第81話

「で、そういうことがあって、今に至る。という訳ですわ」

「へー」


 リリルハさんの話は、すごく壮大で、2人にそんな過去があったなんて。

 それに、2人の出会いが、そんなに物騒なものだったなんて、すごく驚きだった。


「最初は、なかよくなかったんだね」

「うーん。仲が良くなかった、というより、お互い、距離があったんですわ」


 リリルハさんは、懐かしむように目を細めた。


「人は誰しも、最初からお互いを知り合える訳ではありませんわ」

「うん」

「それに、例え時間をかけたとしても、お互いの全てを理解することは、絶対に不可能ですわ」

「……うん」


 なんとなく、下を向いてしまう。

 怒られている訳でもないけど、なんとなく、居たたまれない気持ちになったから。


「でも、それでも、人は信じられる」

「え?」


 だけど、リリルハさんは、そんな私の上から、迷いのない声で、言いきった。


「全てを知らなくたって、相手を信じることはできますわ。全てを知ることだけが、相手のことを理解ということではありません」


 リリルハさんは、得意気な顔をしていた。


「まあ、今思えば、中々凄まじい話ですけれど、今でもあの時、レミィを信じていたのは、間違いじゃなかったと思っていますわ」

「すごいね」


 自分を殺そうとしている人を、心から信じるなんて、私にできるのかな。


 例えば、リリルハさんが、いきなり私を襲ってきたとして、それには何か理由があったとして。

 私は、どうするんだろう。


 多分、私よりまず、ドラゴンさんが動くよね。

 ドラゴンさんは、私に危害が来る前に、リリルハさんを攻撃すると思う。


 だから、リリルハさんを傷付けないようにするには、その一瞬で、ドラゴンさんを止めないといけない。

 そんなことが、私にできるんだろうか。


 自信は、ない。


 リリルハさんのことを信じたい。

 そう思っているのに、やっぱり、リリルハさんを信じきることができていないんだと思う。


 もし襲われたら、やっぱり、お姉ちゃんが正しかったって思っちゃうと思う。


 だからこそ、私は声が漏れてしまった。

 すごいねって。


 リリルハさんは、少し悲しそうな笑みを浮かべた。多分、私の考えてることがわかっちゃったんだと思う。


 リリルハさんは、恐る恐るといった感じで、私の頭に手を乗せる。


「いいんですわ、アリス。少しずつで。焦る必要はありませんし、アリスのことを否定なんてしません。ただ、素直に私を見てくれればいいんですわ」

「ごめん、なさい。だ、だけど、リリルハさんが信じられる人だと思ってるのは、本当だよ?」

「ふふ。それが聞けただけでも嬉しいですわ」


 リリルハさんは、くしゃくしゃと、それでいて優しく、私の頭を撫でてくれた。


 そう言ってくれるリリルハさんだけど、その表情を見れば、悲しませているんだろうということは、簡単にわかってしまう。


 そんな顔しかさせられない私は、本当に悪い子だと思う。


 それから、どちらともなく言葉はなくなり、沈黙の時間が流れた。



 だけど、そんな気まずい空気が流れる空間に、リリルハさんの殊更明るい声が響いた。


「さて。懐かしい話もできましたし、先を急ぎましょう。そのうち、レミィも追い付いてくるでしょうから」


 リリルハさんは、まるで陰りのない笑顔を浮かべてそう言った。


「リリルハさんは、やっぱりレミィさんを信じてるの?」

「ええ、もちろんですわ」


 リリルハさんは即答する。

 うん。愚問だったよね。


「レミィは、私を生涯守ると誓ってくれました。それは今でも続いています。私はそう信じています。だから、レミィは、必ず戻ってきますわ」


 リリルハさんの表情は、もうさっきまでの元気のないような表情ではなくなった。


「うん。私も、信じる。私なんかに、信じてほしくなんかないかもしれないけど」


 レミィさんが守ると誓ったのは、あくまでリリルハさんのこと、

 そのリリルハさんに危険に晒してるのは私。


 私のことなんか、レミィさんは嫌ってるのかもしれないけど。


「そんなことありませんわ。レミィは、ちゃんとアリスのこともわかってくれます。絶対ですわ」

「絶対?」

「絶対」


 リリルハさんの力強い言葉に、私は根拠のない安心を覚えた。

 それはやっぱり、リリルハさんのことを、私も心の何処かでは、信じられているからなのかもしれない。


「とにかく、今はできることをやりましょう。竜の巫女と話すことができれば、何かが変わるかもしれないですわ」


 そうだ。

 お姉ちゃんと話して、わかり合うことができれば、こんな風に逃げ続ける必要はなくなる。


「うん。わかった」


 もう少しで、お姉ちゃんのいる町。

 そこで、きちんと話し合おう。


 そうすれば、ちゃんとわかり合えるはずだから。


 だって、お姉ちゃんも、リリルハさんも、絶対に悪い人なんかじゃないんだから。

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