第88話
「これも、違う。これも。これも、あ、入った」
キョウヘイさんから盗んでしまった鍵を使って、目的の扉を開けようとしていた私だけど、キョウヘイさんの持っていた鍵はたくさんあって、中々正解の鍵を見つけられなかった。
そうして、8個目にして、やっと開けることができた。
周りに人がいないのを確認して、ほんの少しだけ扉を開ける。
扉の先は少し暗くて、階段になっている。
ヒュウヒュウと、冷たい風が下から流れているみたいで、微かに肌寒い。
こんな所に、リリルハさんがいるのかな。
ジッと奥の方を眺めるけど、とりあえず見える範囲に人はいないみたい。
だけど、階段は一本道で、隠れられる場所もなさそうだから、気を付けて進まないと。
コツコツと、歩く音が響く。
ゆっくりと歩くけど、周りがすぐに壁で囲まれて音が反射してしまって、どうしても、完全に足音消すことはできない。
それでもゆっくり、ゆっくり階段を下りていくと、それ程もせずに、突き当たりが見えてきた。
階段の先は、さっきよりもさらに暗くて、ジメジメとしている。変な臭いもして、チョロチョロと虫も蔓延っていた。
とてもじゃないけど、良い環境とは言えなかった。
階段を下りきるよりも前に、壁の陰から顔だけ出して、先を見てみる。
そして、サッとすぐに顔を戻した。
「あぶなかった」
流石にここには見張りの人がいるようで、ちょうどこっちは見てなかったけど、男の人が2人いた。
チラッと見えたこのフロアは、結構広いみたいで、もしかしたら、あの2人の他にも見張りの人がいるかもしれない。
うす暗いとは言っても、人が見えない程じゃないから、気を付けないとすぐに見つかってしまう。
とりあえずは、ここから先に行くためには、あの2人の目を掻い潜らないと。
距離はそれなりに離れている。
こちらを見ていない時に、もう少し先にある窪みに入り込めれば、少しは進めるはず。
だけど、タイミングが難しいな。
もちろん2人は真面目に見張りをしているから、隙なんてほとんどないし、さっきのも本当に運が良かっただけ。
次、顔を出したら、今度は見つかってしまうかもしれない。
そんな時、ガシャンガシャンと何処かで、何かを叩くような音が聞こえてきた。
「ん? 何事だ?」
見張りの人の声が聞こえてくる。
「実は、あの女がまた騒いでいるみたいで、魔法を使えなくしてるのに、今度は鉄格子を蹴り開けようとしてるんです」
「無駄なことを」
今だ。
多分、今なら気を抜いてるはず。
男の人の呆れたような声が聞こえた瞬間、私はサッと飛び出して、近くの窪みに入り込む。
思った通り、一瞬見えた見張りの人は、溜息を漏らしていて、こちらを見ていなかった。
これでなんとか先に進むことができる。
あとは、あっちの方で、少しだけ騒げば、あっちの方に注意を引けるはず。
私は窪みの陰から、全力で鍵を階段に向かって投げつけた。
なるべく高い所に投げる。
狙い通りに飛んでいった鍵は、階段に当たって、ジャランジャランとけたたましい音を立てる。
「な、なんだ!」
「おい、見てこい。侵入者かもしれん」
「は、はい」
よし。これで、見張りの人のうち、1人はあっちに行ってくれる。その隙に。
陰に隠れて、階段に向かう人から隠れる。
見つからないかどうかだけ恐かったけど、気付かれた様子はない。
私は見張りの人が階段を上っていくのを確認して、もう1人を見る。
あとはあの人だけだけど、一気に行って、眠らせるしかないかな。
一瞬だけなら、お姉ちゃんも気付かない、かもしれない。
階段に向かった人もすぐに帰ってくるだろうし、それしかない。
そう思って飛び出そうとした時。
ガシャン、と、さっきよりも大きな音が響き渡る。
「またか。おいっ、静かにしろっ!」
見張りの人が叫ぶ。
だけど、ガシャンという音はさっきよりも激しく響いていた。
「くそっ。うるさい女だ!」
それに耐えかねたのか、見張りの人は、苛立った様子で奥の方に走っていってしまった
多分、音のする方に向かって行ったんだと思う。
これはチャンス。
何処まで行けるかはわからないけど、これで奥に進むことはできる。
私はそのまま、男の人の後をつけていくことにした。
◇◇◇◇◇◇
「おいっ! 貴様、うるさいぞ!」
結局、見張りの人の目的地までついてきた。
来る途中、牢屋が何個かあったけど、そこには誰も入っていなかった。
リリルハさんは、まだ見つからない。
だけど。
「んんー! んんんんん! んんっん!」
女の人の声が聞こえてきた。
猿轡をされているようで、言葉にはなっていなかったけど、それは確かに聞き覚えのある声だった。
