を飲み込んでいるようだった。
「リリルハ様。ご指示を」
シュルフさんは、剣を振り抜く寸前で、リリルハさんに確認をした。
「シュルフ」
そして、リリルハさんは、キョウヘイさんの首を斬ろうとするシュルフさんに言い渡した。
「その剣を収めなさい」
「……え?」
思いもよらない言葉に、シュルフさんだけじゃなくて、みんなの声が重なった。
そして、誰も何も言えずにいた中で、いち早く正気に戻ったシュルフさんが、リリルハさんに詰めよった。
「リリルハ様、何故ですか? この者たちは、あれほどのことをしたというのに……、失礼しました」
珍しくリリルハさんに食って掛かったシュルフさんだったけど、すぐに取り乱したことを謝罪して、剣を収めた。
だけど、シュルフさんは、全然納得していない表情だった。
「リリルハさん?」
リリルハさんは、ヒミコさんたちを、許してくれたってことなのかな。
ううん。そんなことはない。
ヒミコさんたちが、許されないことをしたのは事実だし、その罪を償わなきゃいけないことは間違いない。
だけど、ヒミコさんたちは、まだ何にもしてないんだから。
でも、だとしたら、どうして。
「シュルフ。それと、アリス。さっきも言いましたが、この方たちは、許されないことをしましたわ。その罪は、決して消えません」
「……うん」
それはその通りだ。
間違っていない。
でも、リリルハさんは、ですが、と話を続けた。
「ですが、その罪を償う方法は、この場で安易に決めて良いことではありませんの。犯した罪が重いのなら、尚更、しっかりと償う方法を決めなければなりません。その場の感情で動いて良いはずかありませんの」
「それは……、確かに、その通りですが」
シュルフさんは、ハッとした顔をして、顔をそらした。
そんなシュルフさんに、リリルハさんが、少しだけ笑いかける。
「もちろん、あなたの行動も、民を思うがゆえの行動であると、理解していますわ。ですが、感情に流されたまま行動をするのは、上に立つ者として、気を付けなければならないのですわ」
リリルハさんはそう言うと、今度は、私に笑いかけてくれた。
「犯した罪は消えませんが、償う機会はあります。そうでしょう、アリス?」
「う、うん。うん。そうだよね!」
リリルハさんは、やっぱりリリルハさんだ。
私の知ってる、優しくて、気高くて、公正命題な人だ。
シュルフさんも、渋い顔をしていたけど、やがて、苦笑いような表情に変わった。もしかしたら、感情のままに動いたことを、反省しているのかもしれない。
「償う機会を、いただけるのですか?」
ヒミコさんは、信じられないという顔で、リリルハさんを見やる。
リリルハさんは、私たちに向けた笑顔から一変して、真剣な顔でヒミコさんを見た。
「ええ。二度はありませんわ。先ほどの罪を償う覚悟、その場限りではないことを証明してくださいな」
「ああ、ありがとうございます」
ヒミコさんは、そう言いながら、もう一度深深く頭を下げた。今度は、キョウヘイさんも同じように。
◇◇◇◇◇◇
「それでは、当面は、私の監視下に置きますわ。武器も、もちろん、没収です」
「うっす。もちろんっす」
キョウヘイさんとヒミコさんは、どちらも後ろ手に拘束された。
ちなみに、ヒミコさんを拘束している縄は、魔法を使えなくする特殊なもので、ヒミコさんの莫大な魔力なら、多少は使えるかもしれないけど、これだけ幾重にも重ねた縄なら、簡単な魔法を使うのがやっとだろう。
「とにかく、ここの人たちの避難は終わっています。だから、早く先に進まなくては、……って、あら?」
馬車まで戻ろうとした所で、不意にリリルハさんが、何かに気付いたように立ち上がった。
「どうしたの? リリルハさん」
何か忘れ物でもしたのかな。
そう思って聞いてみたら、リリルハさんは、キョロキョロと周りを見て、不思議そうに首を傾げた。
「そういえば、黒いドラゴンさんは、何処に行ったんですの?」
「あれ? そういえば」
さっきまでいたはずの黒いドラゴンさんが、いつの間にかいなくなっていた。
私の言うことを聞いて、攻撃を止めてくれたあと、ヒミコさんの隣の辺りにいてくれていたはずなんだけど。
「恐らくは、竜の巫女様の元へ戻ったのでしょう」
私も周りを探していると、ヒミコさんが、おもむろに教えてくれた。
「あのドラゴン様は、私に従っていた訳ではありません。私が、ドラゴン様に従っていたのです。だから、私のことなどどうでも良かったのでしょう。それよりも、アリス様が、ここにいらしたのが、ドラゴン様には、都合が悪かったのです」
「なるほど。アリスがいては、自由に行動できないと思ったんですのね」
そっか。
ドラゴンさんは、私の言葉に逆らえない。
少なくとも声の届く範囲は。
だから、私の声が聞こえないように、何処かに行ってしまったんだ。
「リリルハ様。この近くに、ドラゴンの気配はありません。どうやら、ヒミコの言う通りのようです」
魔法で辺りの探索をしたシュルフさんが、リリルハさんに教えた。
「好都合ですわ。すぐに、お父様の所まで戻りますわよ」
ドラゴンさんがいたら、また説得をするか、説得ができなくても、この場にドラゴンさんが残るのか心配だった。
私の声が届かなくなったら、また村を襲うかもしれないから。
だけど、お姉ちゃんの所に行ってくれたのなら、その心配はなくなる。だけど、その分、ウィーンテット領国に危険が迫っている可能性が高くなってしまう。
早く戻らないと。
そう思って、私たちはまた、馬車に乗り込むのだった。
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