第93話
お姉ちゃんがそう言ったからなのか、私たちは、何の苦労もなく、お姉ちゃんの町から出ることができた。
お姉ちゃんを説得することも、ドラゴンさんを連れてくることもできなかったけど。
リリルハさんやテンちゃんを助けることができたのは良かったけど、その2つだけが、今の私の心残り。
どうにかしたいけど、正直、今は、どうすることもできなかった。
「ア、アリス?」
そんなことを考えながら歩いていると、遠慮がちに、リリルハさんが私の名前を呼んだ。
「なに? リリルハさん?」
リリルハさんは、少し気まずそうな顔で私のことを覗き込んでいる。
どうしたんだろう。
首を傾げていると、リリルハさんは、テンちゃんと顔を見合わせて、恐る恐るといった様子で口を開いた。
「えっと、記憶は、本当に戻った、ということで、よろしいんですの?」
「あ、うん。本当だよ。ぜんぶ、おもいだしたの」
そういえば、お姉ちゃんにはしっかりと宣言したけど、ちゃんとリリルハさんたちに説明しないでここまで来ちゃってた。
「よくわからないけど、突然、リリルハさんたちのことをおもいだしたの。もちろん、テンちゃんもだよ」
よくわからない、とは言ったけど、もしかしたら、という予想はある。
絶対そうだ、とは言えないから、言わないけど。多分、リリルハさんが、私のことを妹だって言ってくれたからだと思ってる。
あの言葉は、私にとってすごく大切で、たとえ何があっても、忘れられなかったんだと思う。
一時は、忘れてしまっていたけど。
でも、ちゃんと思い出せたから。
思い出せるきっかけにってくれたから。
「アリス。じゃあ、私のことも、ちゃんと?」
「うん。おもいだしたよ、リリルハさん」
リリルハさんは、パッと花のように笑顔を浮かべて、ガバッと抱きついてきた。
「アリスゥゥゥ! 大好きですわぁぁぁ!」
「きゃあ!」
ものすごい勢いで、思わず声が出ちゃった。
あまりの勢いに避けそうになったけど、そんな余裕もないくらいの勢いで抱きつかれた。
「あぁ、あぁ、アリス。よかったですわ。アリス、はぁはぁ、アリス。ふへへへ」
「リ、リリルハさん、ちょっと、いたいよ」
抱き締めてくれる腕は、力強くて、少し痛いぐらいだったけど、気持ちが落ち着く、優しいハグだった。
「本当に、リリルハさんは、アリスが好きなのね。わぷっ!」
「アリスだけではありませんわ。テンも好きですわよ。好き、好き、好きぃ」
「わ、わかったから、わかったからぁ!」
◇◇◇◇◇◇
しばらくの間、ずっと抱きつかれていた私とテンちゃんだったけど、事態はそれほど楽観できるものではなく、いつの間にか真剣な空気になっていた。
「それにしても、ドラゴンさんが、アリスを選ばないなんて、驚きましたわ」
「……うん」
今までずっと、一緒にいてくれたドラゴンさん。
そのドラゴンさんが、私ではなく、お姉ちゃんの方に付くなんて、正直に言えば、信じられなかった。
自惚れかもしれないけど、ドラゴンさんは、何があっても、私の元にいてくれると思っていたから。
あの時の光景を思い出して、私は無意識に下を向いていた。
「大丈夫ですわ。アリス」
そんな私に、リリルハさんが、頭をポンポンとしてくれた。
「リリルハさん?」
「ドラゴンさんは、必ず戻ってきてくれます。いいえ、取り返しますわよ。私も協力しますわ」
取り返す。
お姉ちゃんから、ドラゴンさんを取り返す。
「私も手伝うわ」
「テンちゃん」
2人とも。
そう、だよね。
今はどうしようもないけど、またお姉ちゃんと、話し合わないといけない。
そうだ。
こんな所で、落ち込んでる暇なんてないんだ。
「そう、だよね。うん。ありがとう、リリルハさん」
私の返事に、リリルハさんはニカッと笑った。
「そうと決まれば、作戦を立てますわよ。一度、私の町に戻って、ああ、それよりも、先にシュルフに連絡をした方がいいかもしれないですわね」
「シュルフさんに?」
シュルフさんは、リリルハさんのメイドさん。
シュルフさんにも、しばらく会ってないな。
「しばらく私も連絡してませんでしたから、そろそろ、シュルフも、心配している頃でしょう。早速、魔法で、ん?」
リリルハさんが、シュルフさんへの連絡をしようとする前に、リリルハさんの元に、光る蝶が飛んできた。
それは、魔法でよく見る連絡手段だ。
時間はかかるけど、これも手紙のように連絡することができるもの。
「これは、シュルフから?」
リリルハさんの所に来た蝶は、どうやらシュルフさんの魔法で作られたものらしい。
「えっと、何々?」
蝶からの連絡を聞いたリリルハさんは、徐々に顔をしかめていった。
「なるほど。それは、厄介ですわね」
「どうかしたの? リリルハさん」
深刻な顔をするリリルハさんに尋ねると、リリルハさんは、言いづらそうに私に顔を向けた。
「少し、不味い事態ですわ」
「まずい、じたいって?」
声質から、本当に深刻なことが起こっていると想像できる。
私と同じようにテンちゃんも、息を飲んで話を聞いていた。
そして、リリルハさんは、重い空気で、静かに口を開いた。
「竜の巫女が、私たちの国に対して、宣戦布告してきましたわ」
「せんせん、ふこ、く?」
意味はよくわからなかったけど、不穏な言葉に、私もテンちゃんも、どうすればいいのかわからなくなっていた。
だけど、それは、私たちにとって、とても過酷な状況である、という証明に他ならなかった。
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