「リリルハさんだ」
リリルハさんは檻に閉じ込められていて、口には猿轡、手は後ろの壁に鎖で拘束されていて、動きを制限されていた。
それでもリリルハさんは、見張りの人を睨んで、何かを言おうとしている。
口を塞がれているせいで何を言ってるかはわからないけど、多分、ここから出せって言ってるんだと思う。
言葉にならない声を漏らしながら、力一杯に檻を蹴っ飛ばしている。
ビクともしないけど。
「んん! んんんっ!」
「こいつ。一度、痛い目に逢わせないとわからんか」
見張りの人は、長い棒のようなものを構えて、リリルハさんを突こうとしていた。
リリルハさんは、ハッとして逃げようとするけど、間に合いそうもなかった。
「んっ!」
「このっ!」
「だめ!」
私は咄嗟に飛び出して、見張りの人に抱きつく。
「あ? な、なんだ、お前は!」
急に現れた私に、見張りの人は驚いて、思いの外簡単に体勢を崩した。
「うおっ、ぐはっ!」
それがちょうど悪く、ううん。この場合はちょうどよかったのかもしれないけど、男の人は体勢を崩して、そのまま檻に後頭部をぶつけて気絶してしまった。
見張りの人は、目を回してその場に倒れ込む。
ああ、悪いことをしてしまった。
あとでちゃんと謝っておかないと。
「んんん!」
と、そんなことより、リリルハさんだ。
「リリルハさん。助けに来たよ」
「んんん。んー、んんんん、んん、んんんんんん、んんん、んんんっんん、ん」
「うん?」
リリルハさんは百面相になって必死に何かを言おうとしてくれてるけど、何を言ってるのかわからなかった。
喜んだり、涙を流したり、頬を赤らめたり、本当にどうしたんだろう。
まずは、猿轡を取らないと。
「リリルハさん。もうちょっとこっちに来れる?」
鎖のせいで動きに制限はあるけど、なんとか、私の近くまで来てくれたリリルハさんにつけられていた猿轡を取りさった。
「ぷはっ! 助かりましたわ、アリス」
リリルハさんは、やっと普通に喋れますわ、と嬉しそうに笑っていた。
「ううん。気にしないで。それより、助けに来るのが遅くなって、ごめんなさい」
こんな牢屋に何日も囚われていたなんて、考えるだけでも辛い。
本当ならすぐにでも助けに来たかったのに。
「何言ってるんですの、アリス。助けに来てくれただけで嬉しいですわ」
後悔する私に、リリルハさんは、優しくそう言ってくれた。
「あの場面では誰であろうと、どうすることもできないですわ。アリスが悪いことなんてありません」
「でも……」
「先輩ー? 何処にいるんすか?」
食い下がろうとする私の耳に、さっきの見張りの人の声が聞こえてきた。
階段の見回りから戻って来ちゃったんだ。
どうしよう。
このままじゃ、見つかっちゃう。
「アリス。その男の腰についてる鍵で、ここを開けてください」
オロオロとしている私に、リリルハさんが指示を出してくれた。
「う、うん。わかった」
男の人の腰には、リリルハさんの言う鍵があった。
鍵は2つあって、大きさ的にこっちが、檻の鍵かな。
鍵穴に入れてみると、予報通り檻の鍵だったようで、ガチャリと鍵が開く音がした。
「もう1つは、この鎖の鍵ですわ。外してくださる?」
「わかった」
すぐに牢屋に入って、リリルハさんの後ろにつけられている鎖を外した。
「ありがとうですわ、アリス。あとは任せてくださいな」
自由の身になったリリルハさんは、牢屋から外に出て、見張りの人の声のする方へと、慎重に歩いていく。
「先輩?」
そして、近付いてきた見張りの人が、人の動く気配に気付き、横を見た瞬間。
「おりゃああぁ!」
「え? ごはっ!」
掛け声と共に、ゴキッという音がして、見張りの人が倒れてしまった。
「ふぅ。魔法による強化をせずに、上手くいくか不安でしたけど、なんとかなるものですわね」
リリルハさんは、見張りの人が気絶しているのを確認して、私の方に戻ってくる。
そして。
「あぁ! アリス! ありがとうございますわ。助けに来てくれるなんて、すごく嬉しいです」
「わぷっ!」
ものすごく上機嫌なリリルハさんは、私を強く抱き締めてピョンピョンと跳ね始めた。
「リ、リリルハさん。そ、それより、も」
「ああ、柔らかい。良い匂い。ふふ、ふふふ、ふへへへへ」
笑い方が、ほんと少しだけ変になったリリルハさん。顔も緩みきって、よだれが垂れそうになっている。
「あ、あの、リリルハさん。話を聞いて?」
それからリリルハさんが落ち着くまで、5分程、かかってしまったのだった。
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