第101話

「気休め程度ですが、これで時間は稼げるはずですわ」


 落ちたドラゴンさんたちは気絶をしていて、ひとまずは動く気配がない。


 でも、ドラゴンさんの硬い鱗は健在で、さっきの爆発で、少しは怪我をさせてしまったと思っていたけど、見ると傷の1つも付いていなかった。


 改めて、ドラゴンさんの凄さがわかる。


 そんなドラゴンさんが目覚めたら、私たちはまた何もできないから、今のうちに、と、リリルハさんは、ドラゴンさんたちを拘束する魔法をかけてくれた。


 魔法で作られた鎖で、何重にもドラゴンさんを縛り付けている。


 多分、ドラゴンさんなら、こんな鎖、簡単に引き千切れるんだろうけど、流石に一瞬でそれをやることはできないだろう。

 と、リリルハさんは言っていた。


 私たちの目的は、ドラゴンさんたちの説得。


 倒すことが目的ではないから、その僅かな時間でも、ドラゴンさんと話せるのなら、あとは、私の仕事。

 ちゃんと、説明をして、今回は引き下がってくれるといいけど。



「グウゥン」


 不意に、ドラゴンさんの声が漏れる。


 見ると、ドラゴンさんは、うっすらと目を開いていた。

 少しだけ目を横にズラして、状況を確認しているみたい。


 そして、その目が私たちの方を向く。

 その瞬間、カッと見開かれた目が、私たちを鋭く貫いた。


「グオオオオォン!」

「あ、ま、まって!」


 1頭のドラゴンさんが吠えると、周りのドラゴンさんも一斉に起き上がろうと動いた。


「くっ。アリス、すみませんが、あとは任せますわ」

「う、うん」


 リリルハさんは、ドラゴンさんたちを拘束する鎖に魔力を注ぎ込む。少しでも、ドラゴンさんたちを長く拘束するために。


 だけど、それも数秒と持たない。

 ブチブチッと、鎖はただの糸のように、どんどん引き千切られていく。


 チャンスは1回で、ただの数秒。

 それでも、やらないといけないんだ。


「まって! 話をきいて! 私はみんなと話がしたいの!」


 ドラゴンさんたちは、私の声が聞こえていないみたい。ひたすらに、拘束から逃れようと力任せに動くだけ。


 もしかしたら、私の姿すら、もうドラゴンさんたちの視界に入っていないのかもしれない。


「おねがいっ! 話をきいて!」


 精一杯の大声も、ドラゴンさんたちには届かない。


「くっ。もう、む、り、ですわ」


 リリルハさんはもう限界。

 鎖はほとんどが砕け散って、残るのは1本か2本か、という程度。

 ドラゴンさんたちは、翼を大きく広げて、飛び上がろうとしていた。


 でも、空を飛ばれたら、もうおしまい。

 手が届かない。さっきみたいな作戦もできなくなっちゃうし、話し合う機会なんて、二度と来ないだろう。


 どうしたら。


 どうしたら、いいんだろう。


 どうしたら、話を聞いてくれるんだろう。


 私がやらなくちゃいけないことなのに。


 私にしか、できないことなのに。



 …………。


 ……。


 私に、しか、できない、こと?


 それを思い出して、閃いた。

 ううん。思い出したんじゃない。最初から覚えていたのに、私はそれを理解していなかった。


 ドラゴンさんたちに、私の声を届ける方法を。


 多分、いつも一緒にいてくれたドラゴンさんは、私のことをいつも1番に考えてくれていた。


 だから、気にしたことがなかったんだ。


 でも、だからこそ、理解しなくちゃいけない。


 私が何者で、どんな力を持っているのかを。


 お姉ちゃんみたいにはできない。

 だけど、この距離なら、ちゃんと声を届けることができるはず。


「ご、めんなさい。アリス」


 ガシャァンとすべての鎖が弾け散った。

 そして、ドラゴンさんが翼を羽ばたかせる。

 空に飛び上がろうとする。


 だけど、その前に。


 私は、お姉ちゃんのことを思い出しながら、私の中に流れている血が、誰のものなのかを思い出しながら。


「うごかないでっ!」


 ビシッと、胸の奥で電気が走ったみたいな感覚があった。

 声はいつもの私の声なのに、今までになかった感覚で、明らかにいつもの私と何かが違う声だった。


 翼を羽ばたかせていたドラゴンさんたちは、私の声にビクッと反応して、その動きを止めた。

 そして、みんなが私の方を見る。


 やった。なんとか話を聞いてもらえるようになったみたい。



 私の中にあるのは、竜の巫女としての力。


 お姉ちゃんみたいに、その力を完璧に使いこなすことはできないけど、私の声が届く範囲くらいなら、お姉ちゃんみたいに、ドラゴンさんたちに命令することができるかもって思ったんだけど、上手くいったみたい。


 竜の巫女として、ドラゴンさんたちを無理やり従わせることはしたくないけど、話を聞いてもらう間だけは、動かないでほしい。


「みんな、私の話をきいて?」


 ドラゴンさんたちの内の1頭が、私の方を睨んでいた。


 命乞いは、見苦しいぞ。

 そう言っているような気がした。


「命乞いじゃないよ」


 ならば、何だ。

 ドラゴンさんの問いに、私は少しだけ考えて口を開いた。


「私は、みんなを助けたいの」


 ドラゴンさんは、私が何を言っているのかわからないみたい。

 私は説明が下手だから、さらに詳しく話すことにした。


「お姉ちゃんやドラゴンさんが、どんなにひどい目にあったのか、私もしってるよ」


 見せてもらったから。

 まるで私が体験したように、間近で見せてもらったから。


 だけど、お姉ちゃんたちが、人に対して、どれだけ深い憎しみを持っているのか、そのすべてを理解しているとは言えない。


 私の中にある、気持ち悪い感情。

 今までに、何度も感じたことのある気持ち悪い感情。


 デリーさんにも感じた。

 シュンバルツさんにも感じた。


 この気持ち悪い感情が、何なのか、その時はわからなかったけど、今ならわかる。


 この気持ち悪い感情は、憎悪だ。


 負の感情に支配された、憎しみの感情。

 私はそれを感じたことがある。


 そして、お姉ちゃんたちは、そんな私の憎悪よりも、遥かに強い憎悪を持っているんだろう。


 見せてくれたものだけでは理解できないくらい、深い憎悪があるんだろう。


 わかってる。

 それは、わかってる。


 だけど。


「それでも、せかいには、やさしい人もいるんだって、お姉ちゃんにはしってほしいの」


 この世界には憎悪しかないなんて、そんなの悲しすぎるの。


 私がリリルハさんに救われたように、お姉ちゃんだって受け入れてくれる人が必ずいる。

 でも、こんな風に、すべてを滅ぼそうとしていたら、一生、絶対にそんな人を見つけることはできない。


 お姉ちゃんは、今、誰のことも信じていない。


 私たちはもちろんだけど、ヒミコさんたちのことも、ただ、自分に従う人、程度にしか思っていない。


 そんなの、悲しすぎるの。


 いつの間にか、私の目からは涙が溢れていた。


 ドラゴンさんたちは、私の様子に、少し困惑しているみたい。


 だけど、涙を拭うのすら煩わしくて、私は話を続けた。


「こんなやり方まちがってるの。だから、もうやめようよ。こんなこと。私もいっしょにあやまるから、お姉ちゃんにも、そう伝えてほしいの」


 ただ一方的に、私は私の言いたいことだけを伝えた。

 素直な気持ちをぶつけた。


 ドラゴンさんたちが、そんな私の言葉をどう思ったのかはわからない。

 だけど、困惑している様子だけはわかる。


「グウゥン」


 そして、おもむろに、ドラゴンさんが、声を漏らした。


 貴様に、竜の巫女様の、何がわかる。

 そう言ってるような気がした。


 貴様は、竜の巫女様の憎しみを、悲しみを、何一つ理解していない。

 竜の巫女様は、生まれた瞬間から、ずっと孤独だった。誰からも疎まれ、裏切られ、誰1人として救ってくれる人間はいなかった。

 竜の巫女様は、人間に近づくために努力された。しかし、人間は、そんな竜の巫女様の歩み寄りを、すべて裏切ったのだ。

 人間は、低能で下等な生き物だ。多様性を否定し、自分たちの利益にのみ固執し、他者を踏みにじる。

 その性分は、何百年経とうが、何千年経とうが、変わることはない。

 そんな人間に、見きりを付けたのは、神より信託を授けられた竜の巫女様だ。それはつまり、神の審判と同じ。

 例え貴様が、竜の巫女様の末裔だとしても、何も経験していない貴様の言葉など、我々にとっては、何一つ、信じられる話ではないのだ。


 ドラゴンさんが言うことは、何も間違っていないと思う。


 私なんかが何を言っても、説得力なんてあるはずもない。

 それは、その通りだと思う。


 でも。


「でも、私は、お姉ちゃんが経験していない経験をしてるの」


 なんだと?

 と、ドラゴンさんが、眉間に皺を寄せた。


 そんなもの、あるはずがない。

 そう言ってる様子のドラゴンさんに、私は首を振った。


「ううん。あるんだよ。だって、私はね、人に助けられて、今までいきてきたんだから」


 ドラゴンさんたちは、ハッとしたような顔に変わった。


「私はね。色んな人のやさしさにふれてきたの。お姉ちゃんが、人に色んなことをされて、かんじたように、私も色んなことをかんじたんだよ。私が竜の巫女のまつえいなのだとしたら、その感情も、たいせつなもののはずなの」


 お姉ちゃんの経験は、この世界から人を消そうとする根拠になるのかもしれない。

 だけど、それなら、私の経験も、この世界の人を守るための根拠になるはず。


 私は私が感じた世界を信じる。


「おねがい。私は、お姉ちゃんにも、この世界には、やさしさもあるんだってわかってもらいたいの。だって、その方が、ぜったい、世界はきれいに見えるから」


 ドラゴンさんたちは、何も言わない。

 私も、言いたいことはすべて言った。


 沈黙の時間が流れて、しばらくどちらも口を開かなかった。


 やがて、ドラゴンさんが、私に視線を向けた。


 我々は竜の巫女様に従うのみ。

 しかし、貴様もまた、竜の巫女の末裔であることは確か。ゆえに、今この時は、貴様の顔を立ててやろう。


「え? じゃあ」


 此度は引く。

 どうせ元々、この場所を攻めたのは、貴様らをここにとどめておくためだけだからな。

 そう、ドラゴンさんが、お姉ちゃんの作戦を口にした。


「え?」


 竜の巫女様は、貴様を敵陣から遠ざけた。

 本当の部隊は、今頃、貴様らの本陣に向かっているだろう。

 人間では不可能だが、ドラゴンならば、貴様らも気付かない高度で飛ぶことができるからな。


「そんな」


 竜の巫女様を止めたいのなら、すぐに戻るんだな。我々は、関与しない。

 貴様が、もし、本気で竜の巫女様と対立し、竜の巫女様を救いたいと言うのなら、行動でそれを示して見せよ。

 そう言ってるような気がする。


 そして、ドラゴンさんは、ゆっくりと飛び上がった。


 我々は、竜の巫女様の幸せだけを願っている。

 それは、貴様も同じだ。だからここは、手を引こう。

 貴様の覚悟、見届けさせてもらおう。


 多分、そんなことを言って、ドラゴンさんたちは飛び去ってしまった。

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