第62話
「まさか、ヤマトの近くに来ていたなんて、とんだ盲点っすね。いや、裏をかかれたってことっすか」
感心したように言う男の人の名前は、キョウヘイさんというらしい。
なんとこの人は、元々私たちが向かう予定だったヤマトという国の人で、しかも、私たちの目的の人物、姫、と呼ばれる人の護衛さんなんだとか。
それを聞いた時の、りゅうのみこさんの感情は、私にまで伝わってきたけど、もう、ニヤニヤが止まらないって感じだった。
『こいつを利用して、さっさと姫に会いに行くわよ』
もはや、キョウヘイさんの竜狩りさん探しは眼中にないみたい。
竜狩りさんの話なら、私たちにだって、関係ない話じゃないのに、それすらもどうでもいいみたい。
とにかく姫に会いに行く。
ただそれだけを目標にして。
ヤマトに戻る理由だって、竜狩りさんを見たのが、確か、ヤマトの近くだったから、という適当な理由だ。
嘘でしかないんだけど、キョウヘイさんは疑う気配も一切なく、こうしてついてきてくれる。
本当に申し訳ない。
『気にする必要はないわ』
りゅうのみこさんは、そう言うけど、私はそうは思えないんだよ。
「アリス? 大丈夫っすか? 疲れたんすか?」
「あ、えと、大丈夫」
ボーッとしてる私が気になったのか、キョウヘイさんは、私の顔を覗き込んできた。
慌てて取り繕うけど、キョウヘイさんは不思議そうな顔のまま。
そして、ハッとした顔で苦笑いを浮かべる。
「結構な長旅っすからね。疲れたら休憩するっすよ」
「だ、大丈夫だよ。全然つかれてないから」
というより、私はずっとドラゴンさんに乗って移動してるけど、キョウヘイさんはずっと歩きっぱなしだ。
疲れていると言うのなら、キョウヘイさんの方だと思うんだけど。
なのに、さっき、一緒にドラゴンさんに乗るかを聞いてみたら。
「竜様に乗るなんて、恐れ多いっすよ」
と言われて、断られてしまった。
そんなに気にしなくて良いと思うのに。
とまあ、そんなこんなで、私たちはかれこれ2日歩きっぱなしだ。
もうすぐ着くみたいだけど、ヤマトに着いたら、どうするんだろう。
キョウヘイさんは、あくまで竜狩りさんを探しにここまで来ているはずなんだけど。
『私に考えがあるわ』
りゅうのみこさんの口調は自信たっぷり。
そんなに言うんなら、問題はないんだろうけど。
また、嘘をつかないといけないのかな。
だったら、嫌だな。
『嘘はつかないわ』
りゅうのみこさんは、そう言うけど、ちょっと信じられない。
『信じなさいよ。あなたに嘘をついたことはないでしょ』
確かに、りゅうのみこさんは、私に対しては嘘を言ったことはないかもしれないけど。
ジトッとした目を、空に向ける。
本当はりゅうのみこさんに向けたかったんだけど、それは無理だから。
だけど、この表情の変化で伝わっているはず。
『まあいいわ。あとでわかるだろうから』
「着いたっす。あれっすよ」
そんな会話を脳内でしていると、キョウヘイさんの声が聞こえてきた。
キョウヘイさんが指を差す方には、大きな街が見えた。
「うわぁ。すごいね」
この前の街みたいに木造の建物がたくさんだったけど、この前の街よりも大きな建物が、かなり多かった。
人も前より多くて、賑わいがすごい。
「せっかくだから、街を案内してくれない?」
そこで唐突に、私の声で尋ねる。
でも、私じゃない。りゅうのみこさんが勝手に私の体で喋ったみたい。
びっくりするから、そういうのは、最初に言ってほしいんだけど。
「え? 案内っすか?」
「うん。ドラゴンさんがね、街を見たいって言ってるの」
「竜様が? う、うーん」
キョウヘイさんは困り顔。
そりゃあ、そうだよ。
だって、キョウヘイさんは今、遊んでる訳じゃなくて、お仕事をしてるんだから。
街を見て歩きたいなんて、キョウヘイさんが許してくれるはずがない。
と、思ったのに、キョウヘイさんは、すぐに否定してくることはなく、すごく頭を悩ませていた。
「竜様がっすか。うーん。うぅーん」
すごく険しい顔。
何か、葛藤してるみたい。
どうしたんだろう。
キョウヘイさんは、ひとしきり難しい顔をしたあと、恐る恐るといった様子で、こちらを見る。
「そんなに、長らく案内はできないっすけど、良いっすか?」
「うん。少しだけで大丈夫みたい」
「んぬぬぬぬぬぬ。わ、わかったっす。少しだけっすよ」
キョウヘイさんは、最後まで悩ましげな顔で、何故か了解してくれた。
どういうことだろう。
「あなたが思っているよりも、ここでは、ドラゴンさんのことを大切にしてるのよ」
だから、ドラゴンさんがって言ったんだ。
ドラゴンさんの話を出せば、キョウヘイさんは断れないと知っていて。
でも、それって嘘なんじゃないかな。
