第82話 その前に

「姫様、駄目っす。どこにもいないっす」

「くっ。2度も取り逃がすなんて、絶対にあってはならないことなのに」


 リリルハたちに逃げられたヒミコたちは、大量の人員を割き、2人を捜索を続けていた。


 しかし、かれこれ数日、交代しながら休みなしで捜索しているというにも関わらず、ヒミコたちはリリルハたちの痕跡すら見つけることができないでいた。


 竜の巫女からの直々の命を失敗するという、大失態に、ヒミコとキョウヘイは、日に日に青ざめる思いだった。


「やっぱり、自分たちの国に帰ったんじゃないっすかね?」


 ここまで探しても見つからないことから、キョウヘイは、そんな疑問を口にする。

 しかし、それを、ヒミコは首を振って否定した。


「いえ、そこまでの距離を移動するためには、膨大な魔力が必要です。あんな小さな魔法具に込められた魔力では足りないでしょう。そこまで遠くには行けないはずです」


 とは言え、すでに数日が経っている。


 それを踏まえて、ヒミコはかなり広範囲を捜索させていたのだが、結果はこの通り。


 キョウヘイの意見に反論しつつも、捜索の行き詰まりに、ヒミコは途方に暮れていた。


 そんなヒミコに、キョウヘイは、さらに続けて意見を口にする。


「なら、とりあえず、隠密にリリルハの国を調べさせるのはどうっすか? 可能性がゼロってこともないんすから」

「……そうですね。わかりました」


 可能性がゼロではない、という言葉には、ヒミコも同意だった。

 遠くには行けないという確信と、実際に今、リリルハたちが見つかっていないという事実。


 ヒミコは、キョウヘイの案を採用し、隠密へと、魔法を使って指示の文を送ろうとした。


 しかし、その魔法を何者かに妨害された。


 ハッとしたヒミコが振り向くと、そこには、魔法により写された人物の姿があった。


「その必要はないわ」

「っ! 竜の巫女様!」


 そこにいたのは、竜の巫女。

 竜の巫女は、いつもの様子で特に関心もなさそうに、ヒミコたちを見ていた。


 この場で最も会いたくない人物に、ヒミコは血相を変えて頭を下げる。


「申し訳ありません! 1度ならず、2度までもリリルハを取り逃がすなんて。しかも、アリス様も連れていかれて」

「ああ、別にいいわ、そんなの」

「え?」


 さぞ重い罰が待ち受けているだろうと思っていたヒミコは、あまりにも呆気ない言葉に、キョトンとする。


 チラッとキョウヘイの方も見るが、キョウヘイも意外だったようで、ヒミコと同じような顔をしていた。


 そんな2人を気にした様子もなく、竜の巫女は、一方的に話を続ける。


「別に、そんなに期待してないし、結果的に、良い方向には進んでるから」

「良い方向に?」


 何かをわかっている様子の竜の巫女に、ヒミコは首を傾げる。


「予期せずでも、アリスがリリルハを私の元へ連れてきてくれるのだから、申し分ないわ」

「それって……」


 その言葉の意味を、ヒミコはすぐに察知し、キョウヘイへと目配せをする。


 すぐに捜索隊を収集せよ、と。

 キョウヘイは、無言で頷き、走り去っていった。


「わかりました。すぐに戻ります」

「ええ」


 そして、ヒミコの考えは間違っていなかったようで、ヒミコの話に、竜の巫女は、事も無げに答えた。


 が、ああ、と何か思い出したように、竜の巫女がヒミコを呼び掛けた。


「そういえば、取り逃がした事実はあるんだから、1つ、罰を与えるわ」

「は、はい。何なりと」


 お咎めなし。とは流石にいかないかと、ヒミコが内心、落ち込んでいると、竜の巫女は心なしか楽しげな口調で口を開いた。


「あのリリルハが持ってきたクッキー、だったかしら。あれを買ってきなさい」

「え?」


 しかし、その口から紡がれた罰は、何とも罰らしくないものであった。

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