第89話

「なんてこと。テンが、ここに?」

「うん、そうなの」


 リリルハさんに今の状況を説明すると、リリルハさんもテンちゃんが来ていたことは知らなかったようですごく驚いていた。


「なんか、お姉ちゃんが、テンちゃんのビスケットを気に入ってて、ここに呼んだらしいの」

「うっ。そ、そうだったんですわね」


 リリルハさんは何故か、言葉を詰まらせて、気まずそうに目をそらした。

 何か、後ろめたいことがあるのかな。


 私は何かを隠そうとしていそうなリリルハさんを見つめる。


 リリルハさんはやっぱり何かを隠そうとしているみたいで、私の方を見ようともしない。

 さっきよりもさらに、横を向いて、冷や汗も流している。


「リリルハさん」

「うっ」


 呼び掛けると、リリルハさんはビクッとして、私の方を見た。

 そして、諦めたようにガクッと肩を落として、隠そうとしていたことを白状してくれた。


「実は、この国にビスケットを持ち込んだのは、私なんですの」

「え? そうなの?」


 聞くところによると、リリルハさんは、最初にこの町に来た時は、お姉ちゃんの存在を知らなかったし、まさかここまで敵対するとは思ってなくて、お土産を持ってきた。


 そして、それが、リリルハさんのお気に入りのお菓子であるテンちゃんが作ったビスケットだったということらしい。


 そして、それが、巡り巡ってお姉ちゃんも食べることになって、今回の事態に発展した。


 なるほど。そういう繋がりだったんだ。


「ごめんなさいですわ。私のせいで、テンまで巻き込んでしまって」

「リリルハさんはわるくないよ。それに、テンちゃんが来てくれたから、私もここまで来れたんだから」


 テンちゃんを危ない目に逢わせてしまったのは、確かに悪いことだけど、それは私も同じだし、結果的にリリルハさんを助けることができたことは、感謝したいくらい。


 だから、今考えるべきは、その時の反省じゃなくて。


「それより、テンちゃんを連れて、ここからにげないと」


 そう。

 せっかくリリルハさんを助けられたんだから、早くテンちゃんも助けて、ここから逃げないと。


 モタモタしていたら、またお姉ちゃんに見つかって、それこそ大変なことになってしまう。


 今は順調にいってるけど、お姉ちゃんがいつまでもこの状況に気付かないとは思えない。

 今、この瞬間も、バレる危険性は高いから。


「そう、ですわね。謝るのは、ここか、無事に逃げたあとでいいですわね」


 リリルハさんを気を引き締め直したみたいで、パシッと頬を叩いていた。


「うん。そうだよ。それで、リリルハさん。相談なんだけど、テンちゃんを助ける、いい方法はないかな?」


 私やでは、良い方法が浮かばなかった。

 テンちゃんも、リリルハさんと相談してって言っていた。


 リリルハさんも、この国やお城に詳しい訳じゃないから、いきなりそんなことを言われても困るかもしれないけど、私がどんなに考えても、何も浮かんでこなさそうだから。


「テンは、今、アリスの代わりに部屋にいるんですわよね? うーん」


 リリルハさんは、こめかみの辺りをグリグリとして、悩むように唸る。


 難しいことなのはわかる。

 だけど、この時間にも、テンちゃんには、危機が迫っているかもしれない。


 そう考えると、どうしても焦ってしまう。


 早く良い方法が出てこないか、ソワソワとして待っていると、リリルハさんが、あ、と何か閃いたような声を漏らした。


「そうですわ。今度は、アリスが、テンのフリをすれば良いんですわ」

「え? 私が、テンちゃんの?」


 確かに今は、テンちゃんに変装をしている。


 声を変えるくらいなら、お姉ちゃんにバレないことはさっき使ってわかったので、テンちゃんのフリをすることはできると思う。


 だけど。


「それだと、また私かテンちゃんのどちらかしか部屋から出られないんじゃない?」


 もし、2人とも部屋から出ることができれば、こんなことにはなっていない。


 魔法も使わずにあの部屋から出る方法は、少なくとも私にはわからない。


 あの部屋から出るために障害となるのは、魔法が使えないことと、何処から出ても見張りの人に見つかってしまうこと。


 特にリリルハさんは、捕まっている身だし、目立った動きはできない。


 見つかって暴れたら、それこそテンちゃんが危ない。


 もしかして、リリルハさんは、お姉ちゃんのことを、まだ甘く見てるのかな。

 そんな思いでリリルハさんを見ると、リリルハさんは、自信ありげに笑っていた。


「大丈夫ですわ。私を信じてください、アリス」


 リリルハさんは、優しく微笑み私の髪を撫でる。

 それがすごく心地よくて、ただそれだけで、リリルハさんを信じてしまいそうになる。


 リリルハさんが大丈夫って言うなら、大丈夫なのかな。

 ううん。やっぱり、どう考えても大丈夫だとは思えない。


 でも、リリルハさんなら。


「わかった。どうすればいいの?」

「まずは……」


 リリルハさんは、少しだけ貯めるように黙り、ニコッと笑った。


「ビスケットを作りましょう」

「え?」


 ◇◇◇◇◇◇


「え? 最後に、もう一度、ビスケットを、ですか?」

「うん。最高傑作なので、アリス様にもう一度、食べていただきたくて」


 あれから、すぐに食堂に戻った私たちは、見張りの人にお願いして、ビスケットを作らせてもらった。


 ちなみに、実際に作ったのはリリルハさん。