ドラゴンさんは、この街を見たいと思ってたのかな。
「思ってるわよ。ねぇ?」
「ブウウン」
その通りだって、言っているような気がするけど、微妙に言わされてるような気もする。
ドラゴンさんが、その通りだって言うんなら、仕方ないのけど。
「じゃあ、行くっすよ。ついてきてくださいっす」
キョウヘイさんは、街の方へと先に歩いていく。私たちもそれに少し遅れて付いていった。
◇◇◇◇◇◇
「え? 竜様?」
「なんて、立派な竜様なの!」
「おお、これはすごこ。わしゃ、天国に来てしまったのか?」
ガヤガヤと街がざわめき立った。
理由はもちろん、私たち。
正確に言うと、ドラゴンさんなんだけど。
りゅうのみこさんが言っていたように、この国では、ドラゴンさんはものすごく慕われている存在みたい。
街に近づいていく時からそうだったけど、この街の人たちは、ドラゴンさんを見て、目を輝かせたり、涙を流すほどに感動していたりと、みんながドラゴンさんを見て、嬉しそうにしていた。
こうして見ると、キョウヘイさんが、自分の仕事を中断してまで、ドラゴンさんの要望を聞いてくれたのも納得できる。
けど。
「あれ? あの人、姫様の?」
「おかしいな、彼は旅に出ていたはずだが」
ちらほらと聞こえてくる会話。
そうだよね。
こんなに目立ったら、当然、案内をしてくれているキョウヘイさんにも注目が行ってしまうよね。
キョウヘイさんは、しっかりと私たちに道案内をしてくれながらも、心なしか顔を隠すように歩いている。
あまり意味はないみたいだけど。
「ねえ、姫様の所には行けないの? ドラゴンさんが挨拶をしたいって言ってるんだけど」
「ほわっ! まじっすか!」
キョウヘイさんは、あからさまに動揺した。
そりゃあそうだよ。
ただでさえ、目立たないようにしているキョウヘイさんにその仕打ち。
血も涙もないよ、りゅうのみこさん。
「いいから、黙ってなさいよ」
そもそも今は、何もできないから黙ってるしかないけど、これはひどいよ、りゅうのみこさん。
だけど、散々、抗議をしても、りゅうのみこさんは、気にした様子はない。
無視してるみたい。もう。
「あー、いやー、あっ! そうっす。姫様は、今、出掛けてるんすよ。しばらく。だから、しばらく会えないんすよ。本当にしばらくいないんすよ。しばらくね」
キョウヘイさんは、しどろもどろになりながらそう答えた。
流石の私でも、それが嘘だということがわかるくらいの動揺っぷり
「なら、待ってるけど」
りゅうのみこさんは追い討ちをかける。
キョウヘイさんはもう泣きそうな顔。
「い、いや、そんな、竜様を待たせるなんて、恐れ多いっすよ。今度、こちらから行かせるっす。姫様、基本暇してるんで、いつでも」
「誰が、暇してるって?」
「っ!」
不意に、ふわっと柔らかく、それでいて、ピンと背筋が伸びるような凛とした声が聞こえてきた。
キョウヘイさんの後ろから聞こえてきた声に、視線をそちらへ向けると、そこにはすごく綺麗な女の人がいた。
女の人の表情は普通の感じだったけど、その目にはものすごく怒りが滲み出ているようだった。
なんか、どす黒いオーラが見える感じ。
「あの、えと、ひ、姫様?」
事情を説明しようとしたキョウヘイを一度睨み、女の人がこちらに向き直る。
そして、畏まった様子で、軽く頭を下げた。
「お初にお目にかかります。私はこの街で姫をしております……」
「巫女よ」
自己紹介をしようとした女の人を遮って、りゅうのみこさんが言う。
あ、この人が姫さんなんだ。
でも、自己紹介の途中で話を遮るなんて、すごく失礼だよ。
と思ったのに、女の人は、りゅうのみこさんが言った瞬間、弾かれたように顔を上げた。
「なっ! まさか、本当に?」
「私が、嘘をつくとでも?」
「し、失礼しました」
姫さんは、さっきよりも畏まり、キョウヘイさんの耳を引っ張る。
「すぐに城へご案内します。準備して。粗相のないように。あと……」
姫さんは、キョウヘイさんに何やら指示を出した。それを受けて、キョウヘイさんは何処かへ走っていってしまった。
どうしたんだろう。
残った姫さんは、私たちに顔を下げたまま、遠慮がちに口を開いた。
「申し訳ありません。ずっとお待ちしておりました。ご案内いたします」
「ええ」
何がなんだかわからないけど、りゅうのみこさんが言ってたみたいに、姫さんとりゅうのみこさんの間で、何かの意志疎通ができたみたいだ。
街の人たちもよくわかっていないみたいだったけど、そのまま私たちは姫さんの城まで案内されたのだった。
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