第102話
「本当に、ありがとうございましたっ!」
「そ、そんな、大したことなんて、してないよ」
ドラゴンさんたちが帰っていくと、ヤマトミヤコ共和国の人たちも慌てて帰っていった。
多分、いきなり、ドラゴンさんたちが帰ってちゃったから、すごく取り乱したんだと思う。
逃げる人たちから聞こえてきたのは、ドラゴンがやられた、相手にはドラゴンすらも敵わない、強靭な化け物がいる、という話。
しかもそれは、どうやらリリルハさんを指しているみたいで、リリルハさんは少しだけ不満そうだった。
「化け物、なんて。あんまりですわ」
と、リリルハさんがごねていた。
とは言え、国境線の防衛はなんとか成功した。
しかし、だからと言って安心はできない。
というのも、帰り際にドラゴンさんが教えてくれたことが気になっていたからだ。
竜の巫女様は、貴様を敵陣から遠ざけた。
本当の部隊は、今頃、貴様らの本陣に向かっているだろう。
そう言っていたような気がする。
ドラゴンさんは、誰よりも空を知っている。
だから、私たちに見つからないような高さで、空を飛ぶことだってできるだろう。
ましてや、今回みたいに、国境線で戦いをしていたら、そんな所まで気にしていられない。
それに、ドラゴンさんが、嘘を言っているようにも思えない。
ということは、つまり。
「リリルハ様。準備ができました」
「ええ、ご苦労様。それでは、ウィンドブルム様、私たちはこれで」
私たちは、シュルフさんの報告を受けて、すぐに馬車へと向かった。
「ええ。お気をつけて。できれば、我々も助太刀したいのですが」
馬車に向かう私たちに付いてきながら、ウィンドブルムさんが、申し訳なさそうに言う。
「そのお気持ちは嬉しいですわ。ですが、ここもまだ油断を許さない状況です。この砦は、あなた方に守っていただかなければ」
リリルハさんの言う通り、ドラゴンさんたちが帰ってくれたとはいえ、またここに攻めてこないとも限らない。
その時に、ここが手薄になっていると、そこから攻め崩れてしまう。だから、ウィンドブルムさんたちは、どうしてもここから離れられないのだ。
ウィンドブルムさんも、同じように考えているようで、リリルハさんの言葉に頷いていた。だからこそ、申し訳なさそうにしてるんだろうけど。
そんな話をしている内に、私たちは馬車まで辿り着いた。
そこで、リリルハさんはウィンドブルムさんの方に振り向く。
「何が起きるかわかりませんわ。あなた方も、お気をつけて」
「はっ! リリルハ様も、ご武運を」
そして、私たちは、ウィンドブルムさんたちとお別れして、来た時と同じように、魔法で作られたお馬さんが引く馬車に乗って、私たちはウィーンテット領国に向かった。
◇◇◇◇◇◇
「ここから、お父様と交信はできますの?」
「残念ながら、難しいですね。今回は事が急を要していたため、そういった準備はできていないんです」
馬車を全速で走らせながら、ウィーンテット領国の状況を確認しようとした私たちだけど、どうやら、それは難しいみたい。
あの蝶を使って連絡をしようにも、そんなに早くは動いてくれないから、結局、連絡が帰ってくるのは、私たちがウィーンテット領国にかなり近付いてからということになる。
それだとあまり意味がない。
なんとかして、情報がほしい。
そんなことを思っていると、少し離れた所で、何やら騒がしい声が聞こえてきた。
「何でしょうか?」
シュルフさんも聞こえたみたいで、私たちはその声が聞こえてきた方を凝視する。
すると、そこで、微かに火が上がっているのが見えた。しかも、聞こえてきた声は、たくさんの人の悲鳴のようだった。
「どこかが襲われている? 急いで助けないと!」
馬車の御者の人に指示を出して、私たちはすぐに、その悲鳴の聞こえた方へ向かった。
そして、実際の場所に近付いていくと、そこは、すでにひどい状況になっていた。
「これは」
小さな村のようだけど、あちこちで火事が起きていて、家もほとんどが壊されている。
明らかに強い衝撃によりなぎ倒された木々が、道を塞いで、地面は抉れている。
倒れた人や怪我をした人がたくさんいて、それでも助け合いながら、みんな何かから逃げている。
そして、視線の先には、1頭の黒いドラゴンさん。
その黒いドラゴンさんが、この村を焼き付くそうと暴れているみたい。
「皆さん、こちらへ、早く逃げてください!」
リリルハさんとシュルフさんが、逃げている人たちを、安全な場所へと連れていく。
「あ、あなた方は?」
「私はリリルハ・デ・ヴィンバッハ。救援に来ましたわ」
リリルハさんは、簡単に説明して、みんなを誘導する。
「逃げ遅れている人は、私が探しますわ。だから、皆さんは、とにかくここから離れて」
「あ、は、はい」
目まぐるしい状況の変化に、村の人たちもどうしていいのかわからなくなってるみたい。だけど村の人たちは言われるがままに逃げていってくれた。
だけど、黒いドラゴンさんの攻撃はまだ続いている。あのドラゴンさんを、どうにかしないと被害は広がる一方だ。
「リリルハさん。私、あのドラゴンさんとはなしてくる」
「え? あ、アリス!」
リリルハさんが呼び止めていたけど、早くなんとかしないと、他にも被害がいっちゃうと思った私は、それを無視して走り出した。
黒いドラゴンさんは、動けなくなっている人に追い討ちをかけようとしていた。
「ひ、ひいぃぃ!」
「た、たすけ、たすけ、て!」
絶望に染まったその人たちに、私は黒いドラゴンさんの前に立ちはだかった。
「まって」
さっきのあのドラゴンさんたちと同じように、ドラゴンさんを無理やり呼び止めた。
「え? こ、子供?」
「あ、あああ、ああ」
襲われていた人たちは、突然のことに困惑して驚愕している人や、這いつくばるように逃げている人もいる
「みんな、にげて。リリルハさんが、助けてくれるから」
そんな人たちの方を振り向いて、私は簡潔に今の状況を説明した。
うまく声明できたのかはわからないけど。
「リ、リリルハ様? ヴィンバッハ家の?」
「おお、ついに助けが。ありがたや」
それでも、なんとかなったようで、その人たちは、みんなで協力し合いながら、その場から逃げていった。
そして、みんなが大分離れたのを確認して、私はドラゴンさんの方に振り向く。
「ドラゴンさん。こんなこと、もうやめて」
あのドラゴンさんたちのように、話せばわかってくれるはず。少なくとも、ここにいる人たちへの攻撃だけでもやめてもらわないと。
そう思って、話しかけたんだけど、返ってきたのは、予想外のものだった。
「やはり、来ましたか」
「え?」
女の人の声にそっちの方を振り向くと、そこには、私と知っている人の姿があった。
「ヒミコ、さん、キョウヘイさん」
黒いドラゴンさんの近くにいたのは、ヒミコさんとキョウヘイさんだった。
久しぶりに会った2人に、前よりのような笑顔はない。もちろん、こんな場面で笑うとは思えないけど、それとは別に、2人は何かを諦めたかように、光のない瞳をしていた。
一瞬、2人だと気付かないぐらいに。
それが少し気になったけど、今はそれよりも先に言わなきゃいけないことがある。
「ヒミコさん。こんなこと、やめて」
ヒミコさんだって、話せばわかってくれるはず。ちゃんと説明さえすれば。
そう思っていたのに。
「いいえ、もう、終わりです。アリス様。私たちは、もう止まれないのです」
「……え?」
そう言うヒミコさんは、微かに笑う。
でも、その笑顔は、絶望に染まっているようだった。
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