 見張りの人は、食堂の中までは入ってこなかったので、そんなに苦労せずに作ることができた。


 テンちゃんが言っていたみたいに、本当にテンちゃんの監視は甘いみたいでよかった。

 帰ってくる時も、鉢合わせにだけ注意すれば、帰ってこれたし。


 そうして作ったビスケットは、見た目は美味しそうなビスケット。

 見る限り、何の仕掛けもない。


 だけど、見張りの人は、怪訝な表情でビスケットを睨んでいた。


「見た所、さっきとさほど変わったようには見えませんが」

「えっと、か、変わったのは味だから」


 どうやら、ビスケットを疑っているらしい。


 見張りの人は、私をジロッと睨んでいて、かなり警戒している。


「さ、さっきも、アリス様は、ビスケットを食べたいって言っていたし、た、多分、待ってると思う、よ?」

「アリス様が?」


 私の名前を出すと、見張りの人は少しだけ、動揺したように眉を寄せた。

 そして、どうしたものか、という表情で、私とビスケットを見る。


「一度、毒味をいたします」

「あ、う、うん」


 見張りの人は、ビスケットを手に取ると、表や裏を注意深く見たあと、魔法を使って何かを調べていた。


 多分、毒か何かが入っていないかを調べたんだと思う。

 それから、魔法で何も入ってないと判断したのか、見張りの人は、一口だけビスケットを口に含む。


「うーむ。味も、さっきと変わらない、いや、味は落ちているように感じるが」

「うっ」


 普通に食べれば、リリルハさんのビスケットも、すごく美味しい。

 それは間違いない。


 だけど、テンちゃんのビスケットは、それよりもさらに美味しいものだから、どうしても、比べられたら負けてしまう。


 そこだけは、リリルハさんも心配していた。


 だけど、こうなった時の対処法をリリルハさんから聞いている。


「そ、それは、アリス様のこのみにあわせたから、です。アリス様に特化した味にしてるんです」

「そ、そうなの、か?」

「はい。さきほど、アリス様から、その話は、すごく聞きましたから」

「ふむ」


 見張りの人は、ビスケットを最後まで食べ終えると、難しい顔をしていたけど、やがて。


「まあいい。とりあえず、アリス様に聞いてみよう」

「う、うん。そうしてください」


 よかった。

 ギリギリだけどなんとかなった。


「それでは、私が運びますので……」

「あ、それも私が持っていきたい、です。それも、アリス様から、おねがいされたので」


 そう言うと、見張りの人は、さらに不審そうな顔をした。

 だけど、私の名前を出せば、無下にはできないと、リリルハさんが言っていた。


 そしてそれは、間違いではないようで、見張りの人は、まだ疑るような目をしていたけど、最終的には、一緒に行くことを許してくれた。


 見張りの人に付いていく中、私は密かにポケットにしまっていたビスケットの欠片を気付かれにくいように、壁の隅に落としながら歩いた。


 これはリリルハさんへの道標。


 近くを歩くと、リリルハさんの存在に気付かれてしまうかもしれないから、こうして、少し離れた所から、追いかけてきてもらうことにしたのだった。



 と、そうこうしているうちに、私たちは私の、テンちゃんのいる部屋に辿り着いた。


「アリス様、よろしいでしょうか?」

「え? あ、ええ、あ、うん」


 私の声で、テンちゃんが返事をする。

 よかった。今のところ、何も起きていないみたい。


「ビスケットをお持ちしましたが」

「ビスケットを? え?」

「先程、テン様とお話しされた、とお伺いしてますが、違いましたか?」


 うっ。ギロッと、見張りの人に睨まれた。


 ここで、テンちゃんが、そんなの知らないって言っちゃったら、すべてが終わり。


 お願い、テンちゃん。気付いて。


「あ、あー、はいはい。そうだった、うん、そうだった。やっと来てくれたのね、早く入れて」

「え? で、では、やはり、本当なのですか?」

「あ、当たり前でしょ。それよりほら、早く」

「あ、は、はい。失礼しました」


 チラッと私を見て、部屋の方を見る。

 入れってことだよね。


 私はビスケットを持って部屋に入る。



 すると、テンちゃんが、部屋の中央にいて、不安そうな顔をしていたけど、私を見ると、ホッとしたような顔に変わった。


「テンちゃん!」


 私は思わずテンちゃんに駆け寄った。

 そしてそのまま、テンちゃんに抱きつく。


 テンちゃんは、そんな私をしっかりと抱き止めてくれた。


「アリス。よかった。無事だったのね。リリルハさんは助けられたの」

「うん。テンちゃんのおかげ。テンちゃんも無事でよかった」


 テンちゃんの顔は、ホッとしたようで、少し疲れたような顔だった。


 そうだよね。

 こんな所で1人なんて、気も休まらないよね。


「おそくなって、ごめんね」

「いいわよ。それに、言うほど遅くもなかったし。そんなことより、ここに戻ってきたってことは、何か、いい作戦があるのよね?」


 テンちゃんは、気にしてないよう振る舞う。

 気にしてないことなんてないはずなのに。


 あとで、もっときちんと謝っておかないと。


 だけど、そうだよね。

 それよりも先に、ここから逃げる方が先だよね。


「うん。リリルハさんが考えてくれたの。これ」

「これ? ビスケット?」

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