第103話

「私たちの国は、竜の巫女様のために創られた、竜の巫女の国です。私たちは、竜の巫女様に逆らえませんし、逆らうつもりもありません」

「でも、こんなこと、まちがってるよ」


 例え、お姉ちゃんのために創られた国なのだとしても、間違ってるものは間違ってる。

 少なくとも私はそう思う。


 そして、間違ってると思うのなら、ちゃんと真っ正直に話し合うべき。

 それが大切な人であるのなら、尚更。


 それを、私はリリルハさんから教わった。


 だから、私はお姉ちゃんの真っ正面から戦うことを決めた。じゃないと、お姉ちゃんが間違ったことをしてしまうから。


 ヒミコさんたちも同じはず。


 竜の巫女様が、大切だと言うのなら、こんな、世界を敵に回すような危険な行動はさせないように説得するのが、1番大切なことであるはずなの。


 大切だからこそ、戦わなければいけないこともあると思うから。


 だけど、ヒミコさんの考えはそうではなかったみたい。


「いいえ、アリス様。間違っているかどうかは関係ないのです。重要なのは1つだけ。竜の巫女様が、それを望まれるのかどうか、ということだけです」


 ヒミコさんの言葉に呼応するように、黒いドラゴンさんが、炎を口に溜めていた。


 ドラゴンさんが狙いを定めているのは、今も逃げ続けて、リリルハさんたちが避難の誘導をしている村の人たち。


 あそこに攻撃されちゃったら、被害は計り知れない。なんとか阻止しないと。


「こうげきをやめてッ!」


 私の声に、黒いドラゴンさんは、ピクッと反応した。体を震わせて抵抗しているようだったけど、最後には、黒いドラゴンさんの溜めていた炎は消えてしまった。


「なるほど。竜の巫女様のお力は、確かに受け継がれているようですね。キョウヘイ」

「うっす」


 ヒミコさんの指示で、キョウヘイさんが剣を構える。


「アリス様。悪いっすけど、少しの間、眠っててほしいっす」


 その声が私に届く頃には、すでにキョウヘイさんは、私のすぐ目の前に来ていた。


 咄嗟に手を前に出してキョウヘイさんの攻撃に備えるけど、全く間に合わなかった。


 斬られる。

 そう思った時。


「させません!」


 私の前に光の壁が現れて、キョウヘイさんの攻撃から守ってくれた。


「シュルフさん!」

「大丈夫ですか、アリス様」


 シュルフさんは、そのまま光の矢を何本もキョウヘイさんに向かって放つ。

 キョウヘイさんは、それを後ろに下がりながら剣で弾いて、クルッと宙返りをしてヒミコさんの所まで下がった。


「あなた方が、この村を襲った犯人ですね」

「ええ、そうですが? それが何か?」


 ヒミコさんは、感情の込もっていない表情で、シュルフさんの質問に答えた。


 シュルフさんは、そんなヒミコさんの様子が気に食わなかったようで、苛立ったように顔を歪める。


「白々しい。ここで、あなた方を粛清します」

「させないっすよ」


 シュルフさんが魔法を放つために魔力を溜めると、そこ目掛けてキョウヘイさんが攻めてきた。


「シュルフさん!」

「大丈夫です。アリス様は、ドラゴンさんを」


 魔法でキョウヘイさんの攻撃を防御しながら、シュルフさんは光の槍を作り出し、キョウヘイさんと対峙する。


 だけど、魔法だけではない、剣術と槍術の戦いは、キョウヘイさんの方が微かに優勢に見えた。


 シュルフさんは、なんとかキョウヘイさんの攻撃を凌いでいるけど、徐々にそのスピードに追い付けなくなっている。


 魔法でなんとかカバーしているから直撃は免れているけど、その魔法を突破されたら、大変なことになる。


「くっ」


 ビシッとシュルフさんの魔法の防御にヒビが入った。


「シ、シュルフさん」


 加勢したいけど、キョウヘイさんのあのスピードでは、私の魔法をかなり当てづらい。下手をしたら、シュルフさんに当たりかねない。


 だったら。


「シュルフさん。受け取って」


 私は、シュルフさんに私の魔力を渡した。

 そうすれば、シュルフさんの魔法の防御も、かなり強化されて、そう簡単には壊されなくなるはずだから。


「っ! ありがとうございます」


 シュルフさんは、微かにホッとしたような表情を浮かべた。

 やっぱり、結構ギリギリだったんだ。


 それでも、キョウヘイさんの猛攻は続く。

 油断はできない。


 早くドラゴンさんを説得して、シュルフさんの加勢に行かないと。


「何処に行くのですか? アリス様」

「……ヒミコさん」


 だけど、そう簡単にはいかなくて、私の前に立ちはだかったのは、ヒミコさんだった。


 ヒミコさんは、魔力が自分の体から溢れる程に溜めていて、すごく集中しているのがわかる。

 魔力量だけを考えたら、あの黒いドラゴンさんの攻撃でも防げそうな位に見える。


「アリス様。どうして、そこまで人間に荷担するのですか? 竜の巫女様は、人間に、ひどいことばかりされていたのに。それが、たった何日か、優しくされただけで、簡単に変わる訳がないのに」


 ヒミコさんの声は、静かで揺るぎなくて、だけど、すごく悲しそうで、ヒミコさんが何を考えているのか、わからなくて。


 だけど、ヒミコさんが、何を考えているのか、それはすごく大切なことのように思えた。


 時間がないのはわかってる。


 けど、私は、そんなヒミコさんが、何を考えているのか、知りたいと思ってしまった。


「ヒミコさんは、どうして、そこまでお姉ちゃんを信じられるの?」


 私は逆に質問を返してしまった。

 質問をされたことなんてすっかり忘れていた。


 ヒミコさんは、それを腹を立てた様子もなく、表情を変えずに、少し上を向いた。


「信じる、ですか。信じるとは、少し違うかもしれません」

「どういうこと?」


 私から見たら、ヒミコさんは、これ以上ないという程に、お姉ちゃんを信じている。

 盲信していると言ってもいいくらいに。


 なのに、ヒミコさんは、それを否定した。

 ううん。否定した、というより、ヒミコさん自身が、自分の感情を理解しきれていない、と言う方が近いのかもしれない。


 ヒミコさんは、聞き返した私に目を向けず、代わりに私の方に手を向けた。


 そして。


「アリス様には、わからないでしょう」


 そう言って、ヒミコさんが魔法で作った銃弾を私に向けて撃ってきた。


 ドンドンドンと、何発も撃ち込まれたけど、私は魔法でそれを防御する。

 だけど、その魔法はずっと止まらなくて、しかも、1発1発の威力が強すぎて、中々前に進めない。


 こんなにヒミコさんの魔力が強いなんて。

 そんな風には見えなかったのに。


 これが、ヒミコさんの、本気。


「私も、竜の巫女様の力を、少しだけ継承しています。ですから、いかにアリス様と言えど、まだ竜の巫女様の力を完全に継承していない今の状況では、そう簡単には越えられませんよ」

「竜の巫女の力?」


 そんなの、聞いたことない。


「竜の巫女様の魔力は、誰よりも強い。この世で最も。そして、その力は、アリスに引き継がれています。ですが、それは完全に継承されている訳ではありません。まだ途中です」


 ヒミコさんは、攻撃を続けながら続ける。


「そして、私も、生まれた時から竜の巫女様の力の一端を受け継いでいます。本当に僅かですが」

「ヒミコさんも、竜の巫女とおなじなの?」


 竜の巫女の力を受け継ぐ存在。

 それってもう、私と同じような存在ということじゃないのかな。


 そう思ったんだけど、ヒミコさんは首を横に振った。


「いいえ。全く違います」


 ヒミコさんは私の方に顔を向けた。

 その表情は、少しだけ憂いを帯びたように笑っていた。


「竜の巫女様やアリス様は、神によって創造された存在。そして、私は竜の巫女様に創られた存在です」

「えっ! お姉ちゃんに?」


 創られたって。


「私たち、姫は、竜の巫女様に創られた、人ならざる存在です。もちろん、人間と同じ体の構造をしていますが。違うのは、竜の巫女様の力を僅かに継承していること。そして、竜の巫女様の記憶を継承していること、です」

「お姉ちゃんの、記憶」


 ヒミコさんは、自分の手を見るように少しだけうつ向く。その手は固く握られていて、震えているようだった。


「私は、竜の巫女様の受けたすべてを記憶しています。そして、その時の感情も」


 ヒミコさんの表情は、苦痛に歪んで、辛そうなものだった。


 それは、お姉ちゃんの記憶を思い出しているからなのかはわからない。


 だけど、ヒミコさんが、辛そうにしているのは、今の状況が、ヒミコさんをそんな顔にしているのは間違いないだろう。


「ヒミコさんは、なにをかんがえてるの?」

「私は……」


 ヒミコさんは、少しだけ考えるように黙ったあと、静かに話してくれた。


「私には、生まれた時から、選択肢などありませんでした」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る