第63話

「巫女様。遠路はるばる、ようこそおいでくださいました」


 ズラッと並んだ人たちが、一様に正座して頭を地面につくぐらいまで下げている。


 今の私はりゅうのみこさんだけど、見た目は変わらず私のままで、自分で言うのもあれだけど、こんな小さな子供に、こんなにたくさんの大人の人が頭を下げてるなんて、異常な光景だ。


 あのあと、私たちは、キョウヘイさんと別れて、この城までやって来た。

 この部屋に入ってきた時点で、既にたくさんの人がいて、みんなが頭を下げていた。


 どうも、この人たちは、りゅうのみこさんについて、何かを知っているらしい。

 だからこそ、こんな私に、こんなにへりくだっているんだろう。


 そんなたくさんの人の中でも、多分、一番偉い女の人、姫さんは、そのたくさんの人たちの前に出て、畏まった様子で口を開く。


「この度は、すぐに駆けつけることができず、大変申し訳ありませんでした」


 来るなんて言ってなかったんだから、すぐに来れないのは当たり前なんだけど。

 でも、姫さんは、本当に申し訳なさそうに頭を下げている。


 それに対して、りゅうのみこさんも、いいよ、なんて言うことはなく、少しぶっきらぼうな様子で、気を付けなさいよ、と言うだけだった。


「はい。以後、このようなことのないよう、徹底いたします」

「それより、あなたたち、例のものは、きちんと保管してるのよね?」

「はい。もちろんでございます」


 話を無理やり切り捨てて、りゅうのみこさんが尋ねる。


 そんな風に話の流れをぶった切るりゅうのみこさんだけど、姫さんはそれに淀みなく反応する。


「今、すぐにでも、ご案内できる準備はできております」

「なら、早く行きましょう」


 りゅうのみこさんが立ち上がる。

 そして、チラッと後ろを見ると、その視線の先にキョウヘイさんが立っていた。


「はいっす」


 キョウヘイさんは、いつものにこやかな顔から真剣な顔に変わっていて、あの、元気な姿は鳴りを潜めている。


 あんなに優しそうなキョウヘイさんも、今は話しかけづらい雰囲気を纏っていた。


 もちろん、そんなこと、りゅうのみこさんは気にしないんだろうけど。


 キョウヘイさんと姫さんについて行く。


 何処に向かっているんだろう。


 目的は恐らく、この前、りゅうのみこさんが言ってたみたいに、目的のものがあるんだろうけど、何度聞いてもそれが何かは教えてくれない。


 どうせ、あとでわかるから、いつもそれで済まされちゃう。


 少しくらい、教えてくれても良いのに。



 ん?


 そんな少しの不安を思っていると、不意に鼻に微かな香りが舞い込んできた。


 それは甘くて、香ばしくて、覚えのある香り。


「これ……」


 私の感情が伝わったのか、りゅうのみこさんが立ち止まる。


「どうかされましたか? 巫女様」


 急に立ち止まった私に気付き、姫さんたちも立ち止まる。


「この香りに、すごく反応してるみたいだけど、何?」

「え? す、すみません。聞き取れなかったのですが」


 姫さんたちに聞こえないような小声で、りゅうのみこさんは私に聞いてきた。


 姫さんは、りゅうのみこさんが反応がないから、困惑しているみたい。


 だけど、りゅうのみこさんは、私の答えを聞かないと、反応しないだろうから、早くりゅうのみこさんに答えてあげないと。


 えっと、この香り、私、知ってるの。


「だから、わかってるわよ、そんなこと。で? この香りは何?」


 これ、ビスケットだ。

 しかも、テンちゃんが作ってくれたやつに似てる気がする。


「ビスケット?」

「え? ビ、ビスケットですか?」


 りゅうのみこさんの声が少しだけ大きくなり、姫さんにも聞こえたようで、姫さんは、あからさまに動揺していた。


 どうしたんだろう。


 いきなりあたふたし始めて、自分の体や口元を確認したりしている。


「何してんの?」


 流石のりゅうのみこさんも、姫さんの様子が気になったようで、怪訝な顔で尋ねた。


「あっ! え、えと、そ、その、ビ、ビスケットがどうかしましたでしょうか?」

「いや、別にビスケットの香りがしただけだけど」

「えぇ!」


 よくわからないけど、りゅうのみこさんの言葉に、姫さんはさらに挙動不審になった。


 クンクンと自分の服を嗅いだりして、パサパサと服を払ったりしている。


「あなた、本当に何してんの?」


 りゅうのみこさんも呆れ顔。

 隣にいるキョウヘイさんも、同じく呆れ顔。


 そんな視線に気付いたのか、姫さんは、顔を真っ赤にして、少し顔を伏せてしまった。


 なんか、可愛い反応。

 さっきまでずっと気の張った表情をしていて、話しかけづらそうだなと思っていたけど、案外、普通の人なのかもしれない。


 りゅうのみこさんは、恥ずかしそうにもじもじとして、遠慮がちに顔を上げた。


「ビ、ビスケットの香り、そんなにしてましたか?」

「は? ……ああ、あなた、ビスケットを食べたのね。つい前に」


 ああ、そういうことか。

 自分がビスケットを食べた証拠が残ってる思って色々と確認してたんだ。


 だから、匂いを嗅いだり、服を払ったりしてたんだ。


「違うわよ。ビスケットの香りがしたのはそうだけど、あなたからじゃないわ」

「あ、そ、そうなんですね」


 ホッとした様子の姫さん。


「でも、あなた、私に会う前にビスケットを食べてたのね」

「も、申し訳ありません!」


 姫さんは泣きそうな顔で謝った。

 仕方ないのに。私たちが来るなんて思ってなかっただろうから。


 多分、ビスケットを食べてのんびりしてる時に私たちが来ちゃったんだよ。


 りゅうのみこさんも、そんなことで起こっちゃ駄目だからね。


「別に怒ってないわよ」

「あ、ありがとうございます」


 私への答えを自分へのものだと思ったらしく、姫さんは安心したように胸を撫で下ろした。


「それより、ビスケットの香りは何処からなの?」

「あ、それなら、この奥に厨房があるんで、多分そこからっす」


 見ると、進んでいた方とはずれるけど、廊下が続いていて、確かにビスケットの香りはそっちの方からしていた。


「へぇ。行ってみましょう」


 りゅうのみこさんは、誰の案内もされないまま、そっちの方へと歩いていった。


「あ、み、巫女様」


 そのあとを、姫さんたちが小走りで追いかけてくる。


「今の味覚も嗅覚もはあなたのものだからね。この香り、すごく美味しそうなのよ」


 りゅうのみこさんは、言い訳のように呟きながら、厨房へと向かっていった。


 ◇◇◇◇◇◇


「み、巫女様!」

「ど、どうしてこちらへ?」


 厨房に入ると、いきなり現れた私たちに、厨房の人たちは驚きざわめいていた。


 だけど、そんなことなんて気にせずに、りゅうのみこさんは、香りのする方へずんずん進んでいく。


 そして、その香りの正体にたどり着いた。


「これね。リリィのパティシエビスケット。ふーん」


 箱に収められたそれは、フタを開けられていて、すごく美味しそう。


「いただきます」


 そして、何の躊躇もなく、そのビスケットを食べた。


 その瞬間、口の中に広がる甘さに、私の気分は急上昇した。


「美味しい!」


 りゅうのみこさんが思わず声を漏らした。

 それからすぐに、りゅうのみこさんは、しまったというように、咳払いをして、さりげなくもう1つ、口に含んだ。


 やっぱり美味しい。


 さっきと違って顔には出さなかったけど、美味しいって気持ちは、私にもちゃんと伝わってきた。


 それと、食べてみてわかった。

 これ、やっぱりテンちゃんの作ったビスケットだ。


 あの時よりも美味しいけど、味の癖というのか、そういうのが、テンちゃんだとしか思えない。


「これ、どうしたの?」

「あ、えっと、先日、敵国の大使がこのビスケットを持ってきまして、えと、美味しかったので、密かに部下に買いに行かせたんです」


 敵国?


「ああ、ウィーンテット領国ね」


 え?


「仲良くないって言ったでしょ」


 そういえば、そんなことを言ってた。

 けど、敵、なんて。


「そんなのはどうでもいいわ。それより、このビスケット、もらうわね」

「え? あ、いえ、もちろんです」


 一瞬、姫さんは、明らかに嫌そうな顔をして、それからすぐに笑顔に変わった。

 気持ちが全面に出てるね。美味しいから仕方ないけど。


「それじゃあ、気を取り直して行くわよ」


 そんなことなんて、関係ないとばかりに、りゅうのみこさんは、また元の道に戻っていくのだった。